第38話 歴史の分岐点

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 ファヴニルの扇動に呼応した、マラヤディヴァ国首都クランおよびレーベンヒェルム領の蜂起失敗にも関わらず、赤い導家士どうけし達の野心は止まることを知らなかった。

 後援者である西部連邦人民共和国は、この時期強硬な拡張政策をとっており、扇動工作の一環として、赤い導家士たちを支援して多額の資金を投入していたからである。

 またクロードが暴動鎮圧において可能な限り命を奪わぬよう命令したことが、どのような悪事を行っても殺されることはないと、テロリストたちを一層増長させた側面も否定できなかった。

 結果、首都クラン、領都レーフォンに留まらず、テロルによる恐怖はマラヤディヴァ国全土を席巻し、各地で焼き討ちや略奪が横行した。

 ゆすり、たかり、誘拐、放火、強姦、殺人、あらゆる犯罪行為が、「革命という大義名分さえ掲げれば正当化される」という空気が煙のように広がっていた。


 復興暦一一○九年/共和国暦一○○三年 晩樹の月(一二月)二七日。

 相次ぐテロリスト達の暴挙に対し、クロードは、マラヤディヴァ国議会のオクセンシュルナ議員や他十賢家の頭首達と打ち合わせ、暴力主義的な破壊活動を行った団体に対し規制を行う、破壊活動禁止法の制定に賛同し、これを公布した。

 同法における事実上の標的となった赤い導家士達は、青天の霹靂へきれきとばかりに驚き、顔を真っ赤に染めて激昂した。


「反対するすべての国民が、我らが偉大なる闘争戦線に結集し、だんこたる愛国者的行動をおこすならば、かならず破禁法は粉砕されるであろう」


 赤い導家士達は、このような声明を発信して気炎を吐いたものの、一連の事件における振る舞いから、マラヤディヴァ国民の憎悪を集めており、彼らに向けられた視線は冷たくなるばかりだった。

 散発的ではあったが、首都クランにおいて、赤い導家士への抗議を掲げたデモや、集団抗議運動が発生。規模は次第に拡大し、更なる混迷が予想されていた。

 事態収拾のため、ファヴニルの盟約者であり、政敵でもあるクロードと協力を余儀なくされたオクセンシュルナ議員は、議場で煙草をふかしてため息を吐いた。


「外国の手先が愛国を騙るのかね、バカバカしい。我々としては、彼らが暴発次第解散を命じて、非合法組織として壊滅させたいところだがね」


 オクセンシュルナ議員が、わざわざ聞こえるように呟いたのは、クロードが赤い導家士を庇うと見越してのけん制だったのだろう。


「僕は、話し合いで解決できるなら、それでいいです。ただ、彼らの目指す暴力革命路線だけは捨ててもらいます」

「辺境伯殿はお優しいな」


 オクセンシュルナ議員は、クロードが保身の為に破禁法に賛成し、手駒だから加減しているのだろうと内心歯噛みしていた。

 だが、レーベンヒェルム領を荒らされ、領民を殺され、激怒していたのはクロードも同じだった。それでも為政者である以上、粛々と法に従って振舞わざるを得なかっただけだ。

 そして、オクセンシュルナ議員は、やがてクロードに対する認識を一八〇度改めることになる。


 翌日、二八日。――レーベンヒェルム領内で警官及び民間人を殺害した実行犯、五十四名に死刑判決が言い渡され、クロードの認可によって、即日執行される。

 迅速な審判には、一審制であることと、裁判を引き伸ばそうとする共和国企業連の工作を、クロード側がことごとく拒否したことが大きかった。

 人民通報などは、「処刑によって報復のテロルが実行される恐れがある以上、恩赦して解放すべし! 」などといった半ば脅しのようなプロパガンダ記事を連日書きたてていたが、クロードに法を曲げる気はなかった。


(テロリストへの譲歩は絶対にしない。それは、更なる被害を拡大させるだけだ。未来における被害を少しでも減らすことが、僕が守れなかった命への償いだ……)


 赤い導家士のアジトは、すでに捜査によって逐一把握済みだった。

 報復テロを実行しようとした瞬間に、破禁法を適用して解散させる。

 クロードは切り込み役を担うことを怖れていなかった。ここで災厄の芽を摘まなければ、治外法権がまかり通る九竜港や共和国企業連に庇われたテロリスト達が再起を計るだろう。

 そんな猶予ゆうよを与える気はなかった。彼は、地球史において、テロリズムがどのような形で拡散したかを知っていたのだから。


「……以上、法のもと、厳正なる処罰をくだす。隠れ潜む残党共よ、聞け。マラヤディヴァ国での暴力革命は、ここで終わりだ」


 死刑囚の護送馬車には、クロードがじきじきに同行した。

 共和国企業連の支援を受けていたため、すぐに釈放されるか、最悪でも命の保障はされるだろうと思い込んでいた死刑囚達は、収監施設から縛られたまま布で覆われた檻つきの護送馬車に乗せられると、口々に絶叫した。


「ば、馬鹿げているぞ。俺達は革命の闘士だぞ。こんなことが許されると思っているのか。われわれの命を何だと思っている!」


 クロードは、犠牲者の血と屍で赤く染まった役所や警察署を思い出した。

 胸中で燃えさかる怒りの炎を、どうにかして鎮めようと拳を固める。


「そうだ、命は尊い。それをお前たちは踏みにじったんだよ」

「革命の大義のためだっ。革命は命よりも重いんだっ!」


 クロードは、感情的になってはならないと、何度も自分に言い聞かせた。

 法ではなく情で動く人治国家が、どれほどの惨劇を繰り返したか思い出せと、奥歯をかみ締めた。


「そうか、ならばお前たちはその妄想に殉じるといい。けれど、お前達が裁かれるのは革命者だからではなく、ただの卑劣な犯罪者だからだ」

「犯罪ではない! 偉大な正義の実行だ。我々の聖戦を邪魔する反革命分子こそ、平和への罪で首をくくられるべきだ」

「歴史はお前たちを、ただのテロリストとして記録するだろう。それが結果だ」


 取り合わないクロードに、死刑囚達は半狂乱になって喚きたてた。


「ふざけるなっ」

「恩赦を出せっ」

「死にたくないっ」


 そんな彼らの声が外へと漏れたのだろう。

 収監施設と、護送馬車を取り囲む民衆から、怒声と哀願が響き渡った。


「黙れ、人殺し。あの人をかえせっ」

「よくも、息子を殺したな。この悪党どもっ」

「父を返せっ、頼むから返してくれっ」

「この人殺しども。よくもっよくもっ」


 遺族達の声は、しかし、死刑囚達を憤らせるだけだった。


「人殺しじゃない、英雄だ。我々こそが明日を救うのだぞ。助けろ。おい、聴いているのか!? お前達は俺達を今すぐ救い出せ。さもないと仲間がお前達を殺すぞ」

「やってみな、テロリストども。その前に、いまここでアタシが殺してやる」


 両者の怒声は更に加熱し、ついには石が投げられる事態に発展した。


「鎮まれっ、彼らは法によって裁かれる! それともお前達も裁かれたいか、このクローディアス・レーベンヒェルムにっ」


 クロードが一喝し、遺族達はうつむいた。御者のボーに出発を命じて、刑場へ向かって走り出してなお、テロリスト達は罵り続けた。

 八頭立ての護送馬車は、町を離れ、荒野を走り、岩場へと入る。そこは絶好の待ち伏せ場所だった。

 檻の前方、警吏席に座ったクロードは、自らと死刑囚をオトリに赤い導家士を釣り出すつもりだったのだ。


(来るなら、ここだ。まだか?) 


 遠くから蹄の鳴る音が響く。だが、少ない。わずかに一騎だ。


「反革命分子どもは皆殺しだっ!」

「今に同志達が、この領を灰にしてくれるっ」

「悪徳貴族クローディアス・レーベンヒェルムと、その領民どもに呪いあれっ」


 その一騎は、テロリスト達が詠う呪詛を断ち切るように馬車に横付けて、銀光を閃かせた。


狼藉者ろうぜきものが、騒ぐな。ここで処刑されたいか?」


 檻に被せた布を切り裂いて、日本刀の切っ先がひとりの死刑囚の喉下に突きつけられる。

 日差しによって銀に映える薄墨の髪と、輝く葡萄色の瞳。外套の下に、レーベンヒェルムの地では、まず見られない茜色の着物に身を固めた、美しい女の剣気に威圧されて、テロリスト達は今度こそ押し黙った。


「……セイっ? どうして」

「棟梁殿。ここに潜んでいた伏兵二○名は、すべて捕縛した。このホタルマルというカタナといい、レア殿の神通力まほうは凄いものだな。体が軽い、こんな落ち着いた気持ちで戦ったのは初めてだ。もう何も恐くない気がする」

「どうして、こんな危険な場所に来たんだ? 今すぐ屋敷へ引き返せ」


 クロードは、檻から離れて近づくセイを、慌てて制止したが遅かった。

 馬車の前面には、転移魔方陣が展開して、特徴的な赤いバンダナや鉢巻をつけ、剣や弩で武装した赤い導家士が姿を現す。

 ここまでは読み通りだった。五○人近い襲撃部隊は、クロードが宙空から呼び出した鋼鉄の鎖によって捕縛され、一瞬で無力化された。

 しかし、わずかに遅れて転移した全長四|m(メルカ)ほどのモンスター、緑と赤銅色に染まった四つ足トカゲが黄色い眼を光らせて、口腔を開きヤシの実ほどもある燃え盛る火玉を吐き出したのだ。

 クロードは契約神器によって守られる。護送馬車は対魔法用の防御術式を刻んである。だが、トカゲが狙ったのはよりにもよってセイだった。

 最悪のタイミングだった。クロードが防御魔術を綴るも、間に合わないっ。


「ハッ!」


 セイは、まるで伝説に謡われる半人半馬族ケンタウロスのように岩場を駆け、流れるように火球を回避して火吹きトカゲに肉薄、一mを超える大太刀を喉元から斬り上げた。


「その首、貰いうける」


 クロードがあっけに取られるなか、冗談のようにトカゲの首が落ちる。

 セイは返り血さえ器用に避けて、怪物を一刀のもとに討ち果たしていた。


「おーい、棟梁殿。敵将、じゃない。敵トカゲを討ち取ったぞ!」


 セイはまるで気負いの無い笑顔で、手を振っている。

 クロードは応えて手を振り返しながら、冷や汗が滝のように背中を流れ落ちる音を聞いた。


(セ、セイって、つ、強かったのぉっ)


 目覚めた後、毎日素振りをやっていたり、馬で遠出したりしているのは知っていた。

 群雄割拠の乱世世界から来たとは聞いていたが、ここまで強いとは予想外だった。


(はたきで戦場を闊歩かっぽするレア、薙刀を自在に操るソフィ、火吹きトカゲの首を落とすセイ。や、屋敷の女の子達強すぎない? ボーさんは戦闘力ないし、僕はへっぽこだし。そうだ、たぬ吉がいた。お前だけが頼りだ。男の子の意地を見せてくれっ)


 言うまでも無く、たぬ吉ことアリスは女の子なのだが、クロードはいまだ気づいていなかった。



 復興暦一一○九年/共和国暦一○○三年 晩樹の月(一二月)二八日。

 レーベンヒェルム領で、複数の殺人や重犯罪の罪に問われた五四名が死刑判決にのっとり、刑死。

 マラヤディヴァ国政府は、これを阻止しようと暴力的介入を行ったことから、破壊活動禁止法の団体活動規制処罰を赤い導家士に適用し、解散を命じた。

 しかし、秩序転覆をはかるテロリスト達が従うはずも無い。赤い導家士たちはレーベンヒェルム領の外れにある山小屋に立て籠もり、ヴァン神教の教育施設を襲撃すべく準備をしていた。


「親の罪は子供の罪。呪われた子供達を八つ裂きにせねば」

「宗教なんて妄念を説く修道女どもの肉体に、我々の理性を刻みつけねば」

「いくぞ諸君、理性の祭典へ!」


 彼らが喝采かっさいをあげた直後、天罰覿面てんばつてきめんとばかりに黒い影が、丸太を組み合わせた壁を打ち破って強襲してきた。


「悪人はいねがー、たぬ!」

「ぎょわぱあああ」


 正義を掲げ、非武装の民間人を襲う算段をしていた時には、意気揚々いきようようとしていたテロリスト達は、自分達よりも強いアリスと相対した瞬間、恐慌を起こして散り散りに逃げ出した。


「おのれ悪徳貴族。おのれクローディアス・レーベンヒェルム。我々への愛はないのかー! 為政者としての良心はないのかー!」


 最近つぶれた邪な宗教団体から移籍してきたというナロール人が、泡を吹きながら七転八倒しているのを見て、赤い導家士に傭われた用心棒であるロジオン・ドロフェーエフは、篭手をつけた左手で自慢のドレッドロックスヘアをいじりながら苦笑した。


「参ったね、こいつは」


 何が悲しくて領民を殺したテロリストを愛さねばならないのか? 為政者としての良心に従うからこそ、こうして領民達を害する賊徒を事前に摘発しているのだろうに。

 論理を捨てて情痴にのみに囚われた暴徒達の、見苦しい末路が眼前にあった。


(やだねー、結局、ここにいる連中は自由主義者リベラルなんかじゃないのさ。正反対の、かくあるべき思想、かくあるべき社会なんてものを妄信して押し付けてくる、倒錯した原理主義者だ)


 ――だが、狂気は、時に正気を駆逐する。


「ああ、そうだった。思い出した。オレの知る歴史では、盲目の巫女を傀儡かいらいにすえた、邪竜ファヴニルと赤い導家士がクローディアス・レーベンヒェルムを打ち倒して新政権を樹立、恐怖政治を行うんだ。法律を超える正義の機関、革命裁判所なんてものをおったてて、金持ちだから死刑、学者だから死刑、気に入らないから死刑とやりたい放題の挙句、処刑された死者は四万人以上だったか……」


 ロジオンは、マラヤディヴァ国から逃れてきた難民達から、酷い暗黒政治だったと聞いていた。

 そんな赤い導家士達が、理性や合理の信奉者を自称していたというのだからお笑いだ。


「クローディアス・レーベンヒェルム。あんたが本物だろうが偽者だろうがどうでもいい。歴史を変えることが出来るのか見せてくれ。オレは、その為に」


 ロジオンは、黒い瞳を閉じた。

 雪が降る。殴りつけるような吹雪の中で、一点だけ紅い、赤い、緋色の染みがある。

 それは、まるで塔のように、積み重ねられた死体だ。

 誰も彼もが無惨に殺されて、苦痛と悲哀に歪んだ瞳でロジオンを見つめている。

 頂点で、原型すら留めぬ肉塊となった妻が、崩れた顔で寂しそうに見ている。

 その直下、ロジオンが姉と認めた女の首が、弟の無力さを哀れんでいる。


「世界を救うために、ここにいるのだから」


 ロジオンもまた、自分に嘘をついている。

 救いたいのが世界なのか、それとも、積み重なり塔となった犠牲者なのか、判別がつかなくなっていた。

 彼もまた遠い昔に、狂気へと呑まれている。


「おーい、そこの可愛いお嬢ちゃん」

「か、かわいい? ひょっとしてたぬのことたぬ」

「おう、オレが妻に出会う前なら惚れてたね」

「む、おっちゃん。浮気はいけないたぬよ。たぬのじいちゃんは、それは酷いDV親父で、あっちこっちに愛人作ってばあちゃんを泣かせてたぬ」

「うん。浮気は駄目だ。言い聞かせたいヤツが結構いるな」


 たとえば歩く性欲家リビドー、ニーダル・ゲレーゲンハイトとか、侍女と女執事に加えて最近美姫をさらってきたという悪徳貴族、クローディアス・レーベンヒェルムとか。


「それはそれとして、いっちょう闘ろうぜ。嬢ちゃんとまともに打ち合えるのは、きっとオレだけだからよっ」

「手加減はしないたぬよ」

「そいつは残念!」


 ロジオンは、鋼製の籠手と一体化した右手の剣で袈裟懸けさがけに斬りおろす。

 強烈な一撃はアリスの毛皮を貫くことこそなかったものの、凄まじい衝撃で四肢の動きを止めた。


「むふう。おっちゃん、その武器、合ってないたぬ。本当ならたぬを斬れるたぬ?」

「買いかぶりすぎだよ、お嬢ちゃん。オレはしがない無名の傭兵さ」


――

――――


 復興暦一一○九年/共和国暦一○○三年 晩樹の月(一二月)に、破壊活動禁止法を適用されて以後、マラヤディヴァ国内における赤い導家士は急速に弱体化した。

 スポンサーである共和国企業連が本国の意向に背いて、彼らに肩入れするのは商売の邪魔だと切り捨てたのである。

 マラヤディヴァ国における資金源を失い、分散と内部抗争で勢力を失った残党は、のちにダヴィッド・リードホルムが興した新勢力に吸収される形で消失した。

 数年後に再組織されたリベラルを掲げた政治政党は、クローディアス・レーベンヒェルムが議場でマティアス・オクセンシュルナに語ったように、暴力革命ではなく対話にて改革を目指す路線をとった。


 ロジオン・ドロフェーエフの名前は、公式の文章に記されてはいない。

 ただ、アリス・ヤツフサが面白いおっちゃんがいたと回想した記述のみが史書に残された。

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