第466話(6-3)クロードとミズキ

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 復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 若葉の月(三月)二七日。

 クロードが目を覚ました時、日はとっぷりと暮れて、黒いビロードのような夜空に白く輝く星がまたたいていた。

 頭と首筋に、温かく柔らかな感触を感じた。

 薄桃色がかった金髪の少女ミズキが膝枕で、彼の怪我を治療していたのだ。傷を負った腕や足には治癒符が貼り付けられ、包帯が丁寧に巻かれている。

 クロードが視線を移すと、月光に照らされた大きな胸の膨らみが目に入り、顔を真っ赤に染めた。


「クロードってば、なぁに照れてるのさ? レアちゃんやソフィちゃんや、可愛い彼女が一杯いる癖に」

「て、てて、照れてなんてないぞっ」


 クロードは反応が素直すぎて、自分はまだまだ成長途上だと心に戒めた。


「ミズキちゃん。シュテンさんは、寝ているのか?」


 先刻まで剣を交えていた偉丈夫は、股間に手ぬぐいを被せただけの素っ裸で、ゴォゴォと寝息を立てていた。


「よくわかんないけど、めでたしめでたしってヤツ?」


 ミズキの問いかけに、クロードは頷いた。


「うん。でも、ここからだ。これからハッピーエンドを勝ち取りに行くんだ」


 クロードは、ミズキが複雑な立場にいることを知っている。

 彼女は、佞臣ねいしんの軍閥〝四奸六賊しかんろくぞく〟が専横する、西部連邦人民共和国から派遣された工作員エージェントだ。

 クロードに隠している秘密や、立場ゆえのしがらみもあるだろう。

 ミズキがドゥーエに挑んだのも、きっとそういった因縁が積み重なったから。それでも――。


「だから、ミズキちゃんも手伝ってよ」


 クロードにとっては、かけがえのない戦友の一人だった。


「叶わないなあ」


 ミズキは両腕をあげて、豊かな胸の膨らみを弾ませ、満天の夜空を仰いだ。

 

「〝アンタの戦いを最後まで見届ける〟……それが、上から命じられたあたしの任務だよ」


 薄桃色がかった金髪の少女は、ずっと秘めていた共和国からの指令を口にした。


「クロードは見せてくれるんだろう? 邪竜から解き放たれた、誰も見たことのないマラヤディヴァ国を、さ。アンタが許してくれるなら、あたしも最後までついてゆく」

「ありがとう。心強いよ」


 クロードはミズキと背中合わせに座って、そっと手を繋いだ。


「約束する。僕は必ずファヴニルを打ち倒す」


 クロードは、澄み切った星海の下で誓う。

 この戦いで、少なくない悪党が世を乱した。

 けれど、多くの義心ある人々が彼らの非道と戦い抗った。


(ファヴニル。お前の目的が、人の悪意を煽って力を得ることなら大失敗だ。僕は、皆の想いを束ねて、必ずお前に拳を届かせる)


 クロードとミズキが、そんな風に青い友情を確かめ合っていると……、遠方から何やら恨めしげな声がブツブツと聞こえてきた。


「めでたくねえ、めでたくない。幸せな未来を目指すなら、まずは助けるべき相棒ってヤツがいませんかねえ?」


 ドゥーエは、幽霊姉弟にハリセンで叩きのめされ、大の字になって伸びていた。

 自慢のドレッドロックスヘアはひしゃげ、右目は腫れあがり、左の義手もスクラップ同然、余す所なく泥まみれで……、打ち捨てられたボロ雑巾と言わんばかりの印象だ。

 ドゥーエがいかに世界最高峰の戦士といえミズキ、シュテン、幽霊姉弟と続いた三連戦はキツかったらしい。


「でも。ドゥーエさんの声は、笑っているじゃないか」

「〝並行世界のあたし〟が、ケジメをつけたからね。もう言うことはないさ」


 クロードとミズキの冷静な反応に、ドゥーエは、芝居っ気たっぷりにオイオイと泣き始めた。


「オレの回りには鬼しかいない。優しく介抱して膝枕してくれる救いの女神はいないんでゲスか?」


 ドゥーエの恨み言を聞いて、背中合わせのクロードとミズキは思わず顔を見合わせた。が――。

 

「あいたっ。うおおお、追い討ちとは卑怯なりぃっ」


 余計な女神発言が気に障ったのだろうか?

 再び幽霊姉弟が取り憑いたらしきムラマサが、ドゥーエを峰打ちで殴り始めた。


「……放っておこうか」

「夫婦喧嘩も姉弟喧嘩も、他所様が割り込むものじゃないよね」


 ともあれ隻眼隻腕の傭兵も、数奇な運命の果てに心残りが晴れたようだ。

 ドゥーエは、ムラマサにがんがんと小突かれながらも、どこか救われた顔をしていた。


「ミズキちゃんのおかげだ。もう動けそうだ」


 彼女の手当てが功を奏したか、クロードは包帯だらけであったものの、どうにか立ち上がることが出来た。

 戦場跡に転がっていた抜き身の愛刀、八丁念仏団子刺はっちょうねんぶつだんござしを手に、河原と森の境界線を三白眼で睨みつける。


「レア達は、まだ戻ってないんだね?」

「そうだよ。ベータがはった結界も機能しているし、まだ戦闘は続いているんじゃない?」

「だったら、加勢に行かないとな」


 クロードが威勢よく刀をかざすのを見て、ミズキも鋼糸を掴んで微笑んだ。


「クロードってばタフだねえ。身体はもやしなのにさ」

「頼れる仲間がいるからな」

「よ、色男。じゃあ二人でもうちょっと暴れようか」


 クロードはミズキに支えられ、八丁念仏団子刺はっちょうねんぶつだんござしで空間を断ち切った。

 裂帛れっぱくの気合いと共に、銀光が夜闇を裂いて、ベータの作り上げた迷宮の一角が音を立てて破れた。

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