第五部/第四章 第三位級契約神器レギン

第390話(5-28)幽霊姉弟達との出会い

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 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 晩樹の月(一二月)二六日夕刻。

 クロードは、ネオジェネシスの〝融合体〟ベータを討伐した。

 レーベンヒェルム領警察と公安情報部もまた、各地の秘密キャンプを一斉鎮圧し、隠れ潜んでいた工作員の大半を捕縛した。

 これにより領都大火計画の全貌は暴かれ、阻止作戦は無事成功する。

 ベータであった竜の巨体は溶け崩れ、わずかな肉片と器物片を残して消滅した。

 クロードは、彼の遺灰と遺品を馬車に積んであった遺体袋に包んで回収した。

 敵ではあったが、尊敬すべき男だったからだ。

 隻眼隻腕せきがんせきわんの傭兵ドゥーエも想うところがあったのか、捜査員達と共に敬礼した。


「家族のために死力を尽くした。ベータ、お前は立派なヤツだよ」


 クロード達は、到着した援軍と合流、馬車に乗って領都レーフォンへと帰還した。

 そのはずだったのだが――。


「ここは、どこだ?」


 クロードは、気がつくと雪の降り積もる日本庭園にいた。

 木々が静かに立ち並び、水路が曲線を描いて流れ、遠くには人工的に盛られた小山やお堂、石塔なども見える。


遣水やりみず築山つきやまだって? こんな景色、マラヤディヴァ国にはないぞ」


 そもそも常夏の国だ。

 仮に雪が降っているとすれば、それ自体が非常識ではある。


(夢か? 『雪が降る』っていうネオジェネシスの言葉を、深刻に受け止めすぎたか?)


 ネオジェネシスから聞き出した『雪が降る』という言葉は、領都大火計画を示す暗号である。というのが、現時点における領警察の有力な解釈だった。

 実際、それで話は通るのだ。

 ネオジェネシスは、ベータという強力無比な融合体を送り込み、護衛にパワードスーツ兵までつけていた。

 もしも首都奪還による情報入手が少しでも遅かったなら、レーベンヒェルム領は無防備なままベータ達によって蹂躙じゅうりんされただろう。


(でも、なにかがひっかかるんだ。作戦の本命は、本当にベータだったのか?)


 クロードは、並行世界の終末を見たことで、言い知れぬ不安にさいなまれていた。

 その迷いが、このような夢に繋がったのだろうか?


「後ろ、誰かいるっ?」


 クロードは、ふと気配を感じて振り返った。

 真っ白な世界の中、ひときわ目立つ赤い色の集団がうごめいていた。それぞれ酷い傷を負い、血に濡れた一〇人以上の子供たちだった。


「う、うらめしや~」


 黒褐色のツインテールと、エメラルドグリーンの瞳、そして首につけられた致命傷が特徴的な女の子が、おそるおそるといった表情で声をかけてきた。

 どちらかというと、本気で怖がらせるというよりは、ハロゥインでお化けのコスプレをして『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』という感覚に近い。


「ねえ、あなた。ワタシ達が見えてますわよね。ね、ねっ。う、うらめしやっほー」


 絶句したクロードの前で、総勢一八人もの少年少女達が手を振ったり、その場で跳躍したり、体操したり、踊ったりして存在をアピールしている。


(うらめしやっほー?)


 彼や彼女たちは、一目でわかる深い傷を負っていて、どこからどう見ても幽霊らしい姿だった。

 けれど不必要にクロードを刺激しないよう、衣服で傷口を隠したり、脅かさないように配慮しているようだ。


「よくわからないけど、抵抗はしない。恨みなら存分に晴らすといいよ」


 クロードはひとまず正座して、子供達の裁きを受け容れようとした。

 しかし――。


「ちょ、ちょっと待って? ワタシ達幽霊ですのよ。その反応は、おかしくないですか?」


 クロードの反応を見て、一番前に立っていた年長の少女が、こうではないとばかりに慌て始める。

 後ろの少年少女達も顔色を変えて円陣を組み、ああでもないこうでもないと騒ぎ始めた。


「やっべ。ようやくオレ達が見える人と出会えたのに、すっごく変だよこの人」

「うかつだった。二番目と二〇番目が気に入った人物なんだ。非常識は覚悟すべきだった」


 クロードはけなされている気がしたが、恨みとはそういうものだと受け入れた。


「これじゃ、ワタシ達の話を聞いてもらえませんわよ。なにかアイデアだして、早く!」

「やっぱり五番目の言うとおり、色じかけでいくべきだったか?」

「ジョーダンでしょ。いきなり誘惑ってそれこそヘンタイのやることじゃない。そんなにやりたきゃ男子どもがやりなよ」

「うっす。一四番目、行ってきます」


 クロードが待ち構えていると、ツインテールの女の子に代わって、そばかすと腹に空いた大穴が目立つ幼い少年幽霊が近づいてきた。


「なあなあ、兄さん。男の下着とか興味あるっすか?」


 クロードは面食らったが、正直に答えることにした。


「坊や。僕は、女の子が好きだよ」

「そうっすよね。女の子の方がふわっふわで楽しいですよね。兄さんも四股よんまたかけてるって聞いていたから、きっとそうだと思ってました」


 こんな子たちにまで、悪評が鳴り響いているらしい。

 幽霊少年の言葉は、刃となって柔らかな部分を切り裂いた。

 しかし、生きると決めた以上、避けては通れない問題だ。


「僕も、最低なことを言っている自覚はある。でも、本気でレアを、ソフィを、アリスを、セイを、……彼女達を好きになってしまったんだ」

「悔いは残さないにかぎりますよ。俺も生前、ナンパに挑戦しなかったことだけが心残りなんです」


 少年幽霊がいかにも寂しそうだったので、クロードは彼の深々と裂けた手をそっと握った。


「……なんなら、僕と一緒にナンパに行くか?」

「ばっか、四人の彼女持ちがナンパ行ってどうするんですか。行くならデートでしょ。買い物とか誘っちゃいましょうよ。それで、おたがいのことを知るんですよ」

「そういう手があったか!」


 クロードは‶悪徳貴族〟を演じている都合、恋愛事を相談できる相手が少なかった。この際、幽霊でもいいから知恵を借りたかったのだ。 

 子供たちも興味があるのか、『腕を組んで公園を歩こう』とか、『浜辺で星を眺めよう』とか、『一緒に料理しよう(ただしセイは除く)』とか、『偉い人なんだからムードのある名所を貸し切ろう』とか、様々な意見が飛び出した。

 そうしてワイワイと盛り上がっていたのだが、一番年上らしいツインテールの子がハッと正気に戻って大声で制止した。


「こ、こらぁ貴方たち、目的を忘れるなぁあっ!」


――――

『悪徳貴族』ではちょい役ですが――。

この幽霊達については、是非EP『人形』をお読みください。


(今後、詳細に踏みこんでゆきますが……

クロードがいるこの世界では、姉弟達は生存。

ロジオン=ドゥーエが来たボス☆子世界では、彼が手にかけたため死亡しています)

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