第464話(6ー1)カリヤ・シュテン

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 ダイダイ色の細いブラジャーのような金属製胸当てに、股間を守る際どいV字のガードが、鍛え上げた美しい筋肉を絞り出す。

 ビキニアーマーを身につけた、初老の筋肉達磨男カリヤ・シュテン。

 彼がクローディアス・レーベンヒェルムの名前を初めて耳にしたのは、自身を蘇生してくれた恩人、ブロル・ハリアンからだった。


『シュテン。クローディアスは君と似た武器が得意でね。きっと近い世界から来たんじゃないかな?』


 白衣を着たビール腹と、別の意味でダルマに似た友曰く、クローディアス……クロードなる少年は、大国すらも恐れる邪竜ファヴニルに、玩具として見出されたという。

 本物の辺境伯の失政で滅茶苦茶になった領を治める影武者として、邪竜に引き立てられたのだ。

 

『私も昔、グリタヘイズという山村に居たんだが、レーベンヒェルム領の荒れようは酷いものだった。異国の企業に資源を奪われて商業も工業も立ち行かなくなり、連中の垂れ流すゴミで大地も腐っていた』


 邪竜の思惑は想像するしかないが……。

 先代である本物のクローディアスや、緋色革命軍マラヤ・エカルラートのダヴィッド同様に、破滅へと向かう道行を眺めようとしたのだろう。

 恵んだ力で戦争や略奪に走るも良し、緩慢に腐ってゆくも良し。どちらにしても、邪竜にとっての良い娯楽となるはずだった。

 

『あの少年は、そんな邪竜の悪巧みをゴミ箱へ放り捨て、自らの足で立ち上がったのだよ』


 クロードは、邪竜の力を使わなかった。

 そればかりか、仲間と共に赤い大地を耕して緑の農地へ変え、断たれた道や水路を繋いで商いを盛んにし、危険な地下遺跡ダンジョンから取れる物資を利用して工業化を進めた。


『クロードは、同じ邪竜の玩具であったダヴィッドと緋色革命軍マラヤ・エカルラートを打倒した。マラヤディヴァ国を悪魔の支配から解き放とうとしているんだ。私は彼がまぶしいよ』


 ブロル・ハリアンもまた、家族の仇を討つために、邪竜ファヴニルと取引し、ネオジェネシスという組織を作って配下とならざるを得なかった。

 シュテンは、恩人であるブロルが恥じているのを知っていたし、他に手段がなかったことも理解していた。

 ただ悪鬼となりはてた友が、まるで太陽を仰ぐように、クロードという少年を高く評価しているのが気になった。


(ブロルの言う通り、確かに只者ではなかったわネ)


 シュテンは、最前線でクロードと初めて交戦した際、絶対の自信があった剣技、燕返しを止められた。

 そして再戦した今、ニーズヘッグと一体化して、融合体オニとなった自身とさえ互角に切り結んでいる。


「所詮この身は屍を積み重ねる剣鬼よ。おれはきっとこの日の為に、死の淵より蘇り生きてきた!」


 カリヤ・シュテンは、刀身だけで二mを超える愛刀〝物干し竿〟を、V字、稲妻、半円と、燕が空で身を翻すが如く変幻自在に振るった。


(おれもブロルと同じだ。ガキの頃から、〝人間でないもの〟になりたかった)


 江戸幕府末期。

 彼、苅谷朱点かりやしゅてんは、武家の子供として生を受けた。

 しかし、父が出奔しゅっぽんして行方不明になった後に、迫害を受けて母を殺され、自身は山へと捨てられた。

 シュテンは過酷な環境で、父から学んだ武術を鍛え、廃寺に残された書物を学び、獣や山鳥を狩って生き延びた。

 幼き日、寝物語に聞いた巌流島がんりゅうじまの決闘。伝説の剣士が振るう〝燕返し〟を編み出したのも、この頃だったか。


(おれは、泥水をすすり木の根にかじりついて、復讐を果たした……)


 捨てられた子供は長じて鬼となり、仇たるカリヤの一族を殺し尽くした。

 神隠しに遭遇そうぐうし、蓬莱ほうらいの山や竜宮りゅうぐうの城ならぬ、戦乱の異世界へと招かれたのは、犯した罪の重さゆえか。

 それでも、シュテンは楽しかった。闘争だけが彼の生きる喜びだった。そして。


「師匠、燕返しはもう見切ったぜ。昔は握り方を変えて、今は〝手を変化させている〟んだろう?」


 天涯孤独てんがいこどくだったシュテンは、新しい繋がりを得てしまった。

 一〇〇〇年を生きる魔槍の化身ガングニールから、今はドゥーエと名乗っている養い子を紹介されたのだ。

 その子は、禁じられた魔術の生贄、殺戮を目的とする人形として育てられ、必死で逃げ出したのだという。

 いまだ捕らえられている義姉弟を助ける為に、技を教えて欲しいとせがまれた。


(血族を殺したおれが、血のつながらない姉弟を救おうとするガキを弟子にした。なんて皮肉だ)


 手のかかる弟子だった。

 武術の才能こそ恵まれていたが、生き方が不器用を通り越して迷子だった。

 家族を助けようとして自らの手で葬り、世界の終末を防ごうとしてテロリストに成り果てる、規格外の大馬鹿者だった。


(おれが、ケジメをつけねばと覚悟した)


 しかし、年齢を重ねて、左目と左手を喪失した弟子は、シュテンと互角に戦っていた。そればかりか……。


「片目を失ったからこそ、見えるものがある。手と腕に流れる血の音を聞けば、剣筋を読むのはワケねえ。これで、終いだ。きいぃえええやああっ!」


 愚かな弟子は、バカなりに懸命に生きて、良き友に巡り合ったらしい。

 刀と鉄鞘を使う不恰好な二刀流ながら、燕返しを見事に破り、頑丈な物干し竿をへし折った。


「僕は貴方ではなく、邪竜を潰す!」


 クロード。シュテンが生まれた日の本の国の、一〇〇年先の未来から来たという少年。

 彼は、殺し尽くしたはずのカリヤの末裔から、剣の基礎を学んだのだと言っていた。


(行方知れずの親父が生きていたのか、村を出ていた親戚か。まあ因果応報というヤツだ)


 シュテンは死を想った。

 けれど、クロードが振り下ろした最後の一刀は肉体を傷つけることなく、顔なし竜ニーズヘッグの端末を破壊した。

 ダイダイ色の水着鎧ビキニアーマーはバッサリ割れて、素っ裸になっていたが……。

 シュテンの場合、己の肉体美を誇りこそすれ、恥じるはずもなかった。


「は、ハハハ、あははははっ!」


 シュテンは仁王立ちになって、呵呵大笑かかたいしょうした。

 あり得ない神技だ。ニーズヘッグはただ外科手術で埋め込んだだけではない。魔法で彼の存在と不可分となり、文字通りに血肉と一体化していた。

 いざとなれば、シュテンの意識を奪って竜に変える罠だって仕組まれていた。

 そんな邪竜の悪意を、眼前の少年は快刀乱麻を断つとばかりに終わらせてみせた。


「ハハっ。まさか、まさかこのような結末があろうとはっ」


 

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