第222話(3-7)悪徳貴族と斜陽の港町

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 領都レーフォンとルンダールの港町を結ぶトンネルが土砂崩れで埋まった――。

 町役場への移動中に通信用水晶で連絡を受けたクロードは、早速セイ率いる領軍に復旧を命じた。


「棟梁殿、承った。今日を含めて三日もあれば、開通できるだろう。ただ少し気になる点がある。エリックたち領警察が調査したところ、人為的に爆破されたのではないか? という疑いが出てきた。御身にはくれぐれも気をつけてくれ」

「わかったよ、セイ。でも、こっちには今、アリスにハサネに、ミズキさんまでいるんだ。もしもちょっかいをかけようなんて輩がいるなら、そいつは無謀の極みだよ?」


 今回の研修旅行には、単純戦闘力なら随一のアリスに、防諜のスペシャリストであるハサネ、加えて殺戮人形さつりくにんぎょうとまで呼ばれるミズキまで同行していた。クロードには、これ以上安全な布陣は考えられなかった。


「棟梁殿、相手が正しい情報を得て、冷静に計算しているとは限らない。そしてこちらが敵の全貌を掴んでいるとも限らないのだ……」

「ああ。気をつけるよ、ありがとう」


 通信を終えたクロードは、セイは心配性だなあと苦笑した。


(旅先で事件に巻き込まれて血が流れるなんて、名高い名探偵の血をひく孫とか、見た目は子供で頭脳は大人な小学生が主人公の漫画でもなければ有り得ないよ)


 そんな風に慢心していたクロードだが、町役場に到着するなり、歓迎する職員たちの前に降り立ったチョーカーを見て考えを改めた。


「諸君、出迎え御苦労。さあ、小生を存分にもてなすがいいぞ。酒に美女に金銀財宝、じゃんじゃんもってこーい!」


 クロードは、あっけにとられる町長達の前で即座にチョーカーを組み伏せて、鋳造した鎖で彼を厳重に縛りつけた。


「ハサネ、アマンダさんに報告を送ってくれ。奸臣を収賄の現行犯で切り捨てたと」

「わかりました。香典は不要だと、葬儀そうぎの連絡も入れておきます」

「馬鹿なっ。これはジョークだぞ! 本気にするな。こういう時は、ハリセンでツッコミを入れるのがレーベンヒェルム領の流儀だと聞いている」

「すみません。チョーカーさんは悪気はないんです。ただ欲の皮が突っ張ってるだけで」

「そう。いつかはやるんじゃないかなあって思ってましたけど、まさか本当にやるなんて」

「ロビンとドリスまで、小生をいったい何だと思っているのだ。そうだ、ミーナ嬢! 助けてくれ」


 助けを求められたミーナは、尻尾を逆立ててつーんとあさっての方向を向いた。

 どうやら美女というチョーカーの要求が、彼女の怒りに触れたらしい。

 アリスとミズキとミカエラは、ここぞとばかりに念写真を撮ろうと、慣れぬ手つきで箱型のマジックアイテムをいじっている。


「おおおおたすけぇえっっっ」


 このようにあわや流血沙汰になりかけた研修旅行であったが、なんだかんだで甘いミーナがとりなして、チョーカーが誠心誠意謝ったことで不問となった。

 中世万歳である。世が世ならば政治生命を絶たれている、と言いたいところだが、故郷もたいがいだったとクロードは嘆息した。


「ロビン君とドリスちゃんは、良い機会だから遊びに行くといい。これはアマンダさんから預かったお小遣いだ。良いデートスポットとか見つけたら教えてよ。アリスとミーナさんは二人の護衛を頼む」

「え? いいんですか?」

「ありがとうございます!」

「そういうことなら、まずは商店街を見に行きましょう」


 満面の笑みを浮かべるロビンとドリス、買い物に心躍らせるミーナだったが、アリスはショックを受けたようだった。


「たぬっ!? たぬはクロードと一緒にお仕事がんばるたぬ」


 アリスがは見かけによらず好奇心と学習意欲が強く、エステルを護衛する傍ら、クロードの力になろうと役所や軍の業務について色んなことを学んでいた。

 アリス自身は女たらしの漁色家とめちゃくちゃ嫌っているが――。話を聞く限り、彼女の祖父も短期間で魔術や武術に精通した凄まじい勉強家だったようなので、血筋と言えるのかも知れない。

 が、クロードから見て、最近の彼女は少し背伸びし過ぎに見えた。心や体を壊しては元も子もないのだ。だから、そっと彼女の金色の虎耳に口を近づけてささやいた。


「この街ではどんな食べ物が美味しいとか、どんなアクセサリが売っているとかを知るのも観光にとって大切なんだ。だから、アリスにお願いしたい」

「わかったぬ。頑張るたぬ♪」


 アリスはまるで毬が弾むような勢いで、ミーナたちを巻き込んで町の中心部へと駆けていった。


「辺境伯様。最初から、羽を伸ばさせるのも目的でしたか……」

「ロビン君は一度倒れているし、ドリスちゃんもやつれてる。ミーナさんはうまく化粧していたみたいだけどね。気晴らしをするのも仕事のうちさ」

「コトリアソビよ、小生にも気晴らしが必要だと思うのだ。酒と女と賭博とばくは人生の水だぞ?」


 鎖で簀巻きになったチョーカーの言い分に、クロードは本当に首でも刎ねてやろうかと歯噛みしたが、仕方なしに拘束を解いた。


「チョーカー隊長は僕たちと仕事だ。とっとと立ってついてこい。ミカエラさんは大丈夫?」

「ふふふ。不肖、このミカエラ、観光にはうるさいですよ。なにせ騎士ですから」

「ミズキさんは、どうする?」

「こっちについてくよ。だって面白そうだし」


 かくして、クロードたちは町役場で現状の報告を受けて、事前の打ち合わせ通り二日後には小規模な祭りを開くことを確認した。

 会議の後、クロードは町長の息子であるスヴェン・ルンダールに町の案内をお願いした。


「辺境伯様。おれなんかで良いんですか? 親父たちはもっと大規模にやろうって……」

「大名行列のように練り歩いたって、町に迷惑をかけるだけさ。あと、空飛ぶサメだっけ? スヴェンさんが見たって言う怪奇現象についても聞きたかったんだ」

「信じられないかも知れませんが、嵐に襲われてもう駄目だって覚悟した時に、銅鑼ドラを鳴らすような音が聞こえたんです。真っ赤な瞳で海を照らし出して、空飛ぶサメが沈みかけたおれの船めがけて飛んできた。大丈夫だって声を聞いた気がします。鈴が転がるような美しい声でした。あれはきっと海神エーギルの娘神に違いありません……」


 数歳年上の精悍せいかんな青年の話は、およそ信じられるものではなかった。

 きっと幻聴を聞いたか、夢でも見たのだろうと、クロードは胸の中で結論付けた。


「こちらが、ルンダールで一番大きなみやげ物屋です」

「これは……」

「あちゃあ」

「これ、ルクレ領でも売ってますよ」


 クロードたちは棚の品ぞろえを見て思わず頭を抱えた。

 並んでいたのは、共和国で製造された共和国人観光客向けの汎用みやげだ。

 独自色も何もあったものではない。


「ルンダールの町には特産品はないのか? 小規模だけど港もあるし、山の幸だってあるだろう?」

「海や山で採れたものは、ギルドに引き取ってもらいますから。一部だけ分けるとかそういうことは難しいです」


 クロードは、流通システムの未熟を自覚せざるを得なかった。

 一時期は壊滅状態にあった商業を、領役所からのテコ入れと各種ギルドへの権限移譲で復興させたのだが、急進した反動がもろに出ている。


「特産品といえば、稀に掘りだされたり海岸へうちあげられたりする琥珀こはくと、子爵様が育てていた薔薇バラでしょうか。薔薇園は元使用人の人たちが管理しています。じきに日が沈みますから、明日ご案内します」

「楽しみにしてるよ。ところで外食をするなら、どこへ行けばいい? 酒屋なんかもあるのかな?」

「ああ、それでしたら、あちらの”親泣かせ通り”をどうぞ」


 スヴェンが指し示した方向には、小さなテント屋台がのきを連ねていた。


「それって通称?」

「まさか。昔からあるれっきとした住所です。酒を飲むのは親泣かせの贅沢ぜいたくだからでしょう」

「だからって、もう少し名前なんとかならなかったの!?」


 小便横丁など、そういった事例はままあることである。

 そうして、ついにクロードたち一行が浜辺についた時、不意に銅鑼を叩く音色が聞こえた。

 海が赤く染まり、黄昏の空に大きな魚の影が跳ねる。


「な、なんだあれは――!?」

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