第六章 夜明け前に輝く星々

第106話(2-60)譲れないもの

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 アリス・ヤツフサは、首輪と足枷をつけられ鎖で縛られて、不可思議な装置の光で泥中に溶け落ちながらも、クロードを見ていた。

 右腕を斬り落とされ、左二の腕と両太ももに穴を穿たれ、それでもクロードはソフィとアリスに向かって這い続け、遂には銃撃を浴びて殺された。

 彼が蘇生したのは、ソフィが迅速に心肺蘇生法を行ったからだろう。アリスは、クロード、レア、ソフィが、三人がかりで瀕死のセイを助けたことを思い出した。


(クロード、ソフィちゃん、たぬはいいから逃げるたぬ)


 アリスは叫ぼうとしたが叶わなかった。すでに彼女の口も喉も半ば以上溶け落ちていたからだ。

 クロードの顔色は死人のように真っ青で、もやしのように細い体からは普段以上に生気がなかった。当たり前だ。さっきまで本当に死んでいたのだから。ソフィが治癒の魔法をかけ続けているようだが、到底追いつくものではない。

 クロードはいかなる手段を使ったのか、雷の雨と炎の輪を呼びだして、天空を舞う大太刀と丘を埋め尽くす菌兵士団を吹き飛ばした。


「やるな小僧。じゃが、わしの兵器はまだ残っておる」

「邪魔をするな爺さんっ」


 アリスに光を浴びせ続ける白衣を着た老人、ドクター・ビーストが杖で魔法陣を刻んで、一口の大太刀を呼び寄せる。

 クロードは、風を引き裂きながら迫る刃を、雷の翼と焔の噴射口を巧みに用いて回避した。

 そのまま後方へと抜けた大太刀に、一八〇度ループするように上向きに旋回して追いすがり、左手に握った刀を振るって撃墜する。

 しかし、それが限界だった。インメルマンターンじみた無茶な機動が負担となったか、クロードの翼と噴射口が徐々に形を失って瓦解する。


「ソフィ、降りるよ」

「はい!」


 クロードは、辛うじてベナクレーの丘中腹に着地してソフィを降ろすも、燃えるような赤い髪を怒りで逆立てたレベッカが、残された三本の青白く輝く杭を投じていた。


「おねえさまから離れろ。お前のようなやつがいるから世界が歪む。正しい未来へたどり着けない!」


 レベッカの憤怒と憎悪のこめられた投擲とうてきは、ノコギリの歯のように幾度も折れ曲がりながら複雑な軌跡を描き、時間差でクロードを襲う。


「ふざけるなっ。貴様たちが殺めた人を、壊した町を、踏みにじった国を見ろ」


 アリスは知っている。

 クロードがエングホルム領への出征前に、レアが投じる一〇二四本のはたきに打たれ続けたことを。

 利き腕でないといえ、所詮は3本だ。杭がどれほど鋭くどれほど強力な軌道を描こうと、彼の剣先は誤ることなく追い続ける。


「何が緋色革命軍マラヤ・エカルラートだ? ゴテゴテとメッキの嘘で飾りたてたって、貴様たちが今やっている革命ごっこは醜悪な鬼畜外道に過ぎない」

「大切なのは未来あしただ。現在いまなんて、蹴り飛ばすための石ころでしょうにっ」


 クロードとレベッカは、まるで刃のように言の葉を交わし、刀と杭もまた交錯して火花を散らした。


「ワタシは取り戻す。夢見た明日てんごくをっ」

「惨劇に満ちた未来じごくなんてクソくらえっ」


 アリスは知らない。

 二人の言葉が一見まるで噛みあわず、しかし、実は精密な歯車のように噛みあっていたことを。

 クロードは、レベッカの背後に朗らかに嗤うファヴニルの影を見ていた。

 レベッカは、クロードの横顔にむっつりと黙るロジオン・ドロフェーエフの面影を重ねていた。

 彼と彼女が斬り伏せ、穿ち抜こうとしたものは、互いが目指す世界の行く末にこそ他ならない。


「これで」


 クロードは、中段に構えた刀の鍔元で杭を受け止め、弾かれた標的を叩き斬った。


「ラスいち!」


 更には返す刀で切り降ろし、後方から飛来する二本目の凶器を両断する。


「まだまだぁっ」


 残されたファヴニルの爪は一本だけ。レベッカは焼失した菌兵士が落としたのだろう半壊した槍を掴み、槍頭に杭を挿し入れた。

 クロードは迎撃に向かおうとして、けれど、両手を広げたソフィに阻まれた。

 彼女の引き裂かれた半裸の胸がわずかに揺れて、むき出しになった下半身の白さが彼の目を射る。


「クロードくんの、えっちっ」


 ソフィは、ちろりと舌を出して微笑み、クロードに断たれ砕かれた杭を両手で拾い集めた。


「アリスちゃんを助けてあげて。レベッカちゃんは、わたしが抑えるから」

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