第107話(2-61)異能

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 ソフィは、己の細い指先を噛み切り、魔術文字を杭の残骸に刻んだ。

 邪竜の爪から打ち出されたという杭は、球形の魔法陣に包まれて二本の円筒状に変化し、両端から青白い魔力光が伸びた。

 連なった円筒と魔力光が形作った輪郭りんかくは、あたかも薙刀のようだ。


「ソフィ、頼んだ」


 クロードは頷くと、アリスに向かって走り出した。

 彼が手にした刀、八丁念仏団子刺しの刀身には、わずかなひびが刻まれていた。

 レベッカによって、ファヴニルとの契約経路パスが閉ざされた今、彼に残された魔力は少なかった。


「おねえさま。どこから力を借りたのか知りませんが、先ほどの雷と炎、鋳造魔術で創られたマジックアイテムでは有り得ない出力です。そして、貴女が手にしている薙刀……、魔術道具への干渉と強化こそが、おねえさまの巫女としての異能ちからでしたか?」

「自分じゃ、よくわからないんだけどね。さっきのは、絶対レアちゃんがなにかしたし」


 ソフィは、青白い魔力光で形成された薙刀の切っ先を下げ、刃筋を上向きに立てて半身に構え、下段の姿勢のままレベッカとの間合いを詰めてゆく。


「この期に及んでの足狙いなんて。おねえさまはワタシを馬鹿にしているのですか? オッテルの巫女として、ワタシが振るう力と速さは、常人を遥かに凌駕りょうがする!」

「でも、どんなに魔力で底上げしても、技量が突然上達するわけじゃないでしょう?」

「なっ?」


 レベッカが不意打ち気味に放った突きは、あっさりとソフィにかわされた上、皮鎧の膝部分が薙刀によって切り裂かれていた。


「ササクラ流薙刀術のひとつ水扇みずおうぎ。足狙いって避けづらいでしょう? フェンシングでも有効面は上半身だけってルールが多いから、慣れていないんじゃない?」

「関係ない。ワタシの方が速くて、力も強いんだ。だったら!」


 薙刀がゆらゆらと揺れる。魔力光が編み出す石突が、力任せに振るう槍を逸らした。

 ソフィは、八相、中段、上段と目まぐるしく構えを変えながら、的確なカウンターで反撃を返した。

 オッテル。否、ファヴニルの加護は不可視の鎧となってレベッカを守っているが、薙刀もまた邪竜の爪から生じた魔力で創られた。ゆえに、わずかといえ、攻撃は通るのだ。


「ワタシはオッテルの巫女だ。ファヴニルの力も使いこなせない悪徳貴族とは違う。降伏してください、おねえさまっ」

「そう。レベッカちゃん、貴方達は違う。だから、クロードくんは、わたしが大好きなあのひとは負けない!」


 アリスもクロードも与り知らぬことだが、レベッカ・エングホルムは、極めて近く限りなく遠い、平行世界を覗き見る異能の力を宿した巫女だ。彼女は、自覚した瞬間から確かに特別な存在で、だからこそ平凡で当たり前の視点を取りこぼしていた。

 これもそのひとつ……。平行世界のレベッカは、一組織の幹部を務めるに足る卓越した能力を有していたかもしれない。だが、それは数年に及ぶ実戦を経て身に付けた技術である。こと戦闘のみに限って言えば、わずかな経験しかもたない、この世界の彼女が容易に再現できるものではなかった。


「レベッカちゃんはわたしが足止めする。クロードくん、アリスちゃんをお願い」

「ドクター・ビースト。本気を出しなさい!」


 すでにクロードは、菌兵士を松明で焼き払い、ドクター・ビーストとしのぎを削っていた。


「良かろう。小僧、ここまでわしを追いつめた褒美に、狂魔科学者マッドサイエンティストの矜持を見せてやろう。わしが生み出した最強の兵器のひとつ、それは、わし自身のことじゃ!」

「わけのわからないことをっ」


 ドクター・ビーストの杖が突如爆発し、クロードはもんどりうって倒れた。

 白衣の老人もまた至近距離で爆風を浴びて大火傷を負い、傷を隠すように真っ赤な裏地が特徴的な漆黒のマントを羽織った。


「吸血鬼かよ。爺さん、その年で一四歳みたいなセンス」


 クロードは、言葉の途中で絶句した。

 マントに包まれたドクター・ビーストの身体が溶け落ちたからだ。


「つまらん、つまらんぞ、糞ガキ。夢を忘れ、ニヒルを気取って無気力に生きる。貴様らは去勢でもされたのかぁ? 貴様も男ならば、ロマンのひとつでも語ってみせい!」


 そこにいたのは、老いたる博士などではなく、ミュータントとでもいうべき白い怪物だった。

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