第600話(7-93)エカルド・ベックとの決着

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 クロードは三白眼を細めて魔術文字を綴り、手の中に布つきの掃除棒こと、はたきを生み出して、エカルド・ベックと、彼が分身で作り上げた数百体に及ぶ竜の軍勢に叩きつけた。


「ベック。お前にとって、〝緋色革命軍マラヤ・エカルラート〟も、ネオジェネシスも、ファヴニルさえも、利用するための道具に過ぎなかった。ドゥーエさんが、お前を〝赤い導家士どうけし〟の面汚しと毛嫌いするわけだ!」


 空より降り注ぐはたきは、命中と同時に、直径一mメルカの空間を赤い氷雪の肉体ごとえぐりとる。

 ベックの竜人形態は全長二〇m。一本では致命傷にならずとも、一〇〇本、一〇〇〇本となれば、話は別だ。

 本体にとどまらず。分身体による竜の軍勢をも蹴散らすに充分な爆撃となる。


「悪徳貴族め、外様とざまの傭兵と組んで、勝手なことを言うなっ」


 されど、今のエカルド・ベックは、人間と呪詛が溶け合った融合体、顔なし竜ニーズへッグだ。


「GAA!?」


 本物の意識が宿った二足歩行のドラゴンは、自らの分身すらも食らって本体の欠落を修復し、背から生えた吹雪の翼や、前足の爪を振って応戦した。


「貴様達のような体制側の人間にわかるはずがない。この世界に数多ある革命団体。その多くが不合理で理不尽で古く腐っていた。だから私は〝赤い導家士〟という唯一無二の道を示したのだ!」

「……」


 クロードは吹雪の翼をくぐり抜けてかわし、前足の連続攻撃を爆撃で相殺そうさいしつつも、ベックの身勝手な言い分に閉口した。

 今となっては懐かしいヴァルノー島を統一した頃に、金色の髪と赤い瞳が天使のように美しい、宿敵たる少年と一緒に釣りをした日を思いだす。


『組織は大きくなればなるほどに、方向性が揺らぐ。善意が、悪意が、どっちつかずの個々人の思惑が、統率者の意図を外れて暴走する。もしもキミが純粋な意志を貫きたいなら、絶対的な力をもった唯一人の英雄になるしかない』


 クロードはあの時、ファヴニルの言葉を拒絶した。

 しかし、ベックのような煮ても焼いても食えない外道を見れば、印象も変わる。

 一〇〇〇年前には善良だった龍神が邪竜へと反転したのも、このような悪党が暗躍したからかも知れない。


(ファフナーの一族とグリタヘイズの龍神は、救いを求める誰かに手を差し伸べ続け、救った相手に裏切られて破滅した。ファヴニルのやつ、あの時の言葉は僕への忠告だったのか)


 クロードが作り上げた大同盟は、幾度かのすれ違いこそあったものの、致命的な決裂を迎えること無く乗り切った。

 それは、クロードがファヴニルの忠告とファフナー一族の失敗例から、教訓を学んだからではないか?


「ベック、お前は道を示したんじゃない。ただ乗っ取っただけだ」

「乗っ取りとは言葉が過ぎる。改革したのだから、その代価に金と権力を求めてどこが悪い? 組織を維持できなかったのは奴らのせい、私は被害者だ!」

「他人を騙し大切なものを奪い、踏みにじり続けた加害者が、被害者を騙るな」


 クロードと同じ馬に乗る和装の少女セイが、葡萄色の瞳に剣呑な光を宿して、目鼻のかけたしゃれこうべめいた竜の頭に太刀を向けた。


「そもそも自分で失わせておいて、言い訳に使うなど言語道断! それとも、わざと喪失させたのか?」


 わずかに残る黄昏の光を浴びて、セイの髪が銀色に輝く。


「エカルド・ベック。お前の言葉に熱が灯るのは一つだけ。過去の思い出、〝赤い導家士〟に触れた時だけだ」


 クロードは白馬の手綱を握って、ここぞとばかりに加速――。


「過去以外は、どうでもいいと思っているから約束を守らない。今の仲間を切り捨てて悔いもしない」

「くっ、なにおっ」


 セイは一撃離脱を繰り返しながら太刀を閃かせ、ベックの首を守る竜の鱗を削いだ。


「今の世界が荒れれば荒れるほどに、過去の思い出が美化される。だから不必要なまでにあざむきを繰り返す。ベック、お前は大切な一つのために、ほかの全てを生贄に捧げているだけだ!」

「お黙りなさい。私はイオーシフやドゥーエと違う。真に世界を憂いているっ!」


 セイの痛罵つうばが、よほどに答えたのだろう。

 ベックは分身ともども、あたかも津波のように全身を蠢動しゅんどうさせた。

 顔なし竜の軍勢は、赤い雪を固めた鱗の砲弾と氷雪の槍を斉射、目障りな二人を喰らわんと裂けた顎を開いた。


「ファヴニル様の力で、〝赤い導家士〟による全世界革命が成立すれば、犠牲チップとなった者達も本望なはずだ」

「最後の最後で人任せかよ!」

「ベック。貴様の嘘と扇動こそが、平穏に生きる人々の営みを壊し、要らぬ犠牲を生んだのだ」


 クロードは、ベックが逆ギレ気味に発射した砲弾と槍の雨を読み切って回避、本体たる竜の首元へと再接近した。


「追い詰めたぞ!」

「否、私が誘導したのだっ」


 ベックは背中ではなく、〝鱗の割れた首元の傷〟から吹雪の翼を展開し、セイの握る太刀を粉砕した。


「所詮、貴方達はそこまでの存在。敢えて弱みを見せるのも、戦術のひとつです!」


 ベックは、勝利を確信したことだろう。

 〝第三の魔剣〟システム・ニーズヘッグを使うことにかけて、およそ彼以上の存在はいまい。しかし。


「棟梁殿、好機到来だ」

「ああ、無理をしてくれたおかげで、ようやく――揺らいだ!」


 それでも無茶なカウンターの結果、ベックが変身した巨大竜の肉体がきしみをあげて、吹雪の翼が乱れるという隙が生じた。

 セイが意識をひきつけてくれたことで、本物と分身体を見間違う心配もなく、ここに王手は成立した。


「セイ、この刀を使ってくれ。鋳造――八丁念仏団子刺はっちょうねんぶつだんござし!」

「うん、一緒に終わらせよう。ベック、外道に手を染めた時、お前は正義を自ら手放したんだ」

「鋳造――火車切かしゃぎり! 今度こそ幕を引くぞ。熱止剣ねっしけん!」


 セイが稀代の詐欺師の首をはね――、

 クロードが滅びの呪文を刻み込む――。


「い、いっせいいちだいの、ギャンブルだったんだぞっ。わたしは、わたしはせかいをこのてにいいいっ」


 最後の竜は、何かを欲するように前足を伸ばしながら断末魔の咆哮をあげて、分身体諸共に白い結晶となって消えた。


――――――――――――――――――

あとがき

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