第403話(5ー41)ネオジェネシスの逆襲

403


 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 晩樹の月(一二月)三一日午後。

 クロード達が領都大火作戦を阻止して以来、沈黙を守っていたネオジェネシスは、突如として総攻撃を開始した。

 マラヤ半島東南のユーツ領とエングホルム領から、白いウジの大軍が大波のように溢れ出したのである。

 ネオジェネシスの軍勢は、大同盟が築いたメーレンブルク領、グエンロック領、ユングヴィ領の防衛線を食い破らんと、赤黒い口から牙を閃かせて躍りかかった。

 大同盟の最前線を支える参謀長ヨアヒムは、高山都市アクリアで状況を把握し、すぐさまユングヴィ領首都クランの司令部へとへ連絡した。


「セイ司令。ネオジェネシスの大軍が二つの軍団に分かれて、攻撃をしかけてきました。斥候によれば、どちらも地平線を埋め尽くすほどの膨大な数です」

「ヨアヒム、誰が率いているいるかわかるか?」

「はい。ユーツ領から北上する軍団を率いているのはデルタ。エングホルム領から西進する軍団の陣頭に立っているのはゴルト・トイフェルです」

「わかった。メーレンブルク領で北面を守るオットー・アルテアン隊長には、アリス殿と精鋭部隊を救援に送る。ゴルトの相手は、私とイヌヴェの竜騎兵隊ドラグーンが担当しよう。どうにか持ちこたえろ」


 セイはすぐさま救援の準備にとりかかり、アリス達を転移魔法陣で送り出すと同時に、ヴォルノー島で国主を歓待中のクロードに裁可を仰ごうとした。

 しかし、クロードとの連絡はいつになっても繋がらなかった。


「セイ司令、領都との通信が途絶しています」


 通信室で、室長を含む複数のオペレーターが悲鳴をあげる。

 領主館から、役所に軍施設、警察署、果ては民間商店に至るまで、レーベンヒェルム領領都レーフォン全域との交信が全滅していた。


「いったい何が起こっている? ロロン提督の艦隊や、ヴァリン領に確認するんだ!」

「すでに連絡済みです。ヴォルノー島各領と、艦隊から急報です。セイ司令、これを見てください!」


 別の担当者が転がるようにして、セイに念写真を差し出した。

 領都レーフォンの上空。領主館近郊の浜辺に、巨大な飛行要塞が浮遊していた。


「……あのイカサマ師め、やってくれたな。狙いは棟梁殿か」


 この瞬間、セイはネオジェネシスの作戦を的確に見抜いた。

 開戦から続く連戦連勝も、領都大火計画阻止成功も、――すべてが、この日の為に仕組まれた罠だったのだ。

 いかにハサネ・イスマイールら公安情報部が優れていても、ネオジェネシスが飛行要塞なんて非常識なシロモノを所有しているとは見抜けなかった。

 否、おそらくネオジェネシスにもそんなものはなく、新たにファヴニルが貸し与えたに違いない。

 これまでかの邪竜が、緋色革命軍マラヤ・エカルラートのダヴィッドに代行する力を与え、楽園使徒アパスルのアルフォンスを融合体に変え、ネオジェネシスのブロルに新生命を創造させたように、――新しい玩具を持ち出したに違いない。

 邪竜ファヴニルの悪意ある干渉は、それだけで一国を滅ぼすに足る災厄だ。


「通信室長、研究室にいるソフィ殿を呼び出せ。イヌヴェの竜騎兵ドラグーン隊と、ロロン艦隊に彼女を護衛させて、領都救援に向かわせる」

「はい!」

「私は前線に向かう。以後は、アンセル出納長の元で、首都を防衛するように」

「そ、それは。セイ司令、おまちください……」


 通信室長を務める女性魔術師は、首都攻略時に抜擢ばってきされて以来、総司令官の目となり耳となり口となって仕えてきた。

 いついかなる時も、オペレーターとしての責務を果たし、自らの意見を口にすることはなかった。

 けれど、彼女は総司令官の腕を掴み、必死で止めようとした。


「お叱り承知でお願いします。部隊の一部をお戻しください。アリス様と精鋭部隊が発たれた上で、イヌヴェ様の竜騎兵隊とロロン様の艦隊がこの地を離れられれば……、御身を守るのは負傷兵と新兵だけになってしまいます」


 緋色革命軍との最終決戦直前、〝万人敵〟ゴルト・トイフェルの無双が引き起こした爪痕は大きかった。

 人間はネオジェネシスほどに、強靭な生命力や、蘇生能力を持っているわけではない。

 マラヤ半島の駐留兵は大半が深い傷を負い、いまだ回復していない者が多い。

 無事な精鋭部隊と海軍艦隊を北面とヴォルノー島に派遣すれば、残るのはまともに戦うことすら難しい弱卒ばかりだ。

 

「心配は無用だ。私ならやれる」


 セイはそう言って、通信室長の手を強く握りしめた。


「私を誰だと思っている? 姫将軍セイの武名が見掛け倒しではないことを示してみせよう」


 セイは葡萄色の瞳に力をこめて、銀色に染まった薄墨色の髪をなびかせ、威風堂々とした足取りで前へ進む。

 彼女の後ろ姿は、通信室のオペレーター全員を見惚れさせられるほどに美しく、凜然りんぜんとしていた。


(棟梁殿、私は貴方の隣に立つ者として全力を尽くそう。だから、棟梁殿、レア殿。どうか生き延びてくれ)


 セイは、愛する男と、同じ男を愛した友の無事を祈った。

 しかし、いまや邪悪なる竜となった龍神の怨みは苛烈であり、領都レーフォンでは過酷な戦いが繰り広げられていた。

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