第399話(5ー37)クロードとレア

399


(レアが僕に、嘘をついていただって?)


 クロードは、レアの懺悔ざんげが信じられなかった。

 最初は、ソフィもアリスもセイもいなかった。

 クロードは影武者となったものの、本物がしでかした鬼畜外道な所業ゆえに、危機的状況にあった。

 エリックをはじめ領民からは敵視され、バーダーら外国企業からも餌として扱われる、針のむしろが如き孤独な日々。

 そんな四面楚歌しめんそかの窮地でなお、レアだけは彼の味方でいてくれたのだ。


「ひとつめは、このグリタヘイズ村のことです。領主さまは、山奥の村なのに人口が多いとは思いませんでしたか?」

「そりゃあ、まあ」


 共和国企業が工場を建てるくらいには環境が整っていたといえ、辺境の村としては破格の戸数だろう。


「領主さまがこの世界に来られるより前。私は、邪竜の玩具クローディアス・レーベンヒェルムが処分を命じた人々をグリタヘイズ村へ逃していました」


 そういえばと、クロードは、記憶の棚をひっくり返した。

 囚われていたソフィたちを地下牢で見つけた時、処分云々を問答した気がする。


「……私にとっては縁深い村でしたし、優秀な御医者様が逗留されていたからです。名前は、ブロル・ハリアン」

「!?」


 クロードは、生唾を飲み込んだ。

 ユーツ領でブロルと初めて会った時、ネオジェネシスを率いる長は確かに言っていた。医者の真似事をした経験もある、と。


「ハリアン様は、領主さまと入れ替わるように村を旅立たれました。私は、引き留めるべきだった……」


 レアは悲しげにかんばせを伏せ、小さな手を握りしめた。

 けれど、クロードはブロルに直接会ったことで、不可能であったことを知っている。


「レア、それは無茶だよ。ブロルさんの目的は復讐だ。僕がファヴニルを討つと決めたように、あの人が選んだ決断だ。誰にも止められないし、止めようもない」

「それでも、何か出来るはずだった。私が諦めたのは、きっと心のどこかでグリタヘイズ村を憎んでいたからです」


 星と蛍が瞬く湖で――。

 レアは、自らの青い髪を掴み、赤い瞳から涙を流して、決定的な言葉を口にした。


「クロード様。私の本当の名前はレギン。かつてこの地の民草と、神剣の勇者によって封じられた邪悪な鍛治師。貴方を地獄にひきずりこんだファヴニルの妹です」

「……」


 クロードは、レアの言葉を聞いた瞬間、世界が砕けたかと思った。

 知らないうちに膝をつき、顔を両手で覆って、心と体の軋みに耐える。

 がんがんと頭が痛い。ぐるぐると吐き気がする。ぞわぞわとした悪寒が止まらない。


(レアがレギンだって? ファヴニルの妹だって? 何だよそれ!)


 クロードがレギンという名前を知ったのは、イスカとソフィ、レアと共に遺跡に潜り、『兄弟の眠りを妨げることなかれ』という碑文を見つけたからだ。

 あれから二年間、クロード達は第三位級契約神器レギンを探して、古代遺跡を調査したものの見つけることは叶わなかった。。

 当然だ。求めたものは、他の誰でもない、彼の隣にいたのだから。


(なぜだ? なぜ、なぜ? なぜ僕は気がつかなかった?)


 クロードが顔を覆う十指の狭間、涙で歪んだ視界に映るのは――

 艶やかな青い髪に、魔力を宿した赤い瞳の、天女が如き風貌の少女だ。


 彼女は、〝赤い導家士〟のテロリストに、人間業でない魔法だと恐れられていなかったか?

 彼女は、共和国のエージェントであるミズキに強く疑われていなかったか?

 彼女は、邪竜ファヴニルと鍛治レギンの兄貴分たる川獺オッテルと、不自然なくらい早く馴染まなかったか?


(ああ、なんてことだ。僕は、気付きたくなかった。認めたくなかったんだ)


 クロードの全身が総毛立ち、震えが止まらなかった。

 レアと共に過ごした思い出に、割れたガラスのようにヒビが入ってゆく。

 一緒に畑や市場を復興しようとしたのも、銃や自転車を作ったのも、ずつと傍にいてくれたことさえも……。


(すべてアイツの、邪竜ファヴニルの思惑通りだったんじゃないか!? ああ、なんて、なんて〝憎らしい〟……)


 クロードはどうにか立ち上がって、ゆっくりと踏み込んだ。

 レアは、殴ることも首を締めることも叶う距離で、裁きを待つかのように立ち尽くしていた。


「僕は、今日ほど自分の弱さを、憎くて呪わしいと思ったことはない」

「りょうしゅ、さま?」


 レアは、茫然とクロードを見つめていた。

 クロードに、彼女を責められるはずもなかった。

 ただ愛しいから、華奢な体を力一杯抱きしめたのだ。


「ファヴニルの妹? 本名はレギン? そんなこと関係ないさ。僕は君が好きだよ、レア」

「りょうしゅさま、クロードさま。いけません。私はファヴニルの妹で、あなたの、貴方のっ」


 レアの端正な顔が涙でぐしゃぐしゃに崩れている。彼女の赤い瞳に映るクロードもまた酷い表情だった。


「情けないだろう。アイツのことを考えるだけで冷や汗が止まらない。でも、それがどうした? レアを失う方がずっとずっと怖い。だから」


 クロードは奪うように、レアに口付けた。


「僕は、レアをファヴニルから奪ってみせる」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る