第465話(6-2)ドゥーエ、地雷を踏む

465


 復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 若葉の月(三月)。

 クロードは、邪竜ファヴニルが引き起こしたマラヤディヴァ国内戦で、名だたる勢力を平らげて、統一へ王手をかけていた。

 すでに国土の七割を奪還、国主グスタフ・ユングヴィも救出し、残る敵勢力はブロル・ハリアンが率いる魔法生命体〝ネオジェネシス〟のみ。

 そして、ブロルは邪竜ファヴニルに操られた犠牲者ゆえに、これまで戦った外道や詐欺師達とは異なり、和解の余地があった。


 クロードは、恋人関係にある守護虎アリス・ヤツフサと姫将軍セイに、マラヤ半島北方の防衛を任せ――。

 新たに仲間となったドゥーエと共に、膠着状態にあったマラヤ半島南方の要塞群を攻略――。

 ブロルと直接会談し、彼とネオジェネシスを邪竜の支配から解放するため、破竹の勢いで進軍を続けていた。

 しかし、そんな二人の前にに立ちはだかったのが、異界剣鬼シュテンである。

 クロードにとっては友人、苅谷近衛かりやこのえの祖先にあたり、ドゥーエにとっては師匠にあたる豪快な筋肉男。

 変幻自在へんげんじざいの軌跡を描く剣技〝燕返し〟と、森羅万象しんらばんしょうを雪片に変える魔性の吹雪〝顔なし竜ニーズヘッグ〟の力を振るう剣鬼を前に、二人は苦戦を強いられた。


 若葉の月(三月)二七日。

 クロードとドゥーエは、シュテンへ乾坤一擲けんこんいってきの勝負を挑んだ。

 ドゥーエは鋼鉄製の左義手を犠牲にするも、師匠たるシュテンの燕返しを破って物干し竿を両断し――。

 クロードは、妖刀ムラマサにむ、亡きドゥーエの姉弟達の力を借りて、顔なし竜ニーズヘッグを破壊した――。

 二人は、不可能と思われた作戦を見事に完遂したのだ。


「ハハっ。まさか、まさかこのような結末があろうとはっ」


 初老の筋肉達磨男は、げらげらと笑いながら膝をついた。

 へし折れた物干し竿と、真っ二つに割れた顔なし竜ニーズヘッグの端末。先程まで彼が着ていた女性用ビキニアーマーの残骸が、荒れ果てた丘陵に転がっている。


「あの邪竜は、おれを竜に無理矢理変える仕掛けを用意していた。ヤツの罠ごと切り捨てるなんて、想像もしていなかった」


 シュテンは、黄金色に染まる空の下で、晴れやかな笑顔を浮かべた。

 クロードが見るかぎり、さっきまで偉丈夫の身体に巣食っていた禍々しいエネルギー、異界剣鬼の根源とおぼしき気配がさっぱりと消えている。


「クロード、ドゥーエ……。ワタシは人間が嫌いよ。綺麗なものは汚れ、真っ直ぐなものは捻じ曲がってゆくから」


 クロードはシュテンの悲嘆を聞いて、奥歯を噛み締めた。

 勇者が後世へ託した祝福はいつしか呪いとなり、名刀は時代と共に妖刀と成り果てた。

 かつて人々を救った善良な龍神もまた、最悪の邪竜へと堕落している。


「でも、変わるからこそ強くなり、洗練もされるのね」


 変化には、悪いものもあれば、良いものもある。

 クロードもドゥーエも、二年前とは比較にならない程に成長を遂げたのだから。


「人生迷子の馬鹿弟子と、憎んだ血族の生き残りの縁者が、ワタシを超えた。ありがとう、貴方達の勝ちよ」


 クロードはシュテンの礼に、ぐっと拳を掲げた。

 ドゥーエもまた、ドレッドロックスヘアをたなびかせ、右手に手ぬぐいを掴んで駆けてくる。


「師匠ぉおおっ、まずは股間のものを仕舞え!」

「それはっ、正論、ねっ」


 ドゥーエの全力を込めたツッコミの拳が、シュテンの顔面へ直撃した。


「……素っ裸で仁王立ちはないよね」


 クロードは、落日の丘陵に巌のごとき巨体が音を立てて沈むのを、座り込んで見送った。

 ドゥーエの行動は、ここまでは常識の範疇はんちゅうであっただろう。


「師匠め。いい歳して股間のものをぶらぶらさせやがって」


 自慢の髪をドレッドロックスヘアに編み上げた戦友は、黒い隻眼でパチンと目配せして、生身の右手を差し出した。


「そうだ、クロード。先日、商業都市ティノーで、いい店を見つけたんでゲス。今からでも口直しに、綺麗なオネエちゃんの裸を見に行きましょうや」


 クロードは、ドゥーエが的確に地雷を踏んだのを知って絶句した。


(ああ。なるほど、こういうことかあ)


 クロードは、何かを言おうとして何も言えなかった。

 今も、彼の愛する青髪の侍女レアと、赤髪の女執事ソフィが、他のネオジェネシスと戦っている。

 ドゥーエも承知の上で誘ってきたのだから、本音はいたわりとからかいが半分半分だろう。


(でも、間が悪い。タイミングが最悪だ)


 ドゥーエは、知るはずもないだろう。

 クロードの身体には、彼が葬った姉弟一八名がいまだ取り憑いているのだ。

 その中の一人。これまで必死に彼を庇っていたドゥーエの嫁、三番目が心無い一言にブチ切れていた。

 

「鋳造――斬奸刀ハリセン


 クロードはせめてもの情けと、殺傷力の少ない道具を作り出した。

 頭がぐらんぐらん揺れて、背中が凍りつくように寒い。もはや意識を保つのは困難だ。


「……ドゥーエさん、あとはよろしく。話し合って、ちゃんと謝るんだよ」

「おいおい、クロード。打ちどころが悪かったゲスか? 師匠に謝る理由なんぞありませんぜ」


 ドゥーエが勘違いするのも仕方がない。

 けれど、師匠に謝る必要はなくても、他の姉弟に詫びる理由ならば山ほどあるだろう。

 クロードはもはや説明することも叶わずに、ドゥーエの手にひかれるがまま立ち上がり、意識を手放した。

 

『ソッカア、女の子の裸を見たいんだァ』


 次の瞬間。

 クロードの口から漏れ出た声は、冥府の底もかくやというおどろおどろしいものだった。


「く、クロード。どうしたんですかい? 顔色が真っ青で、まるで幽霊にでも憑かれたようじゃないでゲスか」


 ドゥーエの見込みは正しかった。

 クロードは首が奇妙に傾き、口からは泡を吹いて、瞳がぐるりと裏返っている。

 何よりも死別してなお忘れるはずもない、懐かしい気配を感じていた。


『コノ、浮気者ガああああっ』

「く、クロード。目を覚ませ。悪霊がのっとっている。だいたいストリップくらい多めに見てくれても良いだろう。人生の先輩からのアドバイスってヤツだ」

『その言い回し、あたしと気づきながら悪霊呼ばわりか。許さんっ、アンタなんてぶっ殺してやる!』


 その後、クロードに取り憑いた幽霊姉弟が振るうハリセンで、ドゥーエが袋叩きにあったのは言うまでもない。


『このバカ、大バカ、超バカヤロウ』

『そう短慮だから、いつも人生バッドルートだと気づけっ』

『生きろとは言ったけど、ここまでボンクラに生きろなんて言ってませんわっ』

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