第224話(3-9)悪徳貴族と真犯人?

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 研修旅行二日目。

 クロードは、アンドルー・チョーカーの負傷とハサネ・イスマイールの失踪という、降って湧いた事件の対応に追われていた。

 まず彼は、パーティイべントの結果負傷したのだという、なかなかに無理のある設定で町役場と駐在警察官を説得し、チョーカーを病院に入院させた。

 医師の診断の結果、幸い命には別条なかったものの、チョーカーの身体からは複数の打撲痕だぼくこんが発見された。

 そこでクロードは、実戦形式の模擬戦を行って怪我をしたのだ――と、これまた無茶なでまかせで誤魔化した。

 ハサネの行方はいまもようとして知れず、町役場と警察からは捜索しようという提案があったものの、これを却下した。

 理由は、「特命なので今は話せない」の一点張りだ。他者から見ればクロードこそ犯人で、無理やり隠匿いんとくを謀っているように見えたかもしれない。


(だって、しょうがないだろう。謎が解けてしまったんだから……)


 クロードは探偵ではない。警察官でもない。だが当事者であり、”悪徳貴族”として謀略の只中にあった。

 ゆえに、彼は二つ事件の真相と時刻館の仕掛けについて、おおよその目星をつけることが出来た。


「ったく、この貸しは高くつくからな」


 クロードは、大事をとって、今日の見学予定をすべてキャンセルした。

 先方にかけた迷惑を考えると心が痛むが、背に腹は代えられない。

 遅くなった朝食をとるため食堂に集まったミーナもドリスもロビンも酷く落ち込んでいて、とても仕事どころではなさそうだった。


「あの馬鹿、ずっと傍にいてくれるっていったじゃないですか……」

「ハサネさん、昨日はあんなに元気で、笑ってたのに」

「ミーナさん、ドリスちゃん、大丈夫だから。チョーカー隊長は見た目ほど酷い怪我じゃないって御医者様がおっしゃってたし、あのハサネさんが簡単に死ぬわけない。それにここには、辺境伯様が、コトリアソビさんがいらっしゃるじゃないか。心配いらないよ」


 ロビンの言葉に、クロードの胸がちくりと痛んだ。

 今、ロビンはかつて演劇部でクロードが立っていた場所にいる。では果たして己は、部長たちのように胸を張っているだろうか? ……あまり自信はもてなかった。


「ほら、クロード。これでも食べなよ」


 そんな彼の不安を見透かしたように、ミズキが台所で作ったばかりのタマゴサンドイッチを口に押し込んだ。


「腹が減ってはなんとやらってね。あたしはどうしようっか?」

「チョーカー隊長の傍についていてくれ。決着は、僕がつける」

「ヒューヒュー。格好いいねえ、色男」

「やめてくれ。絶対にしまらないんだから」


 クロードの推測が正しければ、今回の事件は恐怖劇ホラーとして怪しく、ましてや推理小説ミステリーであるはずもない。ジャンル分けをするならばきっと……。


「クロード」


 そんな風にミズキと打ち合わせていると、憔悴しょうすいした顔のアリスがやってきた。

 昨日の笑顔は見る影もなく、髪型も服も簡素なものに戻していた。


「町役場の人たちが話していたたぬ。これは見立て殺人じゃないかって」


 時刻館の中庭には、一二の偉人像、短針・長針に見立てた石碑と共にひとつの碑文が飾られている。


『鼠は鮮血の花を散らし、蛇は琥珀を抱くだろう。狗が蒼海を呑む時、海神エーギルが約束の地へと誘わん。我が朋友へ託す』


 アンドルー・チョーカーは”まるで花を散らしたかのように”血まみれになって発見され、ハサネ・イスマイールの中折れ帽子は”琥珀を抱くようにして”浜辺に打ち上げられていた。


「だから、次はまたっ」

「アリス。心配しないで」


 クロードはアリスを抱きしめた。しおれたように倒れた金色の虎耳に唇を寄せて、あやすように囁く。


「今日ですべてが解決する。だから、明日は昨日みたいにおめかししてよ。ロビンくんとドリスちゃんが見つけてくれた夕陽の見える岬で、二人で日向ぼっこをしよう」

「た、たぬっ」


 真っ赤になったアリスが抱擁ほうようから名残惜しそうに離れた時、クロードはそっと彼女の手のひらにメモを忍ばせた。

 準備は――整った。万全を期して、領軍司令官のセイ、ルクレ領に出向中のアンセル、ソーン領を差配するアマンダに連絡を入れて、事件を解決する機会を待った。

 やがて晴れていた青空は午後が近づくにつれて曇り始め、雨の匂いが漂い出す。

 正午より少し前、割り当てられた部屋でひとり休んでいたクロードをミカエラが訪ねてきた。


「辺境伯様。わたし、見てしまったんです」

「見たって、いったいなにを見たのかな?」

「チョーカー隊長に重傷を負わせて、ハサネさんを殺したのは、ミズキさんです!」

「……」


 ミカエラが語るところによると、昨夜物音を聞きつけて起き出すと、ミズキが中庭でチョーカーを鬼のような形相で殴りつけていたという。

 次に、ミズキはミカエラと同様に物音を聞きつけたのか、やってきたハサネを物陰から闇討ちして昏倒させ、いずこかへと引っ張っていたのだと。


「こ、これはきっとソーン領の陰謀です。ひょっとしたら共和国の策略かも。なんて、なんて恐ろしい」

「ハサネさんはこっちの方に引っ張られていったんだね」


 クロードはザックを背負って時刻館を出ると、ミズキに案内されるまま浜辺の方へ向かった。

 途中で横道に入ると鬱蒼うっそうとした林があり、やがてきりたった断崖絶壁だんがいぜっぺきが続く岬に出た。

 そこは、奇しくもロビンとドリスが見つけたデートスポットだった。


(デート? どっちかと言うと、サスペンスドラマでおなじみの断崖に見えるけど)


 時代劇における副将軍の印篭や町奉行の桜吹雪の如く、サスペンスドラマの断崖には探偵役と真犯人をはじめ、関係者がぞろぞろ集まってラストシーンに入るのが鉄板なのだ。

 だから、クロードは誰もいない岬に出た瞬間、ミカエラが短刀を抜いて斬りかかってきても、ああそうかとしか思わなかった。


「鋳造――雷切」


 クロードは振り返りざま、喉元へ迫るミカエラのショートソードを刀のしのぎで受け止めた。


「どうして、どうしてわかったんですか?」


 ミカエラの行動には、なんら不審な点はなかった。

 もしも彼女が露骨に怪しい行動をとれば、事件そのものが未然に防がれていたはずだ。

 クロードは探偵ではない、警察官でもない。ゆえに、真相に至ったのは単純な消去法だ。


『有り得ない可能性を消去した時、最後に残ったものがどれほど奇妙であっても、それは真実に違いない』


 とは、推理小説の祖たる並ぶものなき名探偵、シャーロック・ホームズの台詞だったろうか。


「ミカエラさん。僕たちがはじめて顔を合わせた人は、貴方だけだったんです」


 ルンダールは、人の出入りが少ない斜陽の港町だ。外からの来訪者が居れば、すぐ目につくだろう。

 ましてや今、この地は土砂崩れでクローズド・サークルとなっている。

 クロード一行を除いて他に侵入者は有り得ず、そして一行の中で顔見知りで無かった者、”真犯人”が成り代われる可能性があった者はただ一人……!


「そんな理由で!」


 クロードは力任せに振るわれる短刀をいなし、得物を林の中へと弾き飛ばした。

 ミカエラは、否、ミカエラに扮していた女性はよたつきながらも逃げようとする。

 もう逃げる場所などどこにもないのに。

 彼女は、クロードの使う鋳造魔術を知らなかった。

 そして、切り札たる彼女の存在もまた。


「アリス、出番だよ!」

「たぬったぬう」


 クロードが背負ったザックから、ぬいぐるみじみた獣、アリスがローブをまとって飛び出した。

 彼女はぼふんと煙を立てて黒髪の少女に変身し、林へと続く退路を断ってしまう。


「……ハサネさんを害そうとしたのは、貴女ですね?」

「本当の名前は、ガブリエラといいます。ええ、私が彼を誘いだして、そこから突き落としました。見立て殺人に偽装する為に、浜辺に中折れ帽子を置いたのも私です。でもアンドルー・チョーカーを襲ったのは、ミズキさんです」


 ガブリエラは、武装解除して両手を挙げた。

 いつになく神妙な場面だったため、クロードは思わず真相を告げるのを迷ってしまった。


(チョーカーのバカが殴られたのはお風呂を覗いたからですって、言っちゃっていいのかな? あとハサネさんは刑務所の垂直な壁を走れるから、絶壁から落としたくらいじゃまず死なないんだけど)


 クロードは、浅く息を吐く。

 今回の事件は恐怖劇ホラーとして怪しく、ましてや推理小説ミステリーであるはずもなかった。

 ジャンル分けをするならばきっと、茶番劇コメディこそが相応しかった……。

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