第七部/第五章 運命に挑む勇者たち

第563話(7-56)エングホルム領、第七の塔攻防戦

563


 復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一二日。

 マラヤディヴァ国上空は、邪竜ファヴニルによって暗雲に閉ざされていた。

 晴天ならば太陽が西の空に傾く頃――。

 クロード達は長い苦闘の果てに、カミル・シャハトと〝毒尸鬼コープス隊〟を倒し、第六の塔を破壊することに成功した。


「レア、アリス、ガルムちゃん。〝血の湖ブラッディ・スライム〟の対処は、イザボー隊と冒険者達に任せよう。たちは、ナンド領にある次の塔へ向かうぞ!」

御主人クロードさま、機関車はまだ動きます。線路を復活させて走りましょう」

「バウっ(え、背に乗らないの)!?」

「ガッちゃんも、ちょっとお休みするたぬ」


 クロードが青髪の侍女レアに手を引かれる光景を見て、銀色の大犬は不満そうに喉を鳴らしたものの、虎耳の少女によしよしと首筋を撫でられて尻尾を丸めた。


「オズバルトさんも、途中まで一緒に行きませんか?」

「すまない、辺境伯。誘いは嬉しいのだが、カミルの後始末がある。〝血の湖ブラッディ・スライム〟を始末するまでは、ここで見届けるよ」


 クロードは、髪の色が純白から艶やかな灰色に戻った剣客、オズバルト・ダールマンの申し出にこくりと頷いた。


「わかりました。オズバルトさん、くれぐれも無理はしないでくださいね」

「幼馴染みがくれた猶予ゆうよだ。もう少しだけ、生きてみるよ。辺境伯、どうか新しいマラヤディヴァ国を見せてくれ」

「はい。〝僕たち〟が必ず成し遂げます」


 クロードはレア、アリスと手を繋ぎ、足のすねをガルムに蹴られながら宣言した。

 この世界に来たばかりの頃、ひとりぼっちだった少年は、多くの仲間を得て、成長を遂げた。

 時にはすれ違い、時には殴り合い、それでも同じ志を抱いた戦友達が、今も邪竜ファヴニルの軍勢と戦っている。

 その証明とばかりに、また一条の閃光が、マラヤ半島東部の暗雲を切り裂いた。


「七番目の塔が壊れた。あれは、エングホルム領の方角か?」



 ファヴニルが大地のエネルギーを奪うため、マラヤディヴァ国に建てた一〇本のくさびのひとつ。

 第七の塔を巡る攻防戦の舞台は、クロードが想像した通りにエングホルム領だった。

 邪竜の巫女レベッカ・エングホルムは、元侯爵家の養子で土地勘があったこともあり、大戦力を惜しげもなく投入した。


「いやあ。無名といえ人型顔なし竜ニーズヘッグ一〇体を中心に、小妖鬼ゴブリンや、犬頭鬼コボルト豚鬼オークなどの怪物が一〇万体かあ。壮観そうかん壮観、これほどのモンスターを見ることは一生ないかもね」


 エングホルム領の防衛指揮官である、神官騎士オットー・アルテアンは、拠点エングフレート要塞に築かれた見張り台の上で、褐色の髪の下、黒い目でオペラグラスを覗きつつ、紙タバコから紫煙をくゆらせていた。


「アルテアン隊長っ、感心している場合じゃありませんよっ」


 彼の副官である元ネオジェネシスの青年ゴルフが、見張り台の下から抗議の声をあげる。


「「GAA! GAAAA!!」」

「「ひええええっ、矢が雨のように降ってくるぞ」」


 エングフレート要塞は、間近に迫ったモンスターの吠え声が響き渡り、兵士達は盾を背負って這うように交戦を開始した。

 一際目立つ見張り台にも、ハリネズミのように矢が突き刺さるが、神官騎士は紫の煙を吹かせながら敵軍の観察を続けている。


「アルテアン隊長。もしもエングフレート要塞が抜かれれば、南北の町が襲われます。そうなれば、エングホルム領は全滅します」

「ゴルフ君、落ち着きたまえ。魔力を喰らう顔なし竜ニーズヘッグは確かに脅威だが、あちらさんも魔法が制限されている。モンスターが射る矢くらいで、イザボーが整備した要塞は落ちないさ」


 オットーは無精髭の浮いた頬を緩めると、己が契約神器である第六位級契約神器ルーンメイスを掲げた。


「術式――〝爆封ばくふう〟――起動!」


 オットーの握る槌が、青い光を帯びて輝く。

 彼の魔術が、要塞周辺の堤防で爆発を引き起こすも、魔力を喰らう雪ニーズヘッグの影響で小規模にとどまった。

 しかし、その僅かな種火が事前に仕込んだ爆薬に着火し、溜池を破壊。濁流がモンスターが集う荒野を押し流す。

 敵の数が数なので一部を削ったところで、気休めにしかならないが……。


「よし、人型は軽いからね。邪魔な顔なし竜ニーズヘッグを後方に流せた。ゴルフ君、水上スキー兵を借りてゆくよ」


 ゴルフは、オットー・アルテアンがネオジェネシス戦争で、武勇に優れた姉チャーリーと、知略に秀でた兄デルタを完封した強者つわものだと、改めて思い出すことになる。


「一度は道を違えたが、ぼくはブロルの親友だった。あいつと〝イドゥンの林檎アルファちゃん〟が残したモノは、ちゃんと守るよ」


 オットーは、魔法のスキー部隊を率いて泥水の上を走り、水攻めで乱れた怪物の群れを引っ掻き回して撹乱かくらんした。


「正念場だけど、気張る必要はないさ。じきに姫将軍ひしょうぐんセイが援軍を送り込んでくる。ぼくたちは守りつつ、塔へ続く道を準備すればいい」


 オットーの見込みは正しかった。


「さすがは名将オットー・アルテアンじゃのっ。一度手合わせしてみたいが、まずは隙だらけの邪魔者を片づけようか!」


 オットー達がエングフレート要塞で食い止めている間に――。

 〝万人敵ばんにんてき〟ゴルト・トイフェル率いる精鋭二〇〇が、首都クランで補給を済ませ、怪物達の無防備な背後を突いた。


「術式――〝雷迅らいじん〟――起動!」


 辛子色の髪をなびかせた牛の如き体躯の大男が大斧を振り回すや、彼の全身をビリビリと雷電が覆う。

 そして彼の部下およそ二〇〇人もまた、大半が同じように神器で雷をまとった。


「「ゴルト隊長に続け。我らが最強を証明する。術式――起動!」」


 『一人で一万に匹敵する』と謳われる猛将ゴルトが率いる小規模部隊は、空に閃く雷のように突貫し、モンスターの大軍勢を文字通り真っ二つに引き裂いた。

 

「自分はオーニータウンの戦闘以来、ずっと疑問に思ってきましたが、ゴルト隊の強さはまるで意味がわからない」


 ゴルトとは初陣以来の因縁がある、イヌヴェ、サムエル、キジーの三隊長も兵八〇〇〇を率いて、エングホルム領の援軍に駆けつけたが、雷神の如き進撃に追いつけなかった。


「あの〝万人敵〟にゃ、何度も煮湯を飲まされた。だが、オレ達が弱かったんじゃないな。オットーの旦那が下ごしらえしたとしても桁外れだわ」

「理屈上は〝全員が神器の盟約者だから出来る〟と言いたいけど、さすがに無理でしょう。むしろ、戦争初期からあの金鬼と戦い続けたボク達って凄くない?」


 ゴルト・トイフェルは、三年に及ぶマラヤディヴァ紛争において――、クローディアス・レーベンヒェルムと、姫将軍セイの二人を例外に、あらゆる敵将に勝利し続けた。

 そして第七の塔もまた、彼の輝かしい戦歴を彩るトロフィーのひとつとなった。


―― ―― ―― ――

あとがき

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