第223話(3-8)悪徳貴族と血塗られた事件

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 研修旅行初日。

 クロードは、陽の暮れた子爵館をロウソクと魔力灯を頼りに探索していた。

 通称――時刻館は、時計を模した広大な中庭を包むように四棟の館が連結された、中抜きの正方形といった形で建てられている。


 遠方に海を臨む北館は、寝室や食堂や風呂といった私生活の場。

 正門に近い南館は、ロビーに応接室、執務室と言った公の場。

 二つの館を繋ぐ東館と西館は、かつては使用人とその家族たちが暮らしていたらしい。


 時刻館という呼び名に相応しく、館の各所には宝石や貴金属で作られた凝った時計が飾られていた。

 といっても、時間を刻むための針はすべて停止しており、少しだけ気味が悪い。

 クロードはまず男女別に泊まる東館と西館をチェックしたのち、ロビンとドリスに時計の調査を頼んだ。

 そして南館を調べた後、北館の一角で奇妙な部屋を見つけたのだ。


「これは、畳敷きの和室か?」


 亡くなった子爵は家族を流行病で失い、魔術師を集めた降霊会や奇妙な人脈との交流にのめり込んだという。その中の一人には、地球の日本からやってきたイシディア国のシンジロウ・ササクラがいたという話だが……。

 クロードの思索は、ロビンとドリスの元気な声で打ちきられた。


「クロードさあん、東館の時計は全部止まっちゃってます」

「西館もです」

「わかった。協力してくれてありがとう。僕はもう少し調べてみるよ」


 クロードは二人に手を振って、十畳はある和室にあぐらをかいて座った。

 家具は見当たらないが、よくよく見てみればベッドやソファを動かしたのだろう跡がうっすらと残っている。

 子爵の私室だろうか? ――それとも客室だろうか?


「辺境伯様、こんなところで何をなさっているのです?」


 ふと顔を出したのは、よく日に焼けた白髪の男ハサネだった。


「探検だよ。それに、夕方のことを考えていた」


 クロードやハサネが浜辺に足を踏み入れた時、まるで銅鑼どらを叩くような甲高い音色が聞こえた。

 斜陽に照らされていた黄金の海が突如赤く染まって、薄紫色の空に大きな魚の影が跳ねたのだ。

 異変は一瞬で、何もなかったように浜辺はうらぶれた姿を取り戻した。流れ着いたのか、あるいは観光客が捨てたものか、少なくないゴミが放置されているのが悲しかった。


「ハサネ、スヴェンさんは海神エーギルの娘だとか言っていたが、僕はそうは思わない。あの時、周辺の魔力が乱れた。きっと広域のジャミングだ」

「はい。おそらくは契約神器か強力な魔術道具によるものかと。念のため領海軍に通報、辺境伯様の安全を鑑みてパトロール回数を増やしています」


 クロードが指示する前に、ハサネは職務を果たしていた。


「ありがとう。ハサネ、……わからないんだ。今、ルンダールの町は土砂崩れで外に繋がる陸路が断たれている。といっても海軍は動かせるし、最悪テレポートで脱出だって出来る。だいたい町一つが孤立なんて、クローズド・サークルにしちゃ広すぎて中途半端だ。今回の件、人為的なものだと思うか?」

「辺境伯様。この事態は、間違いなく人為的なものでしょう」


 クロードの問いに、ハサネは断言した。


「研修旅行の日程は公開されていました。辺境伯様が踏み入る時期に合わせて、空飛ぶサメが噂になった。我々が町に踏み入れるや土砂崩れが起きて、立ち寄った海岸では奇妙な現象を目撃した。偶然というのは有り得ませんな。何者かが意図的に引き起こしたのでしょうが、意図が読めない」


 最も有りそうな可能性は、暗殺等でクロードを害することだろう。

 だがそうであるならば、こんな大掛かりな真似をしてわざわざ警戒させるのが不合理だ。


「僕の干渉を嫌う地元の抵抗、とかも考えてみたんだけど」

「それこそ有り得ません。辺境伯様は、今日たいへん歓迎されていましたよ。町長に至っては、ようやく巡ってきたチャンスだと言わんばかりの態度だったではありませんか」


 次に、ルンダールの町を巻き込んだ政治闘争というのも考えられた。

 しかしクロ-ドの来訪自体は、どうやら町も好意的に受け止めているようなのだ。

 あとで利権争いや方針の激突が生じる可能性はあっても、とっかかりすら出来ていない状況では意味がない。


「考えてみたんだけど、民間信仰や宗教儀式っていうのはどうかな? この時刻館、来て気づいたんだけど、なんらかの魔法がかかっているだろう? 手順を踏んで僕たちが泊まったら、爆弾が爆発するとか、魔獣が復活するとか、そういう罠という可能性もあるんじゃないか?」

「ハハハ、それは剛毅な。辺境伯様は、発想が飛躍しすぎです。事前に専門チームが危険物の調査を終えています。なにがしかの魔法はかかっているようですが、軽度のものです。ブラフの類ではありませんか」


 クロードの故郷で商店が偽物の監視カメラをセットするように、この世界では館に無意味な魔法を張り巡らせることで泥棒避けとする手段が存在した。

 事実、荒れ放題だった先代ほんものの統治下でも、この時刻館は略奪に遭うこともなく無事に残っている。


「考えすぎかなあ」

「そろそろ夕食の時間です。浜辺については、私も明日駐在の警察と一緒に調べてみましょう。陰謀など実現させねば無かったも同じ。辺境伯様には観光振興に集中していただきたい」

「わかったよ」


 この時、クロードはひとつミスを犯した。

 ハサネ・イスマイールが「明日調べる」という、らしくもなく悠長な台詞を告げたことに気付かなかったのだ。

 が、ハサネも普段の振る舞いが振る舞いだったため、違和感は表に出ることなく消えた。

 夕食は、月夜の下、中庭でかまどを組み上げてバーベキュー大会になった。


「今度、軍に配備予定のヤシガラを炭にして成形した木炭だけど、火力はどうかな?」

「いい感じです。これなら軽くて持ち運びにも便利ですね」


 先代ほんもののクローディアスの時代に、レーベンヒェルム領の森山は過剰な焼き畑農業で荒らされていた。

 そして、クロードの治世でも交通インフラの整備に多量のな木材を使用しているため、いかに南国と言えど一〇年、二〇年先に砂漠化が進む恐れがあった。

 そのため植林と並行して木材の代替品を探ったところ、ソフィの主導の元で契約神器・魔術道具研究所が開発した新製品が、廃棄されるヤシガラを再利用した木炭だった。

 斜め上のロマンさえ追わなければ、開発チームも良い仕事をするのだ。……なお、同時期に試作されたタワシボートは、痛すぎて利用できないと没になった。クロードはなぜ作る前に気付かなかったと、発案した職員を問い詰めたかった。


「ひひっ、ひゃはっ。食事が終わればいよいよ風呂か。楽しみであるなあ」

「チョーカー隊長、ハッスルしてるところ悪いけど、男女で使う浴室は別だ。混浴じゃないぞ」

「ふん。そのようなこと承知の上だ」


 クロードは、ヤシ酒を飲みながらえらく上機嫌なチョーカーを見た。

 妙に浮ついた雰囲気に、伸びた鼻の下。ろくでもないことを考えついた時の部長や痴女先輩にそっくりだった。


「まさか覗きとか……」

「ば、馬鹿もーん。小生ほど誠実な男は他にいないぞ!」


 その誠実さは欲望に対してのものだろう? と、クロードはチョーカー隊長をねめつけた。

 だから、彼は気付かなかった。ハサネが少し離れた石碑の前へと移動していたことに。


「鼠は鮮血の花を散らし、蛇は琥珀を抱くだろう。狗が蒼海を呑む時、海神エーギルが約束の地へと誘わん。我が朋友へ託す――ですか」


 ハサネは碑文を読み、中庭に建てられた一二の偉人を祭った銅像と短針・長針に似た石碑を改めて見た。


「なるほど、宗教的儀式と言うのは盲点だった。これはなかなか面白い」

「なーにしてんのさ。ハサネさん、アンタは酒を飲まないの?」

「ええ、ミズキさん。信仰上の理由から断っているのです」

「ふーん、変なの」


 この世界で主流となるアース神教も、ヴァン神教も酒に関しては寛容だ。

 ハサネの返答に戸惑うミズキの反応ももっともだろう。

 

「ところでミズキさん、私に張り付いているところを見ると、レアさんの疑惑は晴れたのですか?」


 ハサネの問いに、ミズキはニイと顔を歪ませた。


「おいしいたぬ。お魚もお肉もサイッコーたぬう」

「上司のリングバリ主席監察官はアテにならないし、玉の輿狙えそうな肉食系男子って、どこかに転がってませんかねえ」

「ミカエラさん、僕を見つめられても困るんだけど……」


 そうして、研修旅行の初日は歓喜の内に幕を閉じた。

 しかし翌朝、北館の側で”まるで花を散らしたかのように”血まみれになった重傷のアンドルー・チョーカーと、”琥珀を抱くようにして”共に浜辺へ打ち上げられたハサネ・イスマイールの中折れ帽子が発見される。

 一人は重傷、一人は行方不明。楽しかった旅行は、夜明けと共に一変した――。

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