第454話(5-92)ドゥーエとミズキ

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「……あいつと並んで立てるように!」


 ドゥーエは〝生きる〟という巫覡ふげきの力を引き出して、黒い瞳が青く輝いた。

 左手、魔術と錬金術で鍛えあげた鋼鉄の義手を伸ばし、ミズキが斬りつけてくるナイフを握りつぶす。

 しかし、亡くなった妻と同じ顔をした少女は、思惑通りとばかりに唇を三日月に歪めた。

 

「アンタに、クロードの隣に立つ資格なんてあるものかっ」


 薄桃色がかった金髪の少女は、ひしゃげたナイフを投げ捨てる。

 身体ごとぶつかるようにして、隻眼隻腕せきわんせきがんの剣客へ抱きついた。


「おい、何を考えてる?」

「償いの時間さ、覚悟を決めな」


 ミズキはドゥーエにウインクひとつ飛ばすと、袖に仕込んだ鋼糸を弾いた。

 ベナクレー丘の一角をぐるりと包むように、光輝く魔法陣が起動する。

 河原の石下に隠されていた銃や、森の樹上に仕掛けられた銃が動き出し、一斉に照準を二人へ向けた。


「ハインツ・リンデンベルクと〝新秩序革命委員会メソッド〟の為に仕掛けた罠さ。ざっと三〇〇丁。アンタはここで、あたしと死ねっ」


 ドゥーエは、ミズキが無理心中を図っていことを理解した。

 ドレッドロックスヘアの剣客は、左の鋼鉄義手にしがみつく、柔らかな少女を傷つけないよう慎重に抱き上げた。


(ああっ、くそっ)


 ドゥーエは、薄々わかっていた。

 彼の妻はとんでもない激情家で、愛に生きた女だった。ミズキが同じような気質であるならば、このような無茶だってするだろう。

 頼みの左義手は、もう使えない。ならば、諦めるのか? 否!


「お願いだ、ハニー。力を貸してくれ」


 ドゥーエは亡き妻に祈りながら、生身の右手で愛刀を握った。彼の瞳がいっそう青く輝いて、燃えるように熱くなる。


(しょうがないなあ、ダーリン♪)


 ドゥーエはふと、愛しい女が微笑んだ気がした。てこでも動かなかったムラマサのつばが鳴り、鯉口こいくちが切られた。


「妖刀に宿りし――同胞はらからよ。今、お前達を殺めた仇が呼びかける。我を呪え――姉弟達よ。頼むムラマサ! 力を貸してくれ」


 ドゥーエの願いに応えるように……。

 妖刀を厳重に封じていた鎖が解け、氷のように研ぎ澄まされた刃が鉄鞘からするりと抜けた。

 同時に、瀑布ばくふが如き音を立てて、銃撃の雨が降り注ぐ。


「キエエエエアァっ!」


 ドゥーエは、編み上げたドレッドロックスヘアを振り乱しながら、迫る銃弾からミズキを守るべく舞った。

 彼は師匠であるシュテンのように、燕返しじみた魔技が使えるわけではない。

 しかし、女の子一人を抱えながらも……。

 ドゥーエが繰り出す剣閃は音速すら突破して、銃撃の嵐をことごとく切り捨てた。

 自ら引き起こした衝撃と、外れた着弾による土煙で泥に塗れるも、懐に抱いた女には傷一つない。


「……嘘だろ」


 ミズキは呆然と呟いた。


「オレの妻もたいがいヤンチャだったからな。浮気を疑われた日には、何度も死ぬと思ったものだ」


 ドゥーエも限界を超えた反動か、瞳の青い輝きがぷっつりと途絶え、息をきらせて項垂うなだれる。


『ねえ、待って、ダーリンっ。今言う台詞がソレ?』

『だから、愚弟は愚弟だって言ったでしょう』


 亡き妻と姉の愚痴る声が、風に混じって聞こえた気がした。

 ドゥーエの首回りと鳩尾みずおちがみしみしと痛む。――幻痛だろうか? チョークスリーパーをかけられ、胸を乱打されているかのように、呼吸がままならない。


「……ドゥーエさんは、なんで幽霊にボコボコにされているんだ?」


 クロードがシュテンと打ち合いながら、奇妙な光景に首を傾げたが、ドゥーエ本人は全く気づいていなかった。

 彼はミズキを腕の中からおろすと、その場で膝をつき、石の転がる丘陵きゅうりょうに額をこすりつけた。


「すまなかった」

「謝るなよ、どうせ反省なんてしない癖にっ」


 ドゥーエは土下座しながらも、亡き妻を連想させる少女ミズキの弾劾だんがいに窮した。


「ミズキ。お前の言う通り、赤い導家士どうけしはテロリストだ。妄執をこじらせて、現実に目を背けて多くの人命を弄んだ悪党だとも……」


 ドゥーエもイオーシフも、わかっていて止められなかった。

 世の中が悪かったから、なんて言い訳にもならない。むしろ積極的に大義名分に掲げて、自ら狂っていったのだから。


「それでも、オレは今でも、アイツらが最初に目指したひかり、世界を救おうとした意思を尊いと思っている」


 イオーシフ・ヴォローニンやエカルド・ベックといった始まりの発起人達は、残らず地獄への道行を辿り――

 ダヴィッド・リードホルムのように、組織を先鋭化させた過激派も、移籍した緋色革命軍マラヤ・エカルラート新秩序革命委員会メソッドと共に破滅――

 イヌヴェやキジーといった、故郷の為に立ち上がった穏健な参加者は、決別して大同盟の中核となった――。


「オレだけだ。オレだけが、綺麗だった頃のアイツらを知っている。だから、思い出だけは野垂れ死ぬまで持ってゆく」


 ミズキは服の裾から新しい鋼糸を掴み取った。今ならば、ドゥーエの首をねることだって容易いだろう。


「そうかよ、頭をさげられても迷惑だ。あたしは一生、アンタを許さない」


 これがドゥーエという男が歩き続けた道の結末だ。彼の重ねた罪を、ミズキは決して許さない。


「ドゥーエ。いいや、最後の〝赤い導家士どうけし〟ロジオン・ドロフェーエフ。アンタは、クロードの傍でベックのように革命を狙っているの?」

「まさか、そんなこと考えてもいない」


 ドゥーエは、元ロジオン・ドロフェーエフであった男は断言した。


(必要ない。むしろ、マラヤディヴァ国の革命は、ほぼ達成された)


 クロード達が奮闘した結果、腐敗貴族も奸賊商人も犯罪結社もまとめて壊滅、十賢家という政治機構すら完膚かんぷなきまでに崩壊した。

 ネオジェネシス、ひいてはファヴニルとの決戦さえ乗り越えることが出来たなら……。

 開明的な国主が上から導き、大同盟の参加者たちが下から押し上げることで、緩やかに民衆が参加する議会政治へと移り変わってゆくだろう。


「オレは、ダヴィッドやハインツが捻じ曲げたイデオロギーに興味はない。クソだと思っているからな」


 両者とも、口だけは革命だの平等だのとうそぶきながら、カビの生えた独裁制の頂点に立とうと全身全霊で逆行していた。


「オレは、オレのようなヤツが生まれるのが我慢ならない。クロードと一緒に、当たり前に生きるヤツが笑ってくらせる、そんな生活を守りたい」

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