第79話(2-37)マラヤ半島へ
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復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 紅森の月(一〇月)三一日。
クロードは、女執事ソフィ、出納長アンセル、参謀長ヨアヒム、護衛兼マスコットのアリス、魔法支援部隊長キジーを伴って、エングホルム領へと出立した。
彼が事前に立てた作戦は、以下のようなものだ。
まず義勇兵からなる先遣隊を派遣して、エングホルム領の最南端、中立を宣言した都市国家シングの近辺に上陸し、
都市国家シングを背にすることで、最悪時における退路と補給路を確保し一定の勢力を築き上げ、
そうすれば、現在ユングヴィ大公領とユーツ領をうかがって、北上の動きを見せているダヴィッド・リードホルム達は戻ってこざるを得ない、というのがクロードの見立てだった。
「撤収してきた緋色革命軍の隙をついて、指導者ダヴィッドを殺害あるいは確保する。たとえ失敗したとしても、セイが率いるレーベンヒェルム領軍の本体を招き入れれば、互角以上に戦えるだろう」
クロードは、会議室に座ったレーベンヒェルム領の幹部たちを前に、黒い短髪をかきあげ、三白眼を大きく見開いて、自信たっぷりに言い放った。
「敵の正面に攻撃を加えるよりも、背後の弱点を攻撃する。これぞ、
おおーっと、感嘆の声が会議室にどよめいたが、セイだけは困ったような顔でクロードの顔をじっと見つめた。
「棟梁殿の言っていることは正しいよ。共和国がニーダル・ゲレーゲンハイトへの追撃に集中し、緋色革命軍が領都エンガから離れた今が、出兵する最大の好機だろう。だが、棟梁殿、気をつけてくれ。ゴルト・トイフェルは、恐ろしいつわものだ。強い虎を討つならば、根城である山から引き離すのが定石。勇んで踏み入れば、返り討ちに遭う可能性も……」
「大丈夫だよ、セイ。もしも本格的な戦争になれば、大勢の人が死ぬ。その前に決着をつけるんだ」
そうセイに言いはなったクロードは、驕っていたわけではなかった。
だが、クロードと同様にファヴニルから力を分け与えられたダヴィッドの存在と、エングホルム侯爵夫妻の死を止められなかった罪悪感、大規模な内戦を避けたいという焦燥が、彼の心を強く駆り立てているのは明らかだ。
その事実がセイを不安にさせた。
また彼女の隣では、クロードに同行する参謀長ヨアヒムが目を皿のように見開いて、マラヤディヴァ国近郊の地図を見つめていた。
「辺境伯様。オレたちはヴォルノー島のレーベンヒェルム領から、どうやってマラヤ半島のエングホルム領に上陸するんですか? うちには、中型の警備船程度しかありませんよ。ヴァリン公爵から駆逐艦を借ります?」
「ヨアヒム、今のエングホルム領は、ろくな海上警備もできていないようだけど、あまり本格的な軍船で乗り込んだら目立つだろう? ここは敢えて海賊のふりをしたいと思う。接収したボロ船がいくつかあったから、それを使おう」
海路要衝であるマラヤ海峡を通過する船は、なんと年間一〇万隻にも及ぶ。
マラヤデイヴァ国、都市国家シンガ、ビネカ・トゥンガリカ国などが協力して取り締まっているものの、金銭や積み荷を狙った海賊行為が横行していた。
海賊たちは、一本もしくは二本の
海賊たちは沿岸でも略奪を働いていたのだが、レ式魔銃を揃え、訓練を積んだレーベンヒェルム領軍の敵ではなく、ここ数ヶ月は無事撃退に成功し、いくつかの船を
緋色革命軍首魁であるダヴィッドを兄にもつ出納長アンセルは、クマの浮いた目を血走らせながら、保有艦艇と軍需物資の資料にチェックを入れていた。
「領主自ら私掠船に乗り込んで強行揚陸ですか……。非常識ですが、背に腹は替えられませんね。今のレーベンヒェルム領は、先代が推し進めた軍縮の結果、海兵も軍船も絶対的に不足しています」
現在、マラヤディヴァ国が保有する軍艦の内訳は――、
巡洋艦 二隻(ユングヴィ領×1、グェンロック領×1)
駆逐艦 四隻(ユングヴィ領×1、グェンロック領×1、メーレンブルク領×1、ヴァリン領×1)
戦闘艇 一〇隻(各領×1)
警備船 二〇隻(各領×2)
というものである。
本来、護国の要として外圧をはねのける立場にあったレーベンヒェルム辺境伯領は、かつて巡洋艦一隻と、駆逐艦二隻を保有していたのだが、
(またお前かよ。
事情を知ったクロードは、涙を流しながら胃を抑えたが、無いものはどうしようもない。
レーベンヒェルム領には、新たに軍船を建造するための造船所もなければ、購入する宛てもなく、更には予算もなかったため、クロードは民間から商船や輸送船を買い上げて改装するように指示した。
マラヤディヴァ内戦の緒戦は、こういった各領の事情もあって陸戦に終始し、ほぼ海軍の目立たない戦況で推移することになる。
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