第391話(5ー29)ウルトラバカの選択

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 クロードがデートプランについて幽霊兄弟と談笑していると、『目的を忘れるな』という叱咤が、真っ白な日本庭園に響きわたった。

 まとめ役の少女が、黒褐色のツインテールを逆立たせエメラルドグリーンの瞳を大きく見開いて、強引に話を戻そうとする。

 しかし、他の子供達は首を傾げるばかりだった。


「一番目。何言ってるんです? 俺たちの目的って、クロード兄さんのデートを成功させることでしょ?」

「クロードお兄さんの四股よんまたライフを、刺されずに成功させることもだねっ」

「まず色恋話から離れなさーいっ!」


 年上らしいまとめ役の少女は、手を大きく振りあげ地団駄を踏んだ。

 彼女の裂けた首傷が露わになって、今にも頭が転げ落ちそうで危なっかしい。


「クロードさんには、大切な事を伝えるために来てもらったんでしょ。アンタ達は子供ですかっ!」

「ハハハ。姉さん、俺達は子供じゃないですか」


 年下らしい蓬髪の少年は、姉の言葉がツボに入ったとばかり、臓物のこぼれそうな腹を抱えて笑いだす。彼に同調した子供達の、華やかな笑い声が雪園に木霊する。


(そう、この子達は、まだ子供なんだ)


 クロードは、改めて少年少女達を見た。

 一番年上らしいまとめ役の少女でさえ、一〇代の半ばだ。

 多くは中学生くらいか、小学校高学年かという年頃。


(誰もが深い傷を負って幽霊になっている。もしも僕が原因なら、祟られて当然だ)


 クロードが俯いている間にも、一番目の少女は説教を続けた。


「ワタシ達は子供じゃない。七番目、忘れたの? 姉弟でちゃんと任務を果たしてきた……」

「姉さん、薬物と魔術で洗脳された鉄砲玉人生なんて、誇るものじゃない。おれ達はただの子供なのさ。例外は、三番目くらいだろ?」


 七番目と呼ばれた蓬髪の少年は、ツインテールの長姉をなだめつつ、薄桃色がかった金髪の少女に水を向けた。

 クロードは、三番目と呼ばれた娘の容姿に見覚えがあった。


(なぜだろう。実の姉妹でもおかしくないくらい、ミズキちゃんに似ているんだ)


 三番目の娘は、クロードの視線に気付いたらしく挑発的に微笑んだ。

 赤い舌でちろりと唇を濡らし、白いうなじを見せつけるように髪をかきあげる。


「ふふん、大人だよぉ? 毎日ダーリンとエッチしていたもんね」


 三番目の爆弾発言に、クロードばかりか幽霊姉弟全員が凍りついた。


「……お、オトナだ」

「……オトナだね」

「オトナはオトナでも、ダメなオトナだ」

「やーいエロオトナァ」

「わかった。ころす」

「わたしもやるよぉ」


 たちまちのうちに、子供達の戯れあいが始まった。

 クロードの目から見ても、話がとっ散らかるところは年齢相応で微笑ましい。

 ただし、喧嘩はダメだ。

 子供達の首がもげる。手足が飛ぶ。骨や臓物を掴みだしてぶつけあう。

 下手なスプラッター映画も真っ青の惨劇が繰り広げられて、白い雪が瞬く間に赤く染まった。

 クロードは、争いの真ん中に割り入って、どうにか止めようと試みた。


「まて」

「えーい。ロケットパァンチ!」


 投げつけられた右手を、必死で受け止める。


「はなしを」

「なにくそブーメランキック!」


 蹴り飛ばされた左足を、跳躍して抱きとめる。


「きいて」

「いっくよぉ、あばらハリケーン!」


 次々と飛来する骨を、身体全体で受け止める。


「ほしい」

「必殺のぉ、心臓あたっく!」


 それは絶対に投げるものじゃない。


「お願いだ。待ってくれ、喧嘩はよしてくれ。殴る相手が違うはずだ。僕を祟りに来たんだろう?」


 クロードの悲痛な叫びに、相争っていた幽霊姉弟達は呆然と喧嘩を止めた。


「あっちゃあ、そう受け止められていたかあ」

「変人なんて、悪かったわ」

「このお兄さん、真面目かよ」


  一番目の少女は、ようやく騒ぎが治まったのを好機とみたらしい。

 真っ赤な雪溜まりから、クロードの右腕を掴んで飛び出した。


「お願い、聞いて。ワタシ達を殺したのは、貴方じゃない。今、二番目ドゥーエと名乗っている男ですわ」

「そんな……」


 クロードは思わず否定しようとしたが、幽霊姉弟達の真剣な表情に、何も言えなくなってしまった。


「ドゥーエさんに伝えたいことがあるなら、教えてくれ。僕が必ず伝えよう」


 クロードの提案に、幽霊姉弟達は弾かれたように手足を拾い、骨や内臓を埋め込んで円陣を組んだ。


「やっぱり、服がダサい?」

「いい歳して厨二病はやめろ?」

「世界革命とかやめて正気に戻れ?」

「他人に迷惑をかけるな巻き込むな?」


 残念ながら、口々に飛び出す伝言候補は、示し合わせたようにボロクソだった。

 雪をとかすほどの熱気あふれる討論は、どれほど続いただろう。

 ついに結論が定まった。

 姉弟を代表して、一番目の少女が円陣から進み出る。


「クロードさん。恨み節なんて、何も伝える必要はありませんわ」


 クロードは、彼女達の諦観が悲しかった。


「だって、どうせあのダメオトコ、祟らずとも不幸になりますもの」

「狙ったように、悪い道へ悪い未来へと進むもんな」

「ゲージュツ的な人生音痴だね」


 そして、ドゥーエの境遇に同情した。

 知ってか知らずか、一番目の娘は言葉を続ける。


「クロードさん。二番目ドゥーエは、〝赤い導家士どうけし〟に協力していましたの。見えている虎バサミを踏むくらいダメオトコですのよ」


 衝撃的事実のはずだったが、意外ではなかった。

 どれだけ丁寧に工作しても、不自然さは残るものだ。

 エリックもハサネも、クロードすら、もしかしてと疑っていた。


「うん。そう、だったんだね」


 一番目の少女は、クロードの右手を傷ついた両の手で包み込んだ。


「クロードさん。あのウルトラバカは、ワタシ達を殺した後、決断から逃げるようになった。流されて流されて、選ぶことを諦めた」


 体温のないはずの少女から、魂の熱が伝わってくる。それは悲嘆か? それとも?


「でも、最後の最後で、唯一正しい選択を掴みましたわ。終末を止めるために、貴方を見出した」

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