第564話(7-57)ナンド領と、〝ふたつ〟の塔

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 復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一二日夕刻。

 マラヤディヴァ紛争における〝最硬の盾〟オットー・アルテアンと、〝最強の矛〟ゴルト・トイフェルは、第七の塔を攻略することに成功した。しかし――。


「なんじゃい。他の領では因縁の宿敵やら、高名な強敵やらが居たと通信があったのに、エングホルム領は雑兵ばかりじゃないか!」


 牛の如き異相の大男ゴルト・トイフェルは、辛子色の髪を振り乱しながら、塔周辺に取り残されたモンスターの残党を殲滅せんめつ

 ビリビリと雷をまとった愛用の大斧で、吹雪の翼を一刀両断し、最後の人型顔なし竜ニーズヘッグを叩き潰すも、不満そうに吼えた。


「おい神官騎士、オットー・アルテアンよ。お主もハズレくじを引いて物足りなかろう。今からでも一戦やらないか!?」


 ゴルトが呼びかけたもう一人の部隊長は、メイスを手に魔法のスキー靴を履き、水攻めで泥沼となった荒野を部下と走りながら、ゴブリンやオークを退治していた。


「ゴルト元司令。ぼかあ、〝万人敵ばんにんてき〟と殴り合うなんて趣味じゃない。いくら臨時賞与ボーナスを積まれてもゴメンだよ」


 オットーはいち早く周辺の安全を確保するや、紙タバコに火をつけて、〝緋色革命軍マラヤ・エカルラート〟時代には上司であったゴルトの危険な誘いを断った。


「それに雑兵は言い過ぎだよ。これまでの情報を整理すると、邪竜の巫女レベッカ・エングホルムは、人型ニーズヘッグに有力な死者の魂を憑依ひょういさせているようだ」

「はっ、有力だと? エングホルム領の塔を守っていたのは烏合の衆じゃったぞ」


 ゴルトの評価は概ね正しい。

 エングホルム領に配置された顔のない竜は、まるで補欠と言わんばかりに個性が欠けていたからだ。

 とはいえ、オットーはそうなった理由にも心当たりがあった。


「無名の戦士が護衛にあてられたのは、本来〝予定されていた〟ニーズヘッグの候補が、ゴルト隊だったからじゃあないかな?」


 オットーの問いかけに、ゴルトは歯を剥き出しにして肉食獣めいた笑みを浮かべた。


「オットー。おいが死んだら、〝雪の人形ども〟のように、邪竜の靴を舐めて復活したとでも言いたいのか?」


 歴戦の武人であるオットーだが、〝一人で一万人に匹敵する〟と呼ばれるゴルトの気迫にあてられてはたまらない。咥えたばかりの紙タバコを、泥の中へ落としてしまう。


「まさか! でもチョーカーが介入せずに自決していたなら、隊員の誰かが蘇生を願ったかも知れないだろう?」

「うむ。それは、まあ。ジュリエッタとか、いかにもやりそうだし」

「「うん。ジュリエッタなら、やりかねない」」


 ゴルトを筆頭に隊員一同が名前を上げたため、副官のジュリエッタは恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「はい、わたしならやったと思います」


 彼女は白皙はくせきの顔に、情熱の火を灯して、ゴルトを正面から見つめた。


「以前、クローディアス様に指摘された時は、忠義を疑われたと勘違いしました。でも、チョーカーさんとミーナさん、二人を見た今ならわかります。わたしは、ゴルト隊長をお慕いしています!」

「「な、なんだってえ!?」」


 ジュリエッタの予想もしなかった反応に、オットーは紙タバコを入れ物ごと取り落とし、スキー兵もネオジェネシス兵も揃って尻餅をついた。

 ゴルトだけは鷹揚おうように頷いて、ジュリエッタの妖精のように華奢な身体を、自らの厚い胸板に抱き寄せた。

 

「嬉しいことを言ってくれる。一度は死んだ身じゃ、邪竜との戦いが終わったなら別の生き方を探すのも悪くない。おいと共に来てくれるか、ジュリエッタ?」

「は、はいっ。ゴルト隊長、不束者ですが、一生をお供します」

「「やった、おめでとう!!」」


 かつての遺恨もどこへやら、戦場に祝福の声が木霊する。


「藪をつついて蛇を出したか。ぼかぁ、二人の結婚式で神父役をやるのはイヤだぞ」


 オットーは東の空と海を見つめながら、目頭を押さえて鼻を鳴らした。


「ブロル、お前の残した希望は……運命を変えたよ」


 友への感慨に耽る神官騎士だが、海を隔てたヴォルノー島に、不可解な影を発見した。


(妙に背丈が高いが、あれもマラヤディヴァ国から魔力を奪う塔のひとつかい。横並びだから、違いが目立つなあ。……馬鹿な!?)


 オットーは震える手で、胸ポケットからオペラグラスを取り出した。

 ファヴニルは、建各領に一基ずつ一〇の塔を建てた。ならば、二本も横並びになっているのは辻褄が合わない。


「残っている〝禍津の塔〟はグェンロック領とルクレ領、ナンド領の三基だよな? ヴォルノー島の西端に二基建っているぞ!」

「オットー。タバコだけじゃなくて、酒まで呑んだのか? まだ結婚式には早いぞ」


 ゴルトは、幸せそうなジュリエッタの頬を撫でながら遠視鏡を覗き込み、オットーと同じものを見てしまう。


「どういうことだ。なぜ塔が二つある。おまけに一つは〝空に浮いている〟ぞ?」



 同時刻――。

 クロード一行は、ドリル付きの機関車に乗ってナンド侯爵領の入り口に到着し、彼らもまたあり得ざるものを目撃することになる。

 ナンド領全体に砂と土の壁が際限なく建てられて、あたかも迷路のように交通網が寸断されていた。

 線路も例外ではなく、機関車は急停車を余儀なくされる。その上……。


「西海岸に浮いている岩。あれは、一年前に僕たちが破壊した空中要塞じゃないか!」


 三白眼の細身青年クロードは、機関車の小窓から見えた光景に、ハッチを蹴破るようにして飛び出した。


「はい。一辺五〇〇mメルカの逆ピラミッド型の岩盤と中央に立つ山城。レーベンヒェルム領で交戦した〝桃火とうか砦〟と共通の特徴から、同型要塞と思われます」

「赤くねじれた〝禍津の塔〟も立ってるたぬ。ナンド領には、塔がふたつあるたぬっ」

「バウワウ(ああ、もうめちゃくちゃだ)」


 青髪の侍女レア、金色の狸猫に変化したアリス、小さくなった銀犬ガルムも、続いて車内から転がり出て己が目を疑った。

 そんなクロード一行を確認したかのように、びゅうと一陣の風が吹いた。


「はじめまして、クローディアス・レーベンヒェルム」


 風はスーツ姿の男性像を作り、声となって響き渡った。


「私の名はイオーシフ・ヴォローニン。生前は、〝赤い導家士どうけし〟最後の指導者だった者です」


―― ―― ―― ――

あとがき

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