第389話(5-27)それぞれの勝利

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 クロードは、三頭の巨大竜となったベータに向かって突撃した。


「鋳造――!」


 最初にありったけのはたきを作って炎のブレスを相殺し、ドゥーエが切り拓いた活路を縫い止める。

 次に鎖を編み合わせて螺旋状のドリルを形成、行く手を阻む蒼い炎を散らしながら直進した。


「辺境伯様、援護しますぜ」


 ドゥーエが竹刀袋を掲げる。

 彼と、彼の背中に抱きついた亡霊のような女が、クロードに向かって親指を立てながら見送った。


(え、ミズキさん?)


 クロードは一瞬、驚きのあまり目を見開いた。

 ドゥーエの背後に、銃撃を得意とする女の姿が見えた気がしたからだ。

 〝ドゥーエ達〟が呼び出した吹雪が、クロードを守るように鎖に張り付いて、蒼い炎に風穴を開ける彗星と化す。


「ベータ、もしも勝ちを望むならばこちらへ来い」


 クロードは竜の吐息を穿ちながらも、必死でベータに呼びかけた。

 彼は、ごく最近まで自覚できなかった夢を、ようやく明確に意識することができた。


(僕は、勝ちたいんだ)


 クロードは、これまで辿った道程を思い返した。

 領を立て直そうとしたら、テロリストに町を焼かれた。

 テロリストを撃退して町と領を取り戻したら、今度はマラヤディヴァ国が滅びる直前だった。

 ‶赤い導家士どうけし〟、‶楽園使徒アパスル〟、〝緋色革命軍マラヤ・エカルラート〟、‶新生命ネオジェネシス〟――。

 戦えば戦うほどに、邪竜ファヴニルは悲劇と惨劇を重ね、手ごわい敵をぶつけてくる。


(そうさ、僕があのクソッタレと結んだ契約が、あいつを楽しませることだから)


 それ故に、見いだせた解決策はひとつだけ。

 たとえ自身の命を投げうってでも、邪竜ファヴニルを討滅する。

 元凶との対消滅こそが、英雄ならざる小鳥遊たかなし蔵人くろうどにとっての勝利条件だった――。


(でも、ソフィが間違いだって教えてくれた。ブロルさんが理不尽は終わらないことを示してくれた)


 西部連邦人民共和国なんて、予想される問題点の筆頭だろう。

 火種なんて、どこからでも湧いてくるのだ。

 国家にとっての戦争は、存続の一手段に過ぎず。

 個人にとっての闘争も、生きる選択肢の一つに過ぎない。

 だとすれば、クロードにとっての、本当の――〝勝利〟――とは何だ?


(そんなの、決まっている)


 クロードは、胸に灯が宿るのを自覚した。

 レアと、ソフィと、アリスと、セイと日常に帰るのだ。

 今一緒に戦ってくれている捜査員や、エリック達にレーベンヒェルム領を返すのだ。

 部長ニーダルをぶん殴って、残りの演劇部員を集めて、平行世界に取り残された悲しい女の子を迎えに行くのだ。


「ベータ。愛する人たちと生きてこそ、勝ちだろうがっ!」


 だから、死ねない。

 クロードは生きて、ファヴニルとの腐れ縁を清算する。


(きっと、あいつもそれを望んでいる)


 ファヴニルは、クロードを玩具として選び――。

 クロードは、宿敵としてファヴニルを選んだのだから。


「クローディアス。その夢を語る貴方だからこそ、共にはいけないんだ。ネオジェネシスは旧人類との共存でなく、支配者となる道を選んだ。家族の願いは、命よりも重い」


 クロードが差し伸べた手を、ベータは拒絶するように吠え猛った。

 自らに迫る螺旋の星を迎撃しようと、火を吐き、牙で噛みつき、尻尾を振り回す。

 けれど、竜となった彼には、人型であった頃の技量はもはや見られず、白い箒星を止めることは叶わなかった。


「クローディアス。このベータは、ただ一度の生涯をまっとうしたいのだ!」


 それでもベータは、肉を裂きながら心臓部に迫るクロードを仕留めようと、炎で自らの肉体を焼きながら最後まで抵抗を続けた。


「そっか。それが、お前にとっての〝勝ち〟なんだな」


 クロードには、ベータの望みが痛いほどに伝わってきた。

 彼の在り方を尊いとすら感じた。

 勝利の形は、胸に抱く理想は、人によって違うのだから。

 誰も彼もが『ただひとつ、同じ答えを抱け』というのは、まさしく傲慢だろう。

 クロードにも、ベータにも守るべきものがあり、愛するものがあり、討たねばならない敵がいた。だから――。


「……ベータ、さよならだ。お前はとんでもなく強かった」

「クローディアス、ありがとう。我が鍛錬は、我が肉体はこの日のためにあった」


 クロードは、遂に竜の心臓部へとたどりつき、肉塊と一体化したベータを解放すべく八丁念仏団子刺しを突き出した。


「どうか創造者ちちうえのことをよろしく頼む。きっと貴方だけが父さんの願いを叶えられるから」

「任せてくれ。僕は必ずブロルさんに会いに行く」


 ベータが最期に浮かべた表情は、雄々しく達成感に満ちたものだった。


「いつか、また逢おう」

「もしも人間として生まれたなら、貴方と共に歩きたい」


 かくして、ネオジェネシスの長兄は戦場に散り……。

 クロード達は、融合体による領都大火計画阻止に成功した。

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