第167話(2-121)悪徳貴族とコマンド部隊


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 クロードの呼びかけに湧きあがる賛同の声。

 幾度もの会議ですれ違いを繰り返したレーベンヒェルム領首脳陣の意志が、マクシミリアンによって引き起こされた”偽姫将軍の乱”を乗り越えて、ついにひとつになった瞬間だった。

 ハサネが、公安情報部長代行のヴィゴと共に準備した資料を配り始める。


楽園使徒アパスルから二領を解放する上で、最初にして最大の懸念が共和国の動向です。辺境伯様の尽力で、レーベンヒェルム領はアラヤディヴァ国屈指の勢力に成長しましたが、さすがに大国と正面から戦うわけにはいきません。だからこそ、逆に今が一番の好機とも言えるでしょう」


 資料には、公安情報部が調べ上げた、ここ数ヵ月の共和国軍の動向が細やかに記されていた。


押忍おす! 大陸運動祭と文化博覧会を控えた共和国は、先日から不穏分子掃討ふおんぶんしそうとうの名目で、ネメオルヒス地方で民間人虐殺を含めた徹底的な弾圧活動を行っています。シュターレン閥のニーダル・ゲレーゲンハイトが救出に動いていますが詳細は不明。外国人の記者は立ち入りを禁止され、旧ネメオルヒスの亡命政府があるイシディア法王国との国境線でもにらみあいが続いています」


 ヴィゴの説明を、ブリギッタが引き継いだ。


「先進国では『フリーネメオルヒス!』を合い言葉に抗議活動も起きているようだけど、残念ながら一過性のものでしょう。でも、騒動が拡大すれば、諸国からの投資離れを招くわ。戦争なんてもっての他よ。共和国は技術窃盗もこみで外国企業に経済成長を頼りきりだから、マラヤディヴァ国へ直接侵攻なんてできない。そもそも運動祭の準備で各種資源が不足しているそうよ。鉱山を限界まで酷使しても足りなくて、ガートランド王国では連日金属製製品の盗難に悩まされているみたい。もしも盗品をいつぶしてつくられた会場で平和の運動祭をやるのなら、笑ってしまうわね」


 ブリギッタは楽園使徒に面目を潰されたこともあり、半ば投げやり気味に説明を終えて、特別警備隊長代行のイェスタが補足する。


「そもそも、共和国にとって楽園使徒がそれほど重要な組織なのかは疑問でやす。当たれば幸運、外れても悔いなし。どっちにしても処分する。その程度の手駒だったのではないでやすかね?」

「そうかもしれない」


 クロードはイェスタに頷いて、アンセルとヨアヒムに視線を投げかけた。


「隠し玉の準備はどうかな?」

「いつでも出せます」

「完璧ですよ」

「よし! 解放作戦の始動に問題はない。次の懸念は、エステル・ルクレとアネッテ・ソーン。二人の救出をどうするか、だ」


 議場がしん、と静まり返る。

 楽園使徒は、和平交渉の会場である第三国ブーネイのホテルにクロードの”花嫁”を連れてくると約束していたが、正直言って守られるかどうかは疑わしい。

 ロロン提督が白い髭をすきつつ、悩ましげに呟いた。


「奇襲や後方撹乱こうほうかくらんに長けた精鋭部隊、いわばコマンド部隊が必要ですな。今から訓練していては間に合いますまい」

「押忍……。公安にも近い部署はありますが、戦闘には向いていません」

「コマンド部隊か」


 クロードがコマンドと聞いて連想するのは、山荘で娘と暮らす退役軍人を主人公にしたアメリカ映画だ。


「共和国のシュターレン閥が強いわけだ。部長は最適じゃないか……」

「たぬ? クロードには、たぬがいるたぬ。いつでも助けにいけるたぬ」


 なるほどアリスは強いだろう。単純な格闘戦能力ならば、部長に匹敵するかもしれない。

 しかしながら、監禁場所の捜査とか秘密作戦には絶対向いていない。


「それよりも、僕にいい考えがある」

「お、どんなアイデアです?」

「僕自身が潜入工作員になることだ――」

「みんな、リーダーをふんじばるんだ!」


 アンセルの声がひびくや、会議参加者がもはや手慣れたとばかりにクロードを議長席に縛り付ける。


「な、なにをするんだー」

「貴方が死んだら終わるんですよ。後ろでひっこんでてください」

「冷静に考えろ。僕が一番向いている」

「立場を先に考えてください」


 一同が議長席の側でやいのやいのと騒ぐ横で、ソフィが眉間にしわをよせて考えこんでいた。


「拠点の奥深くまで忍びこんで標的を攻撃するんだよね。最近、そんなことがあったような。ほら、あのチョーカーさん」

「「アンドルー・チョーカー!?」」


 会議室が、更なる混沌へと陥った瞬間だった。

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