第151話(2-105)悪徳貴族と恐るべき陰謀

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 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 晩樹の月(一二月)一九日朝。

 緋色革命軍マラヤ・エカルラートと、ルクレ領、ソーン領有志による襲撃事件の動揺も冷めやらぬレーベンヒェルム領に、更なる激震が走った。

 領主であるクローディアス・レーベンヒェルム辺境伯が、領軍の声望を一身に集める司令官セイを危険視して暗殺を企んでいるという怪文書が流布されたのである。

 オーニータウン以来の側近であるイヌヴェは、同日未明、領内巡察の夜営中に不明勢力の襲撃を受けて意識不明の重体となり、サムエルもまた寝所を爆破されて火傷を負った。キジーもまた参謀本部への出勤途上で狙撃されたが、凶弾が逸れて危うく難を逃れた。

 これらの顛末てんまつは、領軍の水晶玉や魔術符といった通信端末で砦や城塞に通報され、まるであらかじめ準備されていたかのように、セイ救出の大義を掲げた反乱軍が各地で挙兵した。

 領都レーフォンでは、領主弾劾だんがいを求める無許可デモ隊が列を為して行進。『今こそ暗黒の暴君を打ち倒し、光をもたらすべし』と手に手にロウソクを掲げ、領旗や国旗を焼き捨て、一部の工房や商店で略奪を行っていた。

 キジーは狙撃犯を捕まえて官憲に引き渡すと、上を下への大騒ぎになった参謀本部でハサネと合流し、ありったけの資料を掴んで馬を駆り、領主館へとやってきたのだという。

 食堂で事情を聴いたクロードは思わず言葉を失った。ようやく絞り出した一言は、まるで冴えないものだった。


「……性質たちの悪い陰謀だ」

「そんなことわかってますよ。御丁寧に領主館への通信が妨害されていましたし、だいたい何ですかあの趣味の悪いキャンドルデモはっ。百歩譲って領旗はまだしも国旗を焼いた挙げ句に略奪だなんて? あんなことをするデモ隊、今まで見たことありませんよ。外国人がやってますって自白しているようなものじゃないですか!」


 おそらく実行者たちは、レーベンヒェルム領では週末毎に領主への抗議デモが行われていると、字面だけで知っていたのだろう。さしずめ情報源は、共和国資本が発行する人民通報か。

 まるで火にかけたやかんのように気を吐いて憤慨ふんがいするキジーから引き継ぎ、ハサネが火のついていない葉巻を指で回しながら現状を補足した。


「爆破犯と狙撃犯は何者かによる魔術洗脳を受けていました。彼らは辺境伯様名義による、印刷された命令書を懐に隠していました。雑な工作ですが、彼らにとっては瑣末さまつなことなのでしょう。――重要なのは、根も葉もないでっちあげを騒ぎたて、万分の一でも真実であるかのように偽装すること。セイ司令は領軍に慕われています。まるでアイドルのように愛されていると言ってもいい。現実に司令の親しい部下が害されて、領都では騒ぎが起こっている。それだけで、騙されるもの、偽りと知ってなお騙された振りをするもの、領政に不平不満を持った輩が雪崩なだれをうって動きだすことでしょう」


 ハサネが鞄から地図を取り出してテーブルに広げ、朱色の筆で丸印を書きこんだ。数は都合、三〇程度。


「今確認が取れている武装蜂起した領軍の砦です。各地に点在していますが、特に東部が多いですね。反乱軍の参加者は推定三〇〇〇人。今後更に拡大すると予測されます」

「三〇〇〇人だと、領軍全体の一割以上じゃないか!?」

「た、大変たぬっ」


 地図を覗きこんでいたセイの顔色が青白く染まり、アリスが尻尾を逆立てて右往左往と跳ねまわる。

 クロードは下唇を舐めた。不思議なことに、彼の心は沸騰ふっとうするように熱く煮えたぎっていたのに、頭の中は雪でも降ったかのように冷たく醒めていた。


「ハサネ、反乱軍の動向はわかるか?」

「半数は個別に領都に向かって進軍しています。そして、もう半数は組織だって合流し、領東部防衛の要として建設中のグロン城塞に向かったようです」

「ああ、あそこなら東西を川に挟まれているから船を使った合流も簡単だろう。それに、湿原に囲まれているから守りも堅い。更には領境りょうざかいにも近くて、いざとなればソーン領、ルクレ領からの援軍も見込めると。……参ったなこれは」


 台詞とは裏腹にクロードの態度には余裕があった。反乱軍の少なさにむしろ安堵すら覚えていた。あるいは、先の襲撃事件でミズキから警告を受けた時点で、すでに窮地を覚悟していたのかもしれない。そうだ、彼女は名乗りをあげると同時に、極めて重要な情報を暴露していた。


『実際、この領の警戒網は厳重だったよ。”避難民に紛れて入りこんだまではいいものの、あたし達以外は全員とっ捕まった。”おかげで良い迷彩になったんだけどね。はじめまして、クロード・コトリアソビさん。イスカが世話になったようだね。あいつの姉貴分のミズキだ』


 ミズキは、レーベンヒェルム領が捕まえた偽装避難民の中に緋色革命軍マラヤ・エカルラートの工作員が含まれていること。加えて、これまで受け入れた避難民の中に、同様の便衣兵べんいへいが紛れ込んでいる可能性を示唆しさしていた。


「ハサネ、この一件は先日からの特命捜査と関係があると思うか?」

「確実に」


 ハサネはもてあそんでいた葉巻の吸い口を切り、マッチで火を点けようとして、レアとソフィに左右の腕を取り押さえられた。


「待ってください。これは、つい手がすべって」

「ハサネは調査の続行を頼む。進捗しんちょくによっては、禁煙を命じるからそのつもりで。皆、今日の休みは返上だ。参謀本部へ急ごう。キジーは至急、首脳陣を集めておいてくれ」

「禁煙ですって!? こ、この悪徳貴族っ」

「今すぐに向かいます」


 ハサネは名残惜しそうに葉巻を仕舞って中折れ帽子をかぶり、キジーは手早く書類をまとめて部屋を出た。

 クロードたちもまた出立の準備をはじめたが、不意にセイが制止した。


「棟梁殿、三〇コーツでいい。私に時間をくれ」

「……セイ?」

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