第457話(5-95)カリヤの鬼と禁忌の刀

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 神話伝承には、いわゆる〝見るなの禁忌タブー〟と呼ばれるモチーフが存在する。

 日本なら、鶴の恩返しや雪女。ヨーロッパなら蛇女房メリジェーヌといった異類婚姻譚いるいこんいんたんが有名だろうか?

 人ならざる存在と結ばれた夫は、〝決して見てはならない〟という妻の言いつけを破り、愛する家族を喪失する。

 浦島太郎の玉手箱や、ギリシャ神話でパンドラに与えられた箱も、その一種だろう。

 若き漁師も、神々の祝福を受けた女も、〝決して開けてはならない〟と禁じられた箱を開いて破滅を迎える。


『ダーインスレイブのように、こちらの神話にも似た話があった気がしますがね』


 無敵要塞線でシュテンと初めて遭遇した後、ドゥーエが語った所によると……。

 師から受け継いだムラマサもまた〝抜いてはいけない〟という謂れのある刀であったという。


主君りょうしゅを殺めただの、入れ込んだ遊女しょうふと心中しただの、胃に悪い言い伝えがてんこ盛り。〝抜いた者を必ず不幸にする禁忌の剣〟として、師匠の家に伝わっていたそうです』

『僕が苅谷カリヤ先輩から聞いた怪談もそんな感じだった。愛らしい子供が禁じられた妖刀を抜いて、赤鬼に変わった……って』


 先輩の昔語りによると――。

 江戸幕府末期、九州中部の某藩士族であった苅谷家の若き男子が、脱藩して倒幕運動に参加した。

 彼はあらかじめ当主から勘当を受け、一族からも離縁されていた。

 しかし時代が許さなかったのか、彼の妻子は親族や隣人達から制裁を受け、私刑にかけられてしまう。

 母を惨殺された幼い子供は、妖刀を抜いて赤鬼へと姿を変え、苅谷の本家を含む関係者を全員殺害。

 維新後に帰ってきた父親は、誰もいなくなった故郷で惨劇を知り、亡くなった人々を弔い旅立つ。

 ――というのが怪談の本筋だった。


『師匠が師匠だ。妖刀とか要らねえだろうってツッコミたいですがねえ』

『うん。シュテンさんって、ネオジェネシスになる前から燕返しを使えたでしょ……』


 金棒があったから鬼になったのではなく、元々強い鬼が金棒を持っただけではないか?

 

『師匠の話だと、ムラマサという名前も、千子村正せんごむらまさなる刀鍛冶が鍛えた名刀というよりも、世間で知られていた〝一番有名な妖刀〟にあやかったんじゃないかって話でした』


 江戸時代には、歌舞伎や貸本などで妖刀の伝説が知れ渡っていた。

 曰く、初代将軍を追い詰めた真田幸村の佩刀だった。曰く、権現様の長男が自刃した刀だった。曰く、腹心の本多忠勝が命を落とす遠因となった……。伝説に煽られて、村正を買い求めた維新志士も大勢いたらしい。


『本物か贋作かはともかく、このムラマサが血塗られた由来なのは事実です。だからでしょうか、システム・ヘルヘイムに取り憑かれた後、オレ以外にこいつを抜いたヤツは例外なく発狂しています。辺境伯様に見せたくなかったのは、そういう理由でゲスよ』


 ドゥーエは、クロードがムラマサに触れないよう念入りに釘を刺した。

 しかし、相手がシステム・ニーズヘッグを起動したシュテンとなれば、話は変わってくる。

 シュテンを殺さずに無力化するには、彼と融合した顔なし竜ニーズヘッグを斬らなくてはならない。

 しかし、普通の武器や魔法で壊そうとしても、〝滅びの吹雪ニーズヘッグ〟に触れた時点で消し飛んでしまう。


 クロードとドゥーエは木の残骸から走り出し、はたきの爆撃で煙幕を張りながら、シュテン攻略を打ちあわせた。


「クロード。いま此処にあるシステム・ニーズヘッグを斬れる武器は、同種のシステム・ヘルヘイムを宿すムラマサだけ。言いにくいんでゲスが……」

「僕がやるよ。背のニーズヘッグを斬る以上、挟み討ちは必須だ。ドゥーエさんなら正面からシュテンさんと斬りあえる。だったら、背後は任せてくれ」


 ドゥーエは涙でぐしゃぐしゃになった自らの顔を平手で打って、クロードに愛刀を託した。


「オレも友達が少ないんだ。死なんでくださいよ」

「当たり前だ。もっとレアとイチャイチャしたいし、ソフィや……ゴホン。ともかく勝算はある!」

「後で、嬢ちゃん達に刺されないでくださいよ」


 残念ながら、クロードは刺されない方の自信はまるでなかった。

 けれどムラマサを抜くのに恐れはなく、自身の愛刀たる雷切と火車切を躊躇ちゅうちょなくドゥーエに託した。

 彼は見事に師匠であるシュテンの注意を引きつけ、クロードに乾坤一擲けんこんいってきのチャンスを与えてくれた。


「やめろ、おれを殺すのはかまわない。それを抜くな。すべてが台無しになるぞ!」


 シュテンが絶叫する。

 ムラマサを引き抜いた瞬間、クロードの意識はぷつりと途切れた。


――

――――


 クロードは、夢を見る。

 ムラマサの名前で呼ばれる刀の記憶か。

 それとも、染み付いた持ち主達の意志か?


 ドレッドロックスヘアの少年。

 女物の小袖をまとった稚児。

 長屋暮らしの浪人。

 遊郭で生まれた少女。

 将来を嘱望された侍大将。

 ……他にも様々な持ち主が、それぞれの理由で刀を抜いた。

 彼や彼女は、憎い仇や大切な誰かの血をすすり、あるいは自らの血をすすらせて、朽ちるように果ててゆく。

 

(抜いた者を必ず不幸にする禁忌の剣、か。ひょっとしたら、システム・ヘルヘイムと似ていたのかもね)


 ムラマサは、無念と悲哀が込められた禁忌の箱だ。

 〝見るなの禁忌タブー〟を破った代償だろうか?

 クロードは、両手両足の爪が剥がされ、骨にヤスリがかけられて、血が毒に変わったかのような激痛で意識を取り戻した。


「……っ」


 得体の知れない何かが、肉体と精神をのっとろうと爪を立てている。

 身を削られるような苦しみに耐えかねて、深い息を吐いた。


「ああ、息がしやすい」


 クロードは、目を開けた。

 薄闇の中、ヤドカリとムカデを組み合わせたような赤黒い虫が、何百何千と彼の体を這いずり回り、肉と骨に牙をたててハラワタに潜り込んでいる。

 間欠泉のように吹き出す血と、湯気を立てる臓物。そんな惨状を見ながらも、彼の心は水面のような冷静を保っていた。

 むしろ虫の方が、ギイギイとガラスをこするような不愉快な声でがなりたてる。


「ナゼダ? ナゼ恐レナイ? ナゼ我ラヲ拒絶デキル?」

「なぜって、僕はお前達の正体を知っているし、ファヴニルに抗った二年間に比べれば、この程度の痛みなんてぬるいからだよ」


 クロードが半ばハッタリながらも言い切ると、ムラマサの奥底に隠れ潜んでいた蟲達は、恐れるようにびくりと動きを止めた。

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