第397話(5ー35)赤い導家士の初心を継ぐ者

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 〝赤い導家士どうけし〟の古参兵として悪名高い、ロジオン・ドロフェーエフは死んだ。

 彼は盟友であるイオーシフ支部長と共に、イシディア国で大規模テロを引き起こし、枕を並べて討ち死にした。

 戦場跡からは、ロジオンの籠手や愛刀が発見されて、証拠品として西部連邦人民共和国に引き渡された。のだが――。


(ところがどっこい。雑草はおいしげり、憎まれ者は世にはばかるってね)


 なんのことはない。

 ロジオンはドゥーエと名前を変えて、この通りぴんぴんしている。

 師匠より受け継いだ愛刀を取り戻すのに手間取ったが、今は無事に手の中だ。

 

(オレはまだ生きている。生きている限り、戦い続ける。宿命シックザールを変えて、世界を救うんだ……)


 ドゥーエは、ふと周囲に人の気配を感じて目を覚ました。

 何事かと伺うと、船室の客が遠巻きながらも一様に彼を見守っていた。


(なんだ、傭兵が珍しいのか。どいつもこいつもゲラ刷りの新聞なんて持って、いったいどうしたっていうんだ?)


 ドゥーエの疑問はすぐに解消された。

 ひとりの幼い少女が、両親らしい男女を振り切って、新聞の一面を掴んで歩いてきたからだ。


「ねえねえ。これ、おいちゃんだよね。へんきょーはくさまのおともだちなの?」

「……お、おう?」


 ドゥーエは、思わずたじろいだ。

 いったい、いつ以来だろう――?

 幼子が、否、乗客が彼に向けている視線は、掛け値なしの好意だった。

 ドゥーエは、冒険者ギルドが発行したという新聞を見せられて喫驚きっきょうした。

 三白眼の青年と、ドレッドロックスヘアの戦士が、巨大な三つ首竜と戦う念写真が一面いっぱいに載っていたのだ。

 捜査官本来の役目は、情報の取集と記録だ。撮影されていたことは不思議ではないが――。


「おいおい、どういうことだ。あの時の念写真なんて、いったい誰がブンヤに売ったんだ?」


 まさか公安情報部長ハサネが直々にリークしたとは思いも寄らず……。

 ドゥーエは寝起きだったこともあり、混乱のあまりつい口を滑らせたのが不味かった。

 船室の乗客たちが、黄色い歓声をあげて押し寄せてきたからだ。

 

「ありがとう! やっぱりそうなんだね」

「助かったよ。なんて勇敢な方なんだ。こんな恐ろしい竜と戦うなんて」

「よく街を救ってくれた。教えて欲しい。辺境伯様はどうやって怪物を倒したんですか!」


 ドゥーエは、彼を褒めそやす老若男女に困惑した。

 船室の乗客達は、クロードのことを知りたがった。同時に、領主の背を守ったドゥーエに惜しみない感謝を伝えた。


「「私たちの街を、私たちの辺境伯様を守ってくれてありがとうございました!」」


 ドゥーエは、目の奥が熱くなった。

 ベータとの戦いをぽつりぽつりと語りながら、胸の奥に火が灯るのを感じた。


(なんだい、悪徳貴族よお。ちゃんと愛されているじゃないか)


 ドゥーエは、傭兵の立場だからこそ感づいた。レーベンヒェルム領民たちには、どうやら暗黙の了解があるようだ。

 彼らは、クロードが本物のクローディアス・レーベンヒェルムでないと気づきながらも、彼が隠すのをおもんばかって、気づいていない振りをしているのだ。


(この感謝を受け取るべきは、オレじゃない、クロードだ)


 なぜならドゥーエは、レーベンヒェルム領に住む民草のことなんて、考えもしなかったのだから。

 彼はただ定まった運命を壊したかっただけ――。


(ああ、そうか。そうだったのか)


 ドゥーエは、幼子の髪を傷つけないよう慎重に撫でた。

 長い長い回り道だった。

 殺戮のための人形として育てられ、押しつけられた宿命に抗うように戦い続けた。

 何の為に戦うか、誰の為に戦うか、そんな前提すら置き去りに、ただ変化だけを求めて闘争を続けた。


(イオーシフ。アンタはやはり、オレの友達ダチだった)


 〝赤い導家士どうけし〟の支部長を務めた旧友は、決して善人ではなかった。

 手に染めた悪行は、人身売買に麻薬密売、大量殺人と数知れず、地獄に落ちろと罵られて当然の外道だろう。

 けれど、滅びの宿命から世界を救うという一念だけは、ぶれることなく本気だった。

 イオーシフ・ヴォローニンは、この子のように、あるいは船の乗客のように、当たり前にいる〝どこかの誰か〟の為に未来を掴もうと懸命に足掻いた。

 だからこそ、二人は立場を超えて確かな友情を築くことが出来たのだ。


(イオーシフ。オレは、アンタの一兵卒で良かったんだ)


 共に死ねと望まれたなら、最期まで殉じるつもりだった。けれど、友が望んだのは世界を守ることだ。


(〝赤い導家士〟は進む道を間違えた。救うべきものを踏みつけ、天下に禍いを撒き散らした。でも始まりの夢は、この世界をいずれ来る破滅から護ることだったはずだ。だから、イオーシフ。ダチの夢はきっと叶えてみせる)


 やがて船は港町ヴィータに到着した。

 ドゥーエは乗客達と笑顔で別れ、外国人向け高級住宅街の外れに、ひっそりと建つ病院へと足を運んだ。


「オズバルト・ダールマン。定時報告に来たぞ」


 かつて魔術塔でクロードと剣を交えた男。人類最高峰の剣客は、痩せ衰えた顔で穏やかな笑みをつくり、ドゥーエを招き入れた。


「ロジオン、いや、今はドゥーエだったかな。噂は聞こえているよ。大活躍だったようじゃないか」

「よしてくれ。アンタに言われるとこそばゆくなる」


 そう……。多額の報酬と、〝共和国に接収された愛刀の返却〟を引き換えに、ドゥーエを雇った依頼主クライアントの正体は、西部連邦人民共和国に名を轟かせる英雄オズバルトだった。


「ネオジェネシスに流出した気象兵器を破壊して欲しいって、アンタに取引を持ちかけられた時は、伝説の処刑人もついにヤキが回ったかと思ったがな。この依頼は、まあそれなりに充実しているよ」


 ドゥーエは、バナナやマンゴー、無患子ランブータンといった果物が入った袋を棚の籠に入れた。

 オズバルトのことだ。きっと部下たちと分けるに違いない。


「ドゥーエ。この前会った時より、表情が柔らかくなったようじゃないか。クローディアス・レーベンヒェルムは面白い男だろう?」

「危なっかしいがね。ま、契約の続いている内は、味方してやるさ」


 ドゥーエは誤魔化すように軽口を叩いたものの、オズバルトは頬のこけた顔を震わせてくつくつと笑った。


「笑うなよオズバルト。そうだ、ひとつアンタの考えを聞かせてくれないか。ネオジェネシスは気象兵器と模造品を、何故ヴォルノー島に持ち込んだ? 戦争の中心はマラヤ半島だろう?」

「それなら、理由は二つ考えられる。ひとつは国主グスタフがこの島に滞在していること。もうひとつは、レアを名乗る侍女がいるからだ」

「……どういうことだ。詳しく話せ」


 仲睦まじそうに歩いていたクロードとレア。

 ドゥーエは、二人の行先がひどく不安に感じられた。


――――――

序盤からフラグを立てていましたが、ロジオンことドゥーエさんが最後の仲間枠です。

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