第80話(2-38)貧乏騎士家の三男坊!?

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 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 木枯の月(一一月)三日。

 クロード達、レーベンヒェルム領軍を中心とする自称、義勇兵団は海賊から分捕った五隻の簡易木造船に乗り込み、旧エングホルム領の漁村ビズヒルの港に接舷した。幸運にも同業と思われたのか、それとも冴えないボロ船に価値を見出さなかったのか、海賊に襲われることはなく……、更には緋色革命軍マラヤ・エカルラートが軍主力を北上させたことにより、一切の海上戦闘もなく無事上陸に成功する。

 後世において、ヨアヒム参謀長渾身の奇策と謳われ、あるいは内戦を激化させた地獄への一策ともそしられる、博打じみた上陸作戦はこうして成功した。


(ダグラス・マッカーサーの仁川上陸作戦……)


 クロードは、朝鮮戦争においてマッカーサー率いる国連軍が北朝鮮軍の補給路を分断して反転攻勢の契機となり、同時にマッカーサー自身が増長によって失脚する遠因ともなった、地球史上の上陸作戦を脳裏に思い浮かべたが、すぐに忘却してしまった。

 眼下に広がる漁村は炎に焼かれ、緋色革命軍の暴徒に追われた幼い少年が、彼に助けを求めてきたからだ。


「たすけて、たすけてよ。ぱぱとままがころされちゃう。たすけてっ」


 クロードは、レアより預かった二振りの刀、雷切と火車切を振るって義勇兵団の陣頭で奮戦、緋色革命軍の新兵器を破壊して、漁村ビズヒルを彼らの魔手から解放した。しかし、広場に据え付けられた松明の炎に照らされた、村長をはじめとする村人たちの顔色は、まるで夜闇のように悪かった。


「救われたことには感謝します。しかし、この村にはもはや何もありません。若い男は兵隊として、若い女は奴隷として連れ去られ、老人と子供しかいません。食糧や衣服すらも奪われ、もはや死を待つばかり……」

「アンセル。余分に積んできた食糧、衣類と毛布を分けてくれ、怪我人と子供たちは?」

「リーダー。そう仰ると思って準備していました。すぐに手配します。怪我人はソフィ姉さんが看ています。アリスさんが子供たちに遊ばれ、ゴホン。子供たちと遊んでいます」


 クロードはアンセルの報告に頷くと、村長に尋ねた。


「女性たちがさらわれた場所に心当たりはありませんか?」

「ほ、北方の商業都市ティノーで奴隷市場が開かれていると、緋色革命軍の兵士たちが言っていました」

「ヨアヒム。次の目的地が決まったぞ。明日には、半数を連れて発つ」

「へいへい。リーダー、買うんですかい?」


 おどけたように肩をすくめたヨアヒムに、クロードは唇を吊り上げた。


「マラヤディヴァ国じゃ、人間を商品として認める法律があったのか?」

「まさか」

「僕たちは、革命軍を自称するテロリストと、彼らに協力する犯罪者を鎮圧するだけだ」

「違いないすね」


 クロードとヨアヒムは、互いの細い腕をがっしりと噛みあわせた。

 村長は、訝しげに眼を細め、目の前の傭兵服に身を包んだクロードを伺った。


「貴方達は、いえ、貴方はいったい誰なのです」

「僕は――」


 クロードが浅く息を吸い、用意していた脚本カバーストーリーを語り始めた時、広場の外側で「アリスちゃん、そっちへ行っちゃ駄目」というソフィの声が聞こえた気がした。


「貧乏騎士家の三男坊で、この義勇兵団を率いる代表……」

「クロード・コトリアソビたぬ♪」


 がっくりと膝をついた代表の肩の上に飛び乗って、丸くなった金色のぬいぐるみじみた獣は、そう高らかに宣言した。


(イスカちゃんから聞いたのかぁああっ)


――

―――


 クロード・コトリアソビという指導者の素顔は、マラヤディヴァ内戦、最大の謎の一つとして後世の歴史家を悩ませることになった。

 レーベンヒェルム領、エングホルム領に留まらず、マラヤディヴァ国中を探しても、コトリアソビ家という騎士家は存在していない。

 しかし、アリス・ヤツフサの発言は、漁村ビズヒルを中心に数多くの日記や記録に残されており、また義勇兵団を率いた指導者は、レーベンヒェルム領軍参謀長ヨアヒムでも出納長アンセルでもなく、謎の二刀流を用いる魔法剣士であったことが戦場で確認されている。

 この義勇兵団に同行した元オーニータウン守備隊魔法支援班長キジーが、小説として自らの体験を発表した際には、クロード・コトリアソビを辺境伯が取り立てた侍従として位置付けていたが、実在は確認されていない。

 いわゆる……トンデモ理論のひとつに、「クロード・コトリアソビは、クローディアス・レーベンヒェルムの名乗った偽名だ」というものがある。

 かの悪名高い辺境伯が、自ら事態収拾のためエングホルム領に乗り込んだという、非常識な説である。この説についてインタビューを受けたブリギッタ・カーンは、こう答えたという。


『あの戦闘センスのない辺境伯様が、二刀流なんてできるわけないでしょ』


 内戦終結から五○年後のマラヤディヴァ国では、クロード・コトリアソビとは、でっちあげられた架空のリーダーである、と主張する自称リベラル派の学者と、実在を主張する歴史学者との間で、激しい論争が繰り広げられている。

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