第49話(2-7)領主と参謀と新兵器
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復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 暖陽の月(五月)二三日。
セイがオーニータウンの守備隊長に任命されてから、およそ一ヶ月が経っている。
クロードはこのところ、侍女のレア、執事見習いのソフィ、武器職人たちと地下にこもり、新兵器の実験と製作に明け暮れていた。
ヨアヒムは、領軍の組織問題について打ち合わせるために領主館を訪ね、元は拷問部屋だった広間への扉を開いた。
部屋の中ではススだらけの
筒の後部にある銃床を肩にあてて脇を締め、彼は引き金を引いた。
轟音が鳴り響き、弾丸が薄闇を切り裂いて、的のど真ん中に穴を空けた。
「うひゃあ、進歩しましたね」
「みんなのおかげだよ」
今、レーベンヒェルム領が抱えている最大の問題は、防衛力が致命的に不足していることだった。
一般兵は、ずぶの素人と冒険者を寄せ集めただけの烏合の衆で、部隊指揮官には、無理やり頭数を揃えるために傭兵や元テロリストさえ動員している有様だ。
ヨアヒムが懸念したとおり、山賊の相手すらままならず、万が一にも戦争となれば短い時間で壊滅するのは明らかだった。
兵士たちは今、セイが考案した訓練教程にしたがって、猛特訓の真っ最中だが、効果が出るのはまだまだ先だろう。
クロード自身もそうであるように、剣や槍の使い方を習熟する為には、長い時間が必要だ。そこで対策として考えたのが、誰でも扱えて一定以上の攻撃力を有する兵器、すなわち、『銃』を導入することだった。
――
―――
「皆、見てくれ。試作品第一号が完成した」
クロードは、最初に黒色火薬を使った前装式マスケット銃、いわゆる火縄銃の製作に挑戦した。
彼のうろ覚えの知識を元に、レアや職人たちは苦心してどうにか再現に成功したのだが……。
「領主様、威力は充分ですが、煙と音が目立ちすぎます」
「辺境伯様よぉ、これじゃ魔法の良い的だぜ?」
結果ははかばかしくなく、レアとエリックの指摘に、クロードは肩を落として
作り上げた火縄銃の有効射程はおよそ一〇〇m。命中精度も低く、実戦投入には隊列を組んだ上での射撃が必要不可欠だった。
この世界に招かれてから数ヶ月を経て、
(僕や部長たち以外にも、アリスやセイのように、他の世界から来た人はいたはずだ。ササクラさんたち、過去に招かれた異邦人がただ一人も銃を作ろうとしなかった、なんてことは考えられない)
史書によると、西暦一五四三年、日本の種子島に漂着したポルトガル人が所持していた鉄砲は、瞬く間に量産されて戦国時代の様相を一変させたという。
海の外に目を向ければ、ドイツ三十年戦争、ナポレオン戦争、アメリカ南北戦争、太平天国の乱、第一次世界大戦、と、常に最前線で活躍し続けている。
(技術水準が低くて創れない? 確かに服装は中世的だし、思想や社会通念にも、古い封建主義や権威主義の影響が濃い。でも、この世界と地球の技術水準にそこまでの差なんてない)
青い髪の侍女、レアがしずしずと進み出て、一般的な弩を手に取った。
彼女が的を矢で撃ち抜くと同時に、魔術文字が光り、矢筒に入っていた矢がいつの間にか装てんされていた。
「領主様。本来なら、弩の再装てんには一
弩の有効射程は、試作火縄銃の約二倍の二〇〇m。更に静音のため、攻撃も目立たない。
「イスカちゃんが見せてくれた技か。銃器が造られなかったわけだ。魔法が万能すぎる」
これは、世界の差が生み出した、純然たる文化と技術の違いに他ならなかった。
「レア。発射回数を増やすために、前込式から後込式に変更しよう。球形の弾を止めて筒型の実包を用意。銃身内部には
「はい」
かくして、二番目の試作品、黒色火薬の実包を用いる後装式施条銃が完成したのだが、今度もまた目に見える問題を抱えていた。
施条細工を施した為に、燃えカスが内腔にこびりついて射撃を妨げ、複雑化した繊細な銃の構造が、爆発の衝撃に長時間耐えられなくなったのだ。
「辺境伯様。無茶な加工しなくても、火薬は火薬よ。パイプ爆弾とかで使った方が有効じゃない?」
「現状じゃ、ファイアボールを撃つ魔杖隊を組織した方が、戦力になります」
最初は
ソフィがちょいちょいとクロードの肩を叩き、ふにょりと指で頬を突いた。
「クロード様。銃身内部に魔術文字を刻んで、爆発させたらいいんじゃないかな?」
「「あ!?」」
盲点だった。
原始的な銃を大雑把に解説すれば、火薬の爆発力で弾丸をぶっ放す武器である。
発射に必要な圧力さえ得られるのなら、圧縮した空気や炭酸ガスでも構わないし、当然、魔法による爆発だったとしても――弾丸は飛ぶ。
「すぐに職人達に伝えます」
ソフィのアドバイスを得て、黒色火薬は最小限に用い、地球製の銃で言うところの雷管と撃針の役割を果たし、爆風を制御する魔法陣を組みこんだ魔銃の開発が始まった。
軍事技術に長じたアメリア国やルーシア国等の最新の魔術兵装には及ばないものの、魔銃の威力は折り紙つきであり、今後待ち受けるファヴニルとの戦闘においても効果が期待できるはずだった。
―――
――
クロードの試射を見て、ヨアヒムはホッと息を吐いた。
「セイさんを領都に戻してくださいって訴えに来たんですが、まさかこんなのを見るなんて。辺境伯様には、かないませんね」
「ヨアヒム。状況が悪いのは、僕だってわかってる」
ススが頬についたままのクロードは、ヨアヒムの青錆色の目を見て、手にしたレ式魔銃を軽く掲げた。
「銃はまだ職人の
「装備だけが理由じゃありませんよ。彼女に、オーニータウンの守備隊なんて任せるのは、領にとっての損失です。あそこには、爪弾きにされた元赤い
ヨアヒムの目には、怒りの炎が
彼の
先の暴動鎮圧の後、テロリスト集団、赤い導家士の参加者のうち、軽度の罪に問われた者や、司法取引に応じた者は、クロードの裁可によって領軍参加を許された。
しかし、領主が認めても、一般の兵士たちは別だ。警察官を惨殺し、市街地で暴力をふるって略奪を行い、婦女子を人身売買目的で攫い、一般市民を人間の盾として使う。これだけの悪事を行って、憎まれないはずがない。結果的に彼らは孤立を深めることになった。
「セイの捜査は、確かに難航しているようだ。ヨアヒムの言うとおり、オーニータウンの領民たちが守備隊員に反発している」
そう、赤い導家士を憎んでいるのは、領兵たちだけでない。
実際の被害を受けた一般の領民たちもまた、厳しい視線を元テロリストたちに向けた。残念ながら前科を鑑みれば自業自得だろう。そもそも現在進行形で、捕縛から逃れた赤い導家士の構成員は歪んだ選民意識から民衆を蔑み、いまだに首都クランや他の町で破壊工作や犯罪を行っていたのだから。
「辺境伯様。この
ヨアヒムの剣幕に、クロードは生唾を飲んだ。
彼が不慣れながらも、参謀長として領軍の同僚たちを守ろうとしていることは、痛いほどに伝わってきた。
(それでも、今は駄目だ。理由はわからないけど、何かが駄目なんだ)
クロードの喉元で、小骨のような不安が引っかかっていた。
警戒を促すアラームが、胸中で目覚まし時計のように鳴り響いている。
セイの能力を疑っているわけではない。ヨアヒムが言うように、レーベンヒェルム領で今二万人をこえる領軍を束ねられる司令官がいるとすれば、彼女だけだ。
ならば、なぜすぐに司令官に任じなかった? 実績がない、というのは言い訳にならない。
素人を集めた一般兵にも、荒事を得意とする冒険者にも、引退した傭兵や元テロリストにも、軍隊の実績があるものなんていやしない。
(元赤い導家士の隊員たちを率いたい、というのは、かねてよりセイが希望していたことだった。この苦境を想定していなかった? 馬鹿な)
むしろ、敢えて七難八苦を求めて火中に飛び込んだように見える。
「僕は、セイを信じる」
断固としたクロードの一声に、ヨアヒムは声を押し殺した。
「このまま山賊を放置し続ければ、治安悪化で領都の経済が失墜する。そもそも、衛星都市の代官たちが納税を拒否し続ければ、予算の執行自体がいきづまってしまう。セイならきっと、この問題を解決してくれる」
ヨアヒムは鞄から書類を取り出して、クロードに手渡した。
「辺境伯様。セカンドプランを書いてきました。参謀長として、セイさんの異動を上申します」
「わかった。この銃も渡したいし、近日中にセイと打ち合わせてくるよ」
クロードはヨアヒムを見送って、頬についたススをタオルで拭い、銃を保管箱に片付けて、椅子に腰を下ろした。
「セイもヨアヒムもアンセルたちも、僕だって、レーベンヒェルム領のことを思ってる。なのに、奏でる音はズレてしまう。なんでこうなっちゃうかな?」
地球の某国のように、私利私欲のために他国の利益誘導を謀ったり、ありもしない外国首脳の発言を捏造したり、貴重な質問時間を
(民主主義ならば、悪質な代議士を選んだのもまた国民か。政治は魔窟だ)
銃を製作していた隣室から、レアとソフィが麦茶を持って出てきた。
「職人方は、休憩に入りました」
「クロードくんも、麦茶飲む? 冷えてるよー♪」
「ありがとう。いただくよ」
冷えた麦茶を湯飲みで喉に流し込み、クロードはパンパンと頬を叩いて立ち上がった。
「三日後に、セイとアリスの様子を見てこようと思う。その前に、今から刑務所長の、いや、公安情報部長のハサネ・イスマイールに会ってくる」
「わかった。お弁当は、腕によりをかけて準備するね」
「この前買ったお茶を用意しましょう」
二人に手を振って、クロードは階段を昇った。
肩まで伸ばした青い髪の侍女、レアは棚に置かれた銃の入った箱に触れて、赤いおかっぱ髪の執事見習い、ソフィを振り返った。
「ソフィさん、良かったのですか?」
「え、なにが?」
「見ていればわかります。貴女は銃の開発に、本当は反対だったのでしょう?」
「……うん。クロードくんといっしょに背負いたいから」
ソフィの表情は、悔いのない、笑みだった。
普段、あまり喜怒哀楽を表に出さないレアもまた、ほんの少しだけ微笑んだ。
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