第453話(5-91)死ぬ道理、生きる理由
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クロードが振るう大小二本の刀と、シュテンが返す物干し竿めいた異形の長剣が噛み合い、キンキンと音を立てて火花を散らす。
そして、薄桃色がかった金髪の少女ミズキは、年齢に似合わぬ大きな胸を反動で揺らしながら、バアンという轟音をあげてマスケット銃を撃ち放った。
同陣営であるはずの、ドレッドロックスヘアが目立つ隻眼隻腕の剣客、ドゥーエに向けて――。
「正気かっ、ミズキ。ここで、この窮地で裏切るのか?」
「裏切っているのは、アンタだろうがっ!」
ドゥーエは生身の右手で魔術文字を左の義手に刻み、盾代わりに使って銃弾を弾いた。
けれど、次の瞬間にはミズキの握るナイフが彼の喉元にせまっており、河原の石を跳ね飛ばしながら転がって難を逃れた。
「裏切りって何のことだ? 以前、赤い
「全部だっ。
別の世界の住人といっても、アンタはあたしの家族を皆殺しにした。
ダーリンが返り討ちにしたといえ、イシディア国じゃ、あたしの愛する人を殺そうとした。
生かしておくと思うなよっ」
ミズキの追撃は終わらず、ドゥーエは防戦に徹するものの、戦闘は止まらない。
少女は袖から鋼糸を繰り出し、隻眼隻腕の男も左義手から鋼糸を放って相殺する。
基礎となる流派は同じで、勝敗を分けるのは互いの戦意と技量。
だがドゥーエの腰は引けていて、ミズキの我武者羅(がむしゃら)な勢いとの差は、火を見るよりも明らかだ。
「考えなおせ、オレはお前と戦いたくない」
「だったら、死ね。あたしはアンタを殺したい」
ドゥーエは立て直しをはかり、ムラマサを抜こうとした。
けれど、鉄鞘に包まれた愛刀は、まるで己が意志でも持っているかのように、ピクリとも動かない。
ミズキは銃剣をつけたマスケット銃で斬りかかってくる。
ドゥーエは辛くも左の鋼鉄義手で受け流すも、頬がわずかに裂かれて血がしぶき、鉄の臭いが鼻をついた。
「お、オレは死ぬわけにはいかない……」
「なんで? どうして? 生きたかったはずの人を殺して、滅ぶ世界から逃げ出して、どんな大層な理由があって、アンタはのうのうと生きているの?」
「そ、それは」
ミズキが続いて放った鋼糸が、ドゥーエの皮鎧を裂いて右足の肉を削ぐ。
隻眼隻腕の剣客は生身の右手で鉄鞘を振り回し、襲いくる少女に反撃を試みるも、肉体が自分のモノではないかのように反応が重かった。
「あたしは、ダーリンが好きよ」
ミズキの言葉が、ドゥーエの心を串刺しにする。
「クロードも大切な人たちの為に、強大なファヴニルに抗っている。弱っちいくせにアンタを守ろうと、シュテンって人に必死で挑んでる」
師匠を倒すのだと、そう大口を叩いていた歴戦の傭兵は、ご覧の通り役立たずだ。
「イヌヴェもキジーも、故郷を愛しているのがわかるさ。アンタにはソレがない!」
ドゥーエには、返す言葉もなかった。
「別に信念が尊いって言いたいわけじゃない。でも、ムカつくんだよ。強い力だけあって、勝手気ままにあちこち暴れ回って、迷惑なんだよ!」
ミズキは、戦いながら泣いていた。
心を震わせ、魂が猛っていた。
(オレは、嫌な大人になっちまった)
ドゥーエは口元を歪める。
若き日の妻と、うり二つの少女と殺し合いながら、乾いた目から涙一つこぼれやしない。
「勇者の末裔? 並行世界からやってきた来訪者? 知ったことか。あたし達は、アンタが
ドゥーエは、溢れるほどの殺意をこめたナイフが自分の胸へ迫るのを、呆然と見ていた。
「……ミズキ。オレは」
彼女の発言は真っ当だ。
家族を殺し、不幸と災厄を連鎖させ、自分だけが生き延びた。
己が所業を振り返り見れば、一人孤独に討たれるのが、相応しい末路なのかも知れない。
(きっと、それが道理というものだ。だけど……だけどっ)
キンキンと、剣戟の音が聴こえてくる。
「おおおおっ」
「あはっ。やるわねっ」
こんな自分を守るため、友と呼んでくれた青年がまだ戦っている。
(死ぬ理由なんて山ほどあった。それでも無様に生き続けたのは、なぜだ?)
ドゥーエは思い返す。
己はなぜ、死ななかったのだろう。
なぜ、生きて戦い続けたのだろう?
『……生きなさい。アナタが最後の
遠い日に聞いた、姉の遺言があったから?
『……馬鹿弟子よ、生き延びろよ。お前が戦い続ける限り、おれの技は無駄にならん』
一度は死んだ、筋肉ダルマ師匠の技を継いだから?
『ロジオン、貴方は見届けてください。貴方ならきっと、我々の志を受け継いでくれる。どうかこの世界を守ってください』
テロリストであるが、親友でもあったイオーシフの願いを叶えたかったから?
「オレには託されたオモイがある。そして」
ドゥーエのひとつだけ残った右の黒瞳が青く輝き、妻の面影を残す少女の姿を映し出す。
再び愛する家族と殺し合うという状況に追い込まれて、なぜ生きているのかと問い詰められて……。
彼は、ずっと昔に失ってしまった、心のカケラに気づくことができた。
『おにいちゃん』
「妹のことを、……ようやく思い出した」
白銀に輝く髪の、赤と青のオッドアイを持つ儚げな少女の姿こそ、彼の原点。助けると誓った、始まりの理由だ。
(ずっとずっと忘れていた。いいや、狂気に逃げていた。でも、もう終わりだ)
ドゥーエはその為に、世界を渡ってまで生き延びたのだから。
「クロードは、こんな駄目なオレを友と呼んでくれた。だったら、甲斐性なしはここで終わりだ。オレは、オレのやるべきことをやる。あいつと並んで立てるように!」
ドゥーエは鋼の義手を伸ばし、喉首に迫るミズキのナイフを握りつぶした。
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