第81話(2-39)奴隷売買の歴史と参謀長の奮戦

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 奴隷――。人間でありながら、ヒトとしての自由と権利を剥奪はくだつされ、他者の所有物として支配され、譲渡・売買の対象となるもの。彼らの存在は、人類史と共にあった。


 古代、戦争の勝者が捕虜や征服した民族を奴隷とすることは、世界各地で普遍的に見られた史実である。

 中世においては、領土紛争や宗教戦争の結果、戦火の犠牲となった民衆が勝者によって平然と売買された。

 ルネサンス。イタリアから始まった文化復興運動は、西欧諸国の灯火となって、科学と芸術、思想、宗教に革命的な転換期をもたらした。

 しかし、革命の旗手たるイエズス会が、大々的に奴隷売買を行っていたことを忘れてはならない。

 大航海時代が始まると、西欧の国々は交易にまい進し、大西洋に大きな逆三角を描く三角貿易にのめりこんだ。

 ヨーロッパからアフリカへ『部族抗争を激化させる銃器などの武器』が売られ、アフリカから北米・カリブ海に『部族抗争で捕虜となった奴隷』が売られ、北米・カリブ海からヨーロッパには『奴隷を酷使して作る砂糖や綿』が売られた。

 欧州に巨万の富をもたらす黄金海路は、こうして犠牲となった人々の血と涙を呑み込みながら成立したのである。

 三角貿易が生み出す潤沢な富を用いて回り始めた産業革命は、やがて帝国主義へと結びつき、先進国を自称する白色人種を中心とする国々はこぞって植民地を作り上げた。しかしながら、第二次世界大戦でどこかの国がアジア一帯でおおいにやらかした結果、西欧諸国は植民地を維持できなくなり、ようやく世界は次のステージへ進む。

 西暦一九四八年に国連で採択された、世界人権宣言がその象徴であろう――。


 世界人権宣言第四条『何人も、奴隷にされ、又は苦役に服することはない。奴隷制度及び奴隷売買は、いかなる形においても禁止する』


 しかし、文章ひとつ刻んだだけで世界が書き変わるはずもない。二一世紀になってさえも、地球における奴隷という存在と価値観は、いまなお消えていない。


 では、地球史で云うところの中世的価値観や文化を引きずりながらも、二〇から二一世紀級の一部技術の発展を遂げたこの世界ではどうなのか? 結論からいえば、やはり残っていた。


 西部連邦人民共和国では、人口抑制政策の結果生まれた戸籍のない子供が売買され、工場で無報酬の労働を強いられていたことが発覚した。

 ナロール国では、障害者が離島の塩田に売り飛ばされたうえ、足を切断されるなどの暴行を受けて、過酷な作業を強制されていたことが明らかになった。

 スコータイ国では、売買の拠点となっていた奴隷収容所が発見されて物議をかもし、国境を接するマラヤディヴァ国メーレンブルク領では死亡した奴隷と思われる大量の人骨が発見された。


 そして、ダヴィッド・リードホルム率いる緋色革命軍マラヤ・エカルラートは、戦略的に奴隷制度を採用し、悪逆無道を正当化していた。


「村民からの聞き取り調査が終わりました。緋色革命軍は、占領下の民衆に対する見せしめと、傭兵を中心とする軍構成員たちの士気向上をはかる為に、良家の血を引く子女や、資産家の娘を戦利品として奴隷に落としたようです。そして、このビズヒルのように、革命軍に反抗的な態度を取った町村もまた、全員がその対象となります……」


 漁村ビズヒルに上陸した翌朝、兄の蛮行に顔面蒼白となったアンセル・リードホルムからの報告を受けて、クロードは握りしめた拳を震わせ、天幕テントに設えた会議室を怒気で満たしながら無言で頷いた。


「リーダー。ぼくは兄が許せません。いただいた契約神器ルーンボウを使って、必ずやこの手で首を取ります」

「アンセル、あまり背負い込まないでくれ。僕たち全員で、緋色革命軍を止めるんだ。ヨアヒム、出立の準備は出来ているかい。拉致された女性たちを取り戻すため、商業都市ティノーへ向かうぞ!」


 天幕の中で、同席していたヨアヒムは、そんな風に熾烈な覚悟を決めるアンセルとクロードを、張り詰めた弦のように危ういと感じた。

 実兄の暴挙を目の当たりにしたアンセルは罪悪感で押しつぶされそうになっているし、クロードもまた緋色革命軍の悪意にさらされた結果、余裕を失っている。ヨアヒムは、二人がこんな心理状態で戦って、普段通りの実力を発揮できるとは、とても思えなかった。


「は、はい。準備はもう出来てるっすよ。もうすぐ朝食の時間っすし、食べ終わったら出発しましょう」


 折よく、アンセルの幼馴染であり、クロードの執事を務めるソフィが、大きな胸を弾ませて天幕の中に飛び込んできた。 


「クロード様、アンセル、ヨアヒム、ご飯ができたよー」

「わかったよ。ソフィ、今いく……」


 ソフィを安心させようとしたのだろうか?

 ヨアヒムの目の前で、作り笑顔を浮かべようとしたクロードの顔色が、赤から黄に、血の気が引いて青へと急速に変わった。

 クロードは立ち上がろうとしたものの、胸を右手で抑え、両脚をもつれさせて倒れ込んでしまう。


「ちょ、リーダー! 大丈夫っすか?」


 かけよったヨアヒムの腕にしがみつき、クロードはまるで空気に溺れたかのように、パクパクと口を開け閉めして、ただ一言を告げた。


「ひとじち」

「え?」


 クロードは、おぼつかない足取りで立ち上がり、ソフィとヨアヒムに返事すら返すことなく、天幕から出て行った。


「く、クロード様、どうかしたの? アンセル、ヨアヒム、早く来なさいよ」

「はい」

「わかったっす」


 ヨアヒムは資料を手早くまとめながら、思いつめた表情のアンセルに声をかけた。


「ねえ、アンセル。最近はさっぱり忘れてたすけど、ソフィ姉って、オレ達に対する人質だったんすよね」

「う、うん。でも、もう気にしてる人なんていないだろう? 辺境伯様が乱暴するなんて有り得ないことだし、肝心のソフィ姉が、あの人にお熱みたいじゃないか」

「……」


 ヨアヒムが外を覗くと、クロードはアリスにじゃれつかれて、困ったように笑っているのが見えた。ソフィともちゃんと会話ができているようだ。けれど、どこかぎこちなく見えるのは、気のせいとは思えなかった。 


「リーダーは、妙に自罰的なところがあるから。こじらせて変な方向に走りださなきゃいいんすけどね」 


 

 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 木枯の月(一一月)四日朝。

 漁村ビズヒルに半数、五〇人の兵士とアリス、ソフィを残して、義勇兵団は北方にある商業都市ティノーへと進軍した。

 ヨアヒムは、アンセル同様に青白い顔をした義勇兵団の指揮官、クロードに声をかけた。


「ところでリーダー、コードネームは、本当にクロード・コトリアソビでいいんですか? 最初、”永久なる威風の宿命の騎士.(エターナルウインドナイト)”を名乗るって言い張ってたじゃないですか?」


 遠征前の会議で、相変わらず斜め上に発揮されたクロードのセンスに、聞いていた女性陣も凍りついたのだが……。


『領主さまに、遠征先で変な虫がついたら困りますし、むしろアリかと』

『わ、わたしがちゃんと見ているから大丈夫だよ』

『ソフィ殿は、棟梁殿を甘やかしすぎるから信用できない。これ以上嫁候補が増えるなら、私は問答無用で押し倒す』

『あとで、たぬがカッコイイ名前をつけてあげるたぬ♪』


 と、ひそひそと内緒話をしたあと、なぜか満場一致で認めてしまった。

 ヨアヒムは、なんか腹黒いこと考えているなあ、と感づいたが、身の安全のために口を閉ざした。

 しかし、他の人々の口に戸を立てるわけにもいかず、兵士たちの間では、”馬鹿なる助平の臆病な朴念仁.(スチューピッドチャンピオン)”とか、”裸の王さま.(ダレカトメテヤレ)”とか、散々な評判が立っていた。

 ゆえに、アリスが名付けたクロード・コトリアソビというコードネームは、結果的には良かったのかもしれない。


「せめて偽名くらい格好をつけたかったけど、やっぱり向いていなかったみたいだ」

「そうっすよ。リーダー、自然体が一番です」


 ばんばんと背中を叩いたヨアヒムは、クロードがわずかな笑みを見せたことに安堵した。


「オレ、頑張りますよ!」


 義勇兵団は、敵地のド真ん中を行軍したため慎重に慎重を期し、漁村ビズヒルから約一〇kmキロメルカ離れた商業都市ティノーに着く頃には、すでに日は西に傾いていた。

 ヨアヒムの指揮の下、義勇兵団五〇人は奴隷オークションの会場となっていた神殿と、緋色革命軍駐屯所への襲撃準備を整えて、日没と同時に作戦を開始した。

 三〇名をアンセルと、魔法支援隊班長のキジーに預けて伏兵として町の各所に隠し、二〇名の兵士たちに神殿を包囲させたクロードとヨアヒムは、ゆっくりと会場の入口へと近づいて行った。 


「緋色革命軍の同志ですか、身分証明証はお持ちですか?」


 出迎えた門番が下衆な笑みを浮かべた時、後方で開戦を告げるラッパの音がパパパパパウワーと鳴り響いた。


「お前たちは、刑場に吊されるのがお似合いだ」

「ひょっとして、くせものかあッ」


 クロードは雷切らいきりを抜き放ち、門番に電撃を浴びせて昏倒させ、蹴り飛ばした。


「第六位級契約神器ルーンロッド”陽炎かげろう”をここに。ヨアヒム、突貫します!」


 騒動を聞きつけて警備兵たちが集まってきたものの、ヨアヒムが六尺棒を手に殴りかかると、彼の体が一〇人、二〇人に分身し、目撃した警備兵たちは一瞬あっけにとられて足を止めてしまった。

 その瞬間、レ式魔銃を装備した義勇兵たちが、ゴムを巻きつけた弾丸を次々と撃ちはなち、彼らを地に叩き伏せた。


 レーベンヒェルム領軍参謀長ヨアヒムの名前は、この年の秋半ばまで、総司令官セイの陰に隠れて史書に出ることはなかった。

 しかし、博打とも思われたエングホルム領の遠征で頭角を現したヨアヒムは、マラヤディヴァ史に不朽の名前を残すことになる。伝説の始まりとなる商業都市ティノー奪回戦が、今、この時始まった。

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