第404話(5ー42)ニーズヘッグ

404


 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 晩樹の月(一二月)三一日夕刻。

 クロードとレアは戦勝祈念式典を終えて、国主グスタフ・ユングヴィを領主館に迎えるべく、馬車に同乗して移動を始めた。

 領主館へと続く街道には、国主直属の近衛部隊と大同盟の精兵一〇〇〇人が護衛についていた。

 また街には、公安情報部と領警察の職員達が張り込んで、万全の警備体制を敷いている。

 彼らは、黄金色の空が前触れもなく暗雲に包まれても、常夏の大地に真っ白な雪が降り始めても、動揺することなく迅速に対応した。


「敵襲だっ。総員、国主様を守れ。鋳造――!」

「クロードさま、私もお手伝いします」


 クロードとレアは、二人で馬車から飛び出して、怪しげな暗雲目がけて一〇〇本近いはたきを投擲した。

 花火のような爆音が連続して、黄昏の空を揺るがす。黒い雲に偽装した隠蔽が剥がれて、北の空から巨大な浮遊物体が降下してきた。

 それは、縦横四〇〇mメルカ、高さおよそ一〇mに及ぶ、逆ピラミッド状の岩盤だった。


「ハサネさん、なんだアレはっ。岩の塊かよ?」

「いいえ、エリック。上部に城らしき建造物が建っています。まさか、空飛ぶ城などというものがあろうとは」


 エリックとハサネは想像もしなかった光景に肝を冷やしつつも、部下たちに檄を飛ばした。


「くそっ、皆、慌てるんじゃない。訓練通りに対応するんだ」

「皆さん、敵の攻撃がきます!」


 槍のような尖塔や飛び梁が特徴的な宮殿が建つ岩盤からは、三〇〇〇を越える白いウジの群れが馬車を狙って落下してきた。


「バウ、ワウ!」

「アレは、第四位級契約神器飛行要塞ルーンフォートレスダ。クロオド、空から来るゾ。気をつけロ!」


 白銀色の犬ガルムと、黒い川獺かわうそのテルが、強靭な脚力で馬車の天井へと駆け登り、上空から襲いくるウジを殴り、蹴飛ばした。

 ネオジェネシス兵は、石畳に叩きつけられ、液体のように溶けて消える。

 他にも着地に失敗して潰れるモノ、下敷きになって肉片となるモノもいたが、ウジ達は仲間の死を顧みることなく攻撃を継続した。

 白い軟体生命は、驚異的な再生能力で破損部を埋め、赤い口を大きく開いて突撃する。

 隊伍を組んだその様は、かつて戦った〝血の湖〟を連想させる、おぞましい生命力に満ちていた。


「ハッ、ここには俺がいるんだぜ。いかせねえよ。術式―― 〝八重垣〟―― 起動!」


 しかし、エリックを筆頭とした領警察が、ネオジェネシスの眼前に立ちはだかる。

 彼らは盾の神器や、魔術結界、設置盾などを用いて、荒ぶる白い津波を食い止めた。


「空挺攻撃とは驚きましたが、地上戦ならば条件は互角。射撃を許可します」


 更に、ハサネが指揮する公安情報部隊が、無防備な横っ腹に銃弾の雨を浴びせかける。


「警察に負けるな。軍人プロの本懐を見せてやろうぜ」


 ネオジェネシスが銃撃でひるんだところに、サムエルが指揮する大同盟精兵が抜刀して切り崩した。


「国主様を守るのは、我々の務めだ」


 オクセンシュルナ議員が差配する国主近衛兵達が、分断された敵軍を粉砕にかかる。


「レア、君と一緒なら、どんな大軍にだって負けやしない」

「クロードさま。貴方の背中は、私が守りします」


 そして、戦場の中心にいるのは、言わずと知れた領主の主従だ。

 三白眼の青年が大小の刀で斬りつけるたびにウジ達がまとめて両断され、青髪の侍女が振るうモップが迫り来る触腕や牙を叩き落とす。

 けれど、ネオジェネシスの攻勢は止まらない。


「レア、注意しろ。これまでとは様子が違う」

「誰かが指揮を執っているのでしょうか?」

 

 ウジ達は、時には人間体に変化して銃を奪い、時には仲間の背に騎乗して突進攻撃を繰り出し、と、特性を生かしたトリッキーな戦術を繰り出してきた。

 ただ力任せに戦うのではなく、組織的な軍事行動で、突破を謀っているのだ。

 そして指揮官がいるだろう場所は、探すまでもなく空の上だろう。


「皆、ここは任せたぞ。僕はレアと飛行要塞を叩く」

「クロードさま、道を拓きます!」


 二人の足元から、無数の鎖が生じて、ネオジェネシス兵達を縛り上げた。


「防御は、任せておけ。やっちまいな!」

「閣下は、我々がお守りします」

「バウバウッ」

「クロオド、後デ詳しい話を聞かせろヨ」


 クロードとレアは、声援を受けながら飛行要塞へ向かって走り出した。

 敵指揮官も気づいたのだろう。

 温存していたらしい、アリ型装甲服をまとったゴーレムを投下して接近を阻もうとした。


「チョーカーを殺した兵器か。だけど、僕とレアの敵じゃない!」

「熱止剣。行きますっ」


 クロードが火を吹く脇差しで魔術文字を刻み込み、レアが起爆してゴーレムと装甲服をまとめて塵に変える。

 かつて神剣の勇者が得意とし、クロードの先輩たるニーダルも使う魔術をアレンジした技だ。

 二人が走るところ、数百体のゴーレムによる壁は、薄紙のように消しとんだ。

 その刹那、クロードとレアの脳裏に、聞き覚えのある声が響いた。


『愛しいクローディアス、そして不出来なレギンよ、やるじゃないか』


 それは間違えるはずもない、呪わしい悪魔の声だった。


『レプリカ・レーヴァテインに連なる技を、反動の少ない取り回しの良い魔術として改造、再現する。見事な手腕だよ。だけどね、泥棒猫。……お前に出来ることは、ボクにも出来るとは思わないかい?』


 クロードは、困惑を露わにするレアの手を引いて、走り続けた。

 ファヴニルの言葉は、心を冒す呪いだ。耳を傾ければ、破滅するだけだ。

 皮肉にも、これまで邪竜が遊び潰してきた手駒達。本物のクローディアスや、緋色革命軍のダヴィッド、楽園使徒のアルフォンスといった連中が証明している。


『だから、ボクは玩具にあげることにしたんだ。これは罰だよ、裏切り者』


 クロードが握りしめたレアの手が震える。足がもつれ、身体が宙を舞う。

 三白眼の青年が、転ぼうとする恋人を抱きとめた瞬間――。


「刮目せよ。終焉の告知者。世界樹の仇。万象が平伏す偉大なる咆哮を!

 暴食機構ストレンジ はじまりにしておわりの蛇雪ニーズヘッグ ――変造インベント――」


 雪が、降った。

 風が、吹いた。

 嵐が、巻き起こった。

 時間にして、わずか数コーツ

 荒れ狂う吹雪によって、ネオジェネシス兵諸共に、クロード達の戦力は壊滅した。


――――――

後書き


部長「……ひょっとして、俺がファヴニルと二年前に戦ったから、あんにゃろうはこんな代物を作りあげたのか?」

ボス子「書籍版べつのうんめいを見る限り、ファヴニルさんが神剣の勇者と因縁がある限り、いつかは会得したと思うよ」

部長「だけど、加速させたんだな」

ボス子「誰のせいでもないことだよ」


 今、明かされる衝撃の真実。

 部長来訪は、ラッキーイベントではありませんでした。

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