第388話(5-26)禁忌の技術

388


 ベータの肉体が再び変貌する。

 第五位級契約神器に加えて、禍々しい魔法の壺と同化した彼は、全長一〇メルカはあるだろう、三つの頭を持つ魔竜へと姿を変えた。

 しかし、さすがに反動が大きかったのだろう。

 竜の肉体を覆う鱗はところどころ剥がれ、ぐつぐつに煮立った体液が湯気をあげてしたたり、背より生えた翼は無残にも腐り落ちた。

 クロードは、ショーコの忠告と〝血の湖〟の末路を思い出した。

 融合体は、禁忌の技術だ。

 多くの場合、被術者の存在は不安定になり、最悪の場合は自壊の衝撃で町や国を吹き飛ばす。


「ベータ、止せ! 死ぬ気か」

「最大の障害である貴方を滅ぼすのだ。この命を賭けるには充分過ぎる。そうとも、ネオジェネシスは不死なのだからっ」


 ベータは、自分自身すらも騙すことの叶わない稚拙な嘘を吐いて、大きく息を吸い込んだ。

 危険な攻撃が来る!


「固まって守りを固めるでゲス」

「辺境伯様、こちらへ来てください」

「わかった。雷切、火車切!」


 ドゥーエと捜査員達が官給品の防御符をかざし、クロードも雷のカーテンと炎の結界を展開、全員で円陣を組んで備えた。

 次の瞬間、三頭竜と化したベータが蒼い炎の吐息ブレスを放った。


(なんて勢いだ。まるで増水した川のよう。だけど、これは違う!)


 クロードは、記憶にないはずの〝氷の世界に佇む哀しい少女〟を幻視した。

 ベータが取り込んだ壺のような兵器は、彼女が取り込まれた本物とは異なるようだ。


(これはただ壊すだけの兵器だ。世界を書き換えて、滅ぼす程じゃあない。でも、この出力なら領都を焼いてあまりある)


 蒼い炎の濁流が治った時、周囲一帯は灰となっていた。

 暴力的な負荷に耐えきれなかったのか、捜査員達の持つ呪符が崩れ、地面に突き立てた雷切と火車切も姿を維持できなくなった。

 もう一度ブレスを受ければ、防ぐ手段はないだろう。イケイ谷が打ち捨てられた区画で、近隣住民の避難が済んでいる事が不幸中の幸いか。


「駄目だな。さすがに軍が必要でゲス。辺境伯様は、一度退いて援軍と合流してください」

「我々は、ここで辺境伯様を支援します」

「どうか生きて領都大火計画を阻止してください」


 ドゥーエと捜査員達が逃げろと叫ぶ。

 けれど、だからこそクロードは彼らを見捨てたくなかった。


「ああ素晴らしい。恐怖を前に踏みとどまる。これがニンゲンの想い、絆、強さというものか。だから決して逃がさない!」


 ベータは腐敗した翼をはためかせ、魔術文字を空中に展開する。どうやら転移呪文を妨害する術式のようだ。

 クロードは理解する。若きネオジェネシスは、自分がファヴニルにやろうとしていたことをなぞっているのだと。

 ただ一つの命をたきぎに変えた乾坤一擲けんこんいってきの博打だ。おいそれと脱出できるはずもない。


「すまない、皆の命をくれ。なんとかあの竜を仕留めてみせる。その為の時間を稼いで欲しい」


 クロードの喘ぐような願いに、ドゥーエも捜査員達も頷いてくれた。


牽制けんせい役が必要でしょう。切り込みは任せてくださいでゲス」


 ドゥーエが背負っていた竹刀袋を手に、三頭竜へ向かって走り出した。

 捜査員達も、各々が魔術文字を綴ってわずかなりとも時間を稼ぐべく、防御の術式を発動させる。


「我が命を糧に、滅びよ旧きニンゲンよ」


 ベータが肉体を爆ぜさせながら、蒼い炎の濁流を再び吐き出した。


「ハッ。オレは死なない。

 たとえ世界が滅びようとも。

 オレの背後にいるやつを死なせない。

 システム――〝 〟――アクセス!」


 あたかも伝承に謳われる聖者モーセが大海を割るように。

 隻眼隻腕の傭兵は、右手の竹刀袋から白い光を生み出して、蒼い炎を断ってみせた。


(あれは、雪か? 局所的に吹雪を呼び寄せている?)


 蒼い炎に阻まれて、クロードはドゥーエが何をやっているのか視認できない。


「妖刀に宿りし――よ。今、お前達を殺めた仇敵が呼びかける。我を呪え――よ」


 ドゥーエが祈る言葉も、途切れ途切れにしか伝わってこない。だがおそらくは懺悔ざんげだ。

 彼は何かを嘆いている。罰を望んでいる。

 自分もろとも何もかもを沈めるほどの、暗く冷たい絶望を抱いている。

 彼が繰り出す技もまた、世界の均衡を崩す禁忌に他ならない。


「吠えろ――! ここに終末を引きずり出せ」


 ドゥーエが何かを振るった瞬間、白雪の地獄が顕現して蒼炎をも凍てつかせた。


「これならいける。鋳造――!」


 そしてクロードもまた仲間達を、レーベンヒェルム領を、人間の世を守る為に飛翔した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る