第396話(5-34)ドゥーエの思い出、ロジオンの最期
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復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 晩樹の月(一二月)二九日午後。
隻眼隻腕の傭兵ドゥーエは、クロードとレアの仲睦まじい
「……お二人さん、お幸せにな」
ついでに、土産品にみずみずしい果物を袋一杯に買いこんだ。
今日は定時連絡の日だ。クライアントに戦果を伝えなければならない。
ドゥーエの真の雇用主は、実はレーベンヒェルム領ではない。
彼を決戦の舞台に招き入れた張本人は、今ルクレ領とソーン領の境界近く、港町ヴィータの病院で
「へえ、ヴィータ行きの連絡船がじきに来るのかい。十竜港に行くのが手っ取り早そうだ」
ドゥーエは、停留所の案内を見て巡回馬車に乗りこみ、領北にある港へと向かった。
彼が目指す十竜港は、マラヤディヴァ国全体でも五指に入るレーベンヒェルム領最大の港である。
しかし、本物のクローディアス・レーベンヒェルムが使用権を売り渡したことで、長きにわたって西部連邦人民共和国の支配下にあった。
クロードが半年前にルンダール遺跡で大量の黄金を発掘し、港を買い戻したことで今月から統治下へ戻っていた。
「おうおう。やってるやってる。まだ引っ越しの途中かねえ」
馬車を降りたドゥーエは、潮の匂いがする風の中、忙しなく働く共和国商人を見ながら、港町ヴィータ行きの連絡船へと乗り込んだ。
青く澄んだ海岸線の向こう、西部連邦人民共和国が脳裏にちらついて、彼は深く重い息を吐いた。
「クロードの奴も流石というか、よくやったものだぜ。このタイミングじゃなきゃ、まず買い戻せなかったはずだ」
西部連邦人民共和国は、〝
クロードには知るよしもないことだが、共和国はこの頃、〝秘密裏に軍隊が駐留可能な人工島を造成する〟という次の計略に切り替えていたのだ。
故にこそ、共和国は黄金と引き換えに十竜港を手放した。
(まったく。西部連邦人民共和国ってのは、野望の為に、あらゆるモノを喰らい尽くす獣のようだ……)
ドゥーエは、胸の中でぞわりと膨れ上がる冷たい感情に頬をつりあげた。
(クロードはよくやっている。運命のクビキは砕け散った。それでも変化は遅々たるものだ。だったらよ、すべてをぶち壊しにする方が手っ取り早いじゃないか)
世界革命……。
ドゥーエは、かつてロジオン・ドロフェーエフを名乗って協力した〝赤い
(国家、民族、文化、企業、世界を構成する部品を、積み木崩しのようにバラバラにすれば新しい未来が拓ける――そう、信じたかった)
〝赤い
(まるで無いものねだりだな。無意味とわかってなお、破壊と混沌を心のどこかで望んでいる)
ドゥーエは自身の
(どこかで休むとするか。甲板は危険だ。船室は家族連れが多いが、人目がある方が安全だろう)
ドゥーエは甲板を降りて、連絡船の客室に入った。簡素な板づくりの壁にもたれかかり目を閉じる。
切り札たる竹刀袋は肌身離さずつけているし、服と手袋で隠した左手の義腕も極めて強力な
(ふん。どんな刺客が来たって、息の根を止めてやるさ。オレが愛して殺した姉弟たちのように)
そうして、ドゥーエはこくりこくりと舟を漕ぐ。
極めて近く、限りなく遠い、凍りついた並行世界の思い出を夢に見ながら。
ふと懐かしい
ドゥーエは苦闘の末、姉弟のように過ごした同胞を師より預かった刀で斬り殺した。
『……生きろ。オマエが最後の
最後に殺した姉は
優しい姉だった。けれど、彼女も他の弟妹達もパラディース教団に洗脳されて、歯車のように変えられてしまった。
だから己の手で解放した。そんな姉に生きろと願われたのだ。自殺するという選択肢は無くなった。
――ドゥーエはそれ以来、ずっと戦い続けている。
他に生きるすべを知らなかったから。たとえ世界が雪と氷に覆われても。
『……馬鹿弟子よ、生き延びろよ。お前が戦い続ける限り、おれの技は無駄にならん』
地球の日本という異世界から来た男、ドゥーエが師事した剣の師は、彼に愛刀を託して力尽きた。
過去に妖刀に魅入られ家族を殺めたという師匠は、終末世界で嬉々として強敵と斬り結び、やりたい放題やって幸せそうに死を迎えた。
ドゥーエは妻を失い、妹を奪われ、師を喪くしたことで、元いた世界に見切りをつけた。
七つの鍵のひとつ、第一位級契約神器ガングニールに導かれ、過去の並行世界へと逃亡したのだ。
このままでは終わらない。終われない。歴史を変える為に、何かやれることがあるはずだ。
そう信じて、この世界では〝赤い
『ロジオン、貴方は見届けてください。貴方ならきっと、我々の志を受け継いでくれる。どうかこの世界を守ってください』
世界を渡り、巡り合った随一の友は、そう言い残して去っていった。
イオーシフ・ヴォローニン。〝赤い導家士〟の支部長は運命に挑んで、道半ばで戦死した。
そして、ドゥーエもまた捨てたはずの過去に追いつかれた――。
『見つけたぞ、ロジオン・ドロフェーエフ!』
ドゥーエことロジオンは、イシディア国の辺境、雪の降り積もる滝壺で〝この世界の自分自身〟と相対したのだ。
『イオーシフの儀式で、てめえの記憶を見たぞ。俺の愛する女を死においやり、姉弟を手にかけたクズめ。絶対に許さんっ、ここで死ね!』
『はっ。クチバシの黄色いガキめ。オレとやりあおうなんて、一〇年早いんだよぉっ』
ロジオンは、若き日の自分に負けるはずがないと侮っていた。
隻腕なんてハンデにもならない。世界を変えると決めた心も、鍛え抜いた体も、磨きあげた技も、全て上回っていると信じて疑わなかった。
(お笑いだ。がむしゃらに生きる
〝赤い導家士〟の古参兵、ロジオン・ドロフェーエフは、イシディア国で大規模テロを引き起こし、名もなき民兵に討たれて死亡した。
公的な文書には、彼の最期はそう記されている。
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