第398話(5-36)星空悲恋
398
復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 晩樹の月(一二月)三〇日。
クロードとレアは今日もまた、領内視察を兼ねたデートへやってきた。
領都レーフォンの中央通りは、天幕や露店が立ち並び、二年前の荒廃ぶりが嘘のように人々で賑わっている。
今年は、新年祝いと国主来訪が重なるのもあって、店先には様々な穀物料理や野菜料理が並び、
「そうだ、レア。屋敷にも何か置いてみようか?」
「はい。きっとアリスさんやエステル様も喜ばれるはずです。あちらを見に行きましょう」
クロードとレアは離れないよう、しっかりと手を繋いで繁華街へと繰り出した。
色とりどりの竹籠や、赤い布で飾りたてられた動物の木像などを見て回る。
二人で一緒に歩く。それだけで胸が高鳴って、幸せだった。
クロード達はいくつかの正月飾りを買い込み、子供達が空き地で駆け回るのを眺め、吟遊詩人達の奏でる唄に耳を澄ませた。
領主と侍女が必死に手を伸ばした〝当たり前の日常〟は、ついに実現したのだ。
「……大丈夫。グスタフ閣下にも胸を張って自慢できるよ」
「はい、領主さま。皆が前を向いています。楽しそうに笑っています。ここは、貴方と民草が作り上げた素晴らしい街です」
クロードは思わず感慨にふけったが、
逢引なんてそうそうない機会だ。レアとの関係を少しでも前へ進めたかった。
「ねえ、レア。仕事も終わったし、どこか行きたいところはないかい?」
クロードの提案に、レアは赤い瞳を瞬かせた。
雨季の風が街角を通って、彼女の青い前髪を揺らす。
ほんの一呼吸おいて、桜色の唇が言葉を結んだ。
「……領主さま。グリタヘイズの村へ、湖を見に行きたいです」
「いいね。早速行こうよ。鉄道が通ったから、きっとすぐさ」
グリタヘイズ村は、昔から生活環境が整備されていたのもあって、約五〇〇〇人の村民が住む大規模村落のひとつだった。
(あそこは、一〇〇〇年前にあのファヴニルが守護した復興拠点だった。あいつが何か仕掛けているかも知れないし、万が一の際に早くかけつけられる方がいい)
そういったクロード側の思惑に加えて――、グリタヘイズの湖周辺からは貴重な薬草や
「さすがに駅は混み合ってるね。レア、離れないでね」
「はい。一緒、です」
クロードとレアは身を寄せ合い、人でごったがえす駅へと踏み入った。
マラヤディヴァ国は内戦中であったものの、世界有数の海路要衝は伊達ではなく、外国人観光客でごった返していた。
駅ナカの商業スペースなどは、中央通りの繁華街と変わらぬ盛況ぶりだ。
特に繁盛していたのは、共和国企業連マラヤディヴァ支部代表のパウル・カーンが
クロードはレアと相談の上、お茶の入った竹筒と、杏ジャムを練り込んだ饅頭を弁当代わりに買って機関車に乗った。
さすがの人混みに
人目につかないため、普段はできないスキンシップがはかれたからだ。
「レア、ほら、あーん」
「り、りょうしゅさまっ!?」
お茶とお菓子を食べさせあったり――
「こちらを使われますか?」
「ひ、膝枕って。レア、いいのかい?」
「はい」
顔を真っ赤にした侍女の膝を借りたり――
二人は、イチャイチャでドギマギした時間を過ごし、グリタヘイズ村へやってきたのだが。
「おやあ、新婚さんかい。グリタヘイズ村へようこそ。……あれ?」
「どうした、エレン。なぜ客を隠そうとしているんだ? あ、ああっ!」
領都ならばいざ知らず、山村で身分を誤魔化すのは無理があった。
「辺境伯様がいらっしゃったぞ!」
「レア様だ。レア様が来られたぞ!」
クロードとレアは押し寄せる村人達に大歓迎を受けた。村長や代官は気を利かせて挨拶を簡単に済ませてくれたものの、感激した村人達に囲まれて真昼間から飲めや歌えの大騒ぎが始まった。
かくして、二人が目的地である湖に到着した時には、もう日暮れになっていた。
「ごめん、遅くなっちゃったね」
「いいえ。領主さま、丁度よい時間です」
橙色の太陽が、西の
空はやがて紫に染まり、瞬く星々を湖面が映し出す。そして、ほんの少しだが小さな光がふよふよと舞っていた。
「領主さま。この光景を貴方に見せたかったのです」
「……蛍が、湖に戻ってきたのか!」
蛍は、基本的に澄んだ水辺に棲息するが、グリタヘイズ湖は、性質の悪い外国企業によって手酷く汚染されていた。
クロード達は、ヴァリン領のニコラス・トーシュ教授やガードランド聖王国のウェスタン建設の力を借りて、一度は汚された湖の浄化に努めたのだ。
先行きはまだまだ遠いだろう。水面を舞う蛍はほんのわずかだ。
それでもクロード達は、失われたもののひとつを取り戻して、未来へと歩みを進めたのだ。
「領主さま。まるで星空の中みたいです」
「うん。天の川って、こうなのかな」
クロードは、水辺のレアに見惚れていた。
彼女は地元の歓迎会に参加したことで、いつものメイド服に着替えていた。
だからこそ星と蛍の輝きに包まれた侍女が、いつも以上に幻想的に見えて思わず息を飲んでいた。
「レア、僕は君が好きだ」
あまりに美しかったから、するりと心から言葉が漏れた。
「領主さま」
侍女の赤い瞳から、一筋の涙が溢れた。
「クロードさま。私も貴方を愛しています。ですが、私にはその言葉をいただく資格がありません」
クロードも断られることは覚悟していた。
しかし、この返答は予想外だった。
「レア。資格とか、そんなのあるわけ……」
「私は、ずっと貴方に大きな嘘をついていました」
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