第444話(5ー82)和解の余波と、アリス、セイの防戦
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 芽吹の月(一月)二〇日。
エコー隊と商業都市ティノーが降伏、大同盟に加わった。
この事実は、すぐさまマラヤディヴァ国中に広まって、各地を
まずネオジェネシスの代表であり、創造者たるブロル・ハリアンだが、復活させた長男ベータと共に地下牢へ酒瓶を持ち込んで祝杯をあげた。
「エコーは自慢の息子だ。もしも我が旅路が半ばで果てようとも、あやつによってネオジェネシスは救われるだろう」
ブロル・ハリアンは、ベータと抱き合って、
「ベータよ、すまぬな。弟妹の成長を促す為といえ、お前には辛い任務を押し付けた」
「いいえ。親父殿、勝てば良し。負けてもエコーが継いでくれる。こんなに嬉しいことはない」
ビール樽と肉塊めいた身体をぶつけ、暑苦しい格好でおいおいと泣く親子を見て、牢の中に囚われた住人は思わずぼやいた。
「感動に水をさすようで何だが、どうしてここでするの? 嫌がらせなの? ひょっとして拷問の一種? でも絶対に屈したりしないんだからね」
「すまんすまん。めでたい日ゆえ、酒をたっぷり用意した。君もぐいっとやってくれ」
「自慢のプロテイン入りカクテルもありますよ。貴方も鍛えませんか? 一緒に新しい肉体に生まれ変わりましょうよ」
「……酒だけでいい。ほうほう、こっちはエールを使って、こっちは果実のリキュールか。案外美味いぞコレ」
しこたま飲んだ三人が、駆け込んできた長姉アルファに説教されたのは、それから一時間後のことだった。
「常識を考えましょうっ。平日の昼間から飲酒とはなんですか!」
「「「ごめんなさーいっ」」」
このように勢力代表たるブロルが、エコーの大同盟参加を歓迎したのに対し、マラヤ半島北部で戦うデルタは悲痛な叫びをあげた。
「エコーが裏切った? 嘘だ。嘘に決まってる。いったい、どんな手を使ったというんだ」
「デルタ。嘘じゃないし、裏切りでもないよ。パパはエコーの決断を認めてる。ひょっとしたら、望みどおりだったのかも……」
「チャーリー、父の、創造者様の願いは、勝つことだ。クローディアス・レーベンヒェルム辺境伯にネオジェネシスの素晴らしさを認めさせる。それがぼく達の勝利だろう!」
デルタは、ギブネ山脈に無数の罠を設置して、ゲリラ戦で大同盟を削ろうと試みた。
しかし、オットー・アルテアンにことごとく見破られ、戦線を押し上げることは出来なかった。
「ぼくは、あの不良中年にすら勝てないのか!?」
デルタとネオジェネシス軍が焦燥に駆られて強引な攻撃を繰り返す一方、アリスとオットー率いる大同盟軍は余裕を持って防戦に徹していた。
「たぬう。デルタはわかってないたぬ。オットーおいちゃんとセイちゃんは違うんだから、同じ戦い方をしてもダメたぬ」
セイは、ルクレ領やソーン領を相手に圧勝したように、どちらかと言えば短期戦や平地戦を得意としている。
故に、もしも彼女を相手取るならば、山岳や谷を選んで、長期戦や局地戦を挑むのは上策と言えよう。
しかし、オットーが相手ならば話はまるで変わってくる。
「おいちゃんは、元神官騎士。
デルタにとって不運だったことに、オットーは地形を生かした殴り合いや、囮を使った奇襲、罠といった小細工には滅法強かった。
机上演習といえど、教え子だったアンドルー・チョーカーを相手に全勝していることからも、彼の強さが伺い知れるだろう。
「おいちゃん達の目的は、デルタたち北方面軍の足止めだ。勝ちもしないが負けもしない引き分けこそ、望むところだよ」
オットーは満足げに言い放ち、ポケットから紙巻き煙草を取り出したが、アリスにムッと睨まれた。
このテントは、喫煙禁止区域だ。規律にうるさい点だけは、大同盟の辛い所だった。
「そうだ。アリスちゃんも、戦術とか勉強してみないかい? センスあると思うんだ」
オットーは、誤魔化し半分本気半分で持ちかけた。
彼は、アリスが持つ理屈ではない視点、戦闘感覚とでもいうべきものを高くかっていた。
しかし、褐色肌の健康的な虎耳娘は、火にかけた鍋をぐるぐるとかき混ぜながら、大きく首を横に振った。
「たぬう。今はお料理を覚える方が優先たぬ。〝エステルちゃん達と一緒に作った〟スープは大好評だったし、今度はオゾウニをつくってクロードをびっくりさせるたぬ」
「オゾウニかあ。耳慣れない料理だね。一口味見してもいいかい?」
「勿論たぬ。たぬが好きな木の実をいっぱい入れたスーパーらぶりいたぬスペシャルたぬ。ほっぺが落ちても知らないたぬ、むふんっ♪」
アリスは薄焼きの碗に具沢山の餅入り味噌スープをよそい、オットーに手渡した。
「へえ、いい匂いじゃないか」
オットーは一口すすったものの、目をぐるぐる回してぶっ倒れた。
彼は、アリスの常識外れの料理下手を甘く見ていた。豊穣祭では友の助けを得て成功したといえ、いまだ修練は道半ばだったのだ。
「たぬう!? えいせいへい、えいせいへーいっ」
「……アリスちゃん、木の実を使うなら
「たぬ、たぬうううっ。わかったぬ。おいちゃん、死んじゃダメたぬうっ」
「いや、いくら何でも食べ物で死にはしないだろ……」
オットー・アルテアンは知らない。
この世には、アリスをも上回る破滅的技量の
ともあれ、ギブネ山脈の戦いは、大同盟が優位を保ったまま推移することとなる。
その一方で、首都クランに近いユーツ領・ユングヴィ領を巡る攻防戦。
連日連夜の激戦により、兵士達は疲弊し、ひとりまたひとりと寝込んでゆく。
とうとう陥落間近となった軍事キャンプに届いたのが、クロードがエングホルム領の無敵要塞線を突破したとの吉報だった。
「諸君、朗報だ。棟梁殿が商業都市ティノーを解放した!」
セイの言葉で、精魂尽き果てたように倒れる兵士達の目に、わずかな火が灯った。
「首都クランには国主様が戻られ、じきに援軍も到着する。ここまで踏みとどまってくれた諸君に感謝したい。そこで」
セイはキャンプの真ん中に、手づから湯気? の沸く大鍋を運び込んだ。
「諸君をねぎらうため、私が手料理を振る舞おう!」
大同盟の兵士たちは、異臭と瘴気漂う紫色の鍋を見て、不死鳥が如くに立ち上がった。
「うおおおっ、死にたくない、逝きたくない!」
「俺は生きる。生きて、美味い飯を腹一杯食べるんだ!」
「……皆、食べないの?」
芽吹の月(一月)の末日。
姫将軍セイに鼓舞された大同盟の兵士達は、まるで
ゴルト・トイフェルは思いもよらぬ反撃を受けて後退し、敵の手腕に喝采をあげた。
「それでこそ、クローディアス・レーベンヒェルム。それでこそ、セイよ。素晴らしい、闘争は終わらんぞ!」
翌日、軍事キャンプでは『おかしいなあ、棟梁殿は喜んでくれるのになあ』と鍋の前で項垂(うなだ)れるセイが発見され……、完食した出納長アンセルと参謀長ヨアヒムは、静かに息を引き取った。
「「いや、死んでないから!!」」
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