第334話(4-62)首魁激突、真なる力!

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 クロードとダヴィッドは、ヴォルノー島大同盟と緋色革命軍の艦隊をそれぞれ率いてマラヤディヴァ国国都クランを臨む沖合で向かい合った。


「決着をつける、か。いいだろう。悪徳貴族クローディアス・レーベンヒェルム。今日こそお前を殺し、十賢家という旧弊きゅうへいを壊し、崇高なる革命の理念のもと、進歩と繁栄の未来を勝ち取ろう。今日こそマラヤディヴァ国の、緋色革命軍の夜明けである」

「いいや、ダヴィッド・リードホルム。お前の政策は決して成功しない。なぜならお前自身が叶えるつもりがないからだ」


 緋色革命軍は煌びやかな目標をたて、美辞麗句による虚飾を並べたてた。

 だが実行したのは住民の強制移住による大混乱、農業崩壊による飢餓と、商業流通寸断による経済壊滅だった。

 従わない大人を戦争や労役で殺して、何も知らない子供に無理矢理役目を負わせ、それでも足りないから外国の傭兵やテロリストでまかなう。

 抵抗する者をことごとく殺して罰した果てに、マラヤ半島は悪夢の如き壊滅状態に陥った。たとえブロル・ハリアンがネオジェネシスの旗を立てずとも、必ず誰かが同じことをやっていた。


(天下は一人の天下にあらず、すなわち天下は天下の天下なり、だ)


 クロードは思い出す。

 天下は決してひとりのものではない。これは徳川家康の言葉として知られているが、元を辿れば大陸の六韜りくとうという書籍で、太公望という古代の軍師に仮託された言葉である。六韜では、『天の下に生きるものと利益を同じくする者は天下を得て、天の下にあるものをほしいままにする者は天下を失う』と続く。

 これは、出展となった国にとどまらず、あらゆる王朝や政権に共通する歴史的な事実だろう。

 どれだけの嘘偽りを重ねても、どれだけの虚しい力を誇っても、民草に背いた独裁政権や、他国を踏みにじる暴虐国家は、ーーいつか必ず報いを受ける。


「ダヴィッド・リードホルム。緋色革命軍が掲げた政治理念に反しているのは、他の誰でもないお前自身と、緋色革命軍なんだよ」

「黙れ悪徳貴族。オレこそが革命だ。オレこそが正義だ。無窮の論理とつまらない現実がぶつかるならば、現実をこそ変革しよう。反革命分子はくたばれ!」


 ダヴィッドは、艦隊の真ん中で狂ったように笑い始めた。

 クロードは、彼の思惑が理解できた。己に反発する一般兵の多い緋色革命軍艦隊の眼前で、敵対する大同盟艦隊を葬りさる。あえて力を見せつけることで自身の支配を強めようというのだろう。


「――〝変新へんしん〟オオオオオオッ」


 ダヴィッドの首飾りについた赤い宝石が、海を赤く染めるほどの閃光を発した。

 彼の瞳が緋色に輝き、皮膚をきらびやかな黄金の鱗が覆ってゆく。

 顔は竜頭を模した兜に覆われて、背から蝙蝠に似た金属の翼が生える。胸腹は鋭角的な鎧に守られ、四肢には竜爪をあしらった手甲と具足が装着される。

 光が消えたあと、青い空の下に立っていたのは、全身を黄金色に飾られた異形の竜人オモチャだった。


「怯えろ、すくめ。ひれ伏せ、これこそがオレの力。絶対正義にして普遍の革命である」


 投射魔法で青空に映し出されたダヴィッドは、恍惚とした声で笑った。

 ここにインチキチートは成立した。レーベンヒェルム領艦隊を飲み尽くすに充分な炎が、突如としてユングヴィ領沖に出現した。それは、まさに世界を変える力、契約神器たる由縁だろう。


「さあ、万人よ見よ。聞け。これが邪悪を断罪する正義の炎だ!」


 断罪の炎は、大同盟艦隊が展開した防御障壁をまるで薄紙を破るように焼き払い、船を飲み込み始めた。


「ファヴニル。契約を果たそう。楽しませてやるよ。だから、――お前の黄金ちからを寄越せ」


 クロードは歌った。胸に浮かんだ言葉。

 それは彼が目を逸らし、置いてきてしまった真実の力を解き放つ鍵だ。


「術式――〝抱擁者ファフナー〟――起動!」


 クロードの目が赤く染る。首筋には薄い鱗が生えて、まるで蜥蜴の尻尾が生え変わるように、否、時間を遡ったかのように、失われた両腕が再生した。

 ショーコから貰った義腕が外れて落下するも、甲板に落ちる前に光となって、生まれ変わった腕に吸い込まれた。手の中指には、契約の証たる、赤く禍々しい宝石が輝いている。


「時よーー!」

「無駄な抵抗を――なにぃいいっ!?」


 クロードが拳を掲げるや赤い光の柱が立ち上り、ダヴィッドが作り出した、海面を覆い尽くす炎は跡形もなく消えていた。まるで時間を逆回しにしたかのように、狭まって、縮んで、無くなったのだ。


「もう一度だ。邪悪を断つ正義の刃をここに!」


 ダヴィッドの手から、あたかも天を衝く塔のように長大な空間を断つ刃が生じた。しかし、彼が刃を振り下ろすより速く、それは短くなって解けて消えた。


「ならば魔獣の群れよ、やつらを皆殺しにしろ。毒よ、やつらを腐敗させろ。断罪の雷よぉおっ!」


 ダヴィッドの呼びかけに応え、魔獣が毒が、雷が生まれて、力を発揮する前に虚空へと消えた。


「な、なにをした? なにをしたんだっ、クローディアス・レーベンヒェルム!?」

「別に。インチキチートを消しただけだ」


 ファヴニルの力を使って命を奪い、あるいは物を壊せば、それらはファヴニルに捧げられる生贄となる。

 しかし、ファヴニルの力でファヴニルの力を壊したところで、あの邪竜が得るものはないだろう。

 今頃どこかで腹を抱えて笑っていそうだが、楽しませてやると言った以上、そこには目を瞑る。


(しかし、酷いセールストークもあったものだ)


 ファヴニルは、クロードと出会った当初、自らを第三位級契約神器ファヴニルと名乗り、第三位級までのみ説明した。自身が、魔術師一〇万人分の力に匹敵する神様のような存在だと定義したのだ。


(あの時から、ちゃっかり嘘をついてたんだ)


 テルは、言っていた。第二位級契約神器は、短時間、一定範囲に己のルールを押しつけ、世界を書き換えることができると。

 クロードは、この世界に来たばかりの頃、魔法を拒絶していた。だからわからなかった。

 経験を積み、向き合うことでようやく理解できた。ソフィの失明した瞳や、セイの致命傷だった喉を、どうやって治療したのか。

 それは、彼自身は知らぬことだが、先輩であるニーダルがファヴニルと戦ったダンジョンの決戦で、クロードの力と称した手段に他ならない。


(ファヴニルめ、自分が第二位級だって明かして説明したら、僕が使うかもって警戒したな)


『一定範囲内の対象の時間を巻き戻し、起きた事象をなかったことに変化させる』


 それこそが、クロードが『第二位級契約神器』ファヴニルとの契約で得た力。

 未来に進むことを決めた彼が、必要ない――と過去に置き去りにした真なる力だった。


「ロロン提督、全艦回頭だ。敵艦隊と併走しつつ、撃沈せよ」


 クロードが叫んだときには、すでに大同盟艦隊は回頭して戦闘態勢に入っていた。

 レ式加農魔砲と名付けた大砲が続々と砲弾を放ち、緋色革命軍艦隊は大破炎上して、紅蓮の業火が再び海を赤く染めた。

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