第467話(6-4)結界内の戦い

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 クロードは、身体中に治癒符と包帯を巻いた満身創痍まんしんそういながらも、薄桃色がかった金髪の少女ミズキに支えられて、愛刀たる八丁念仏団子刺はっちょうねんぶつだんござしを振りあげた。


「うおおおおっ」


 クロードは、何もない空と大地の狭間を見据え、ネオジェネシスの長兄たるベータが契約神器を用いた瞬間を思い出す。


『術式――〝展迷てんめい〟――起動!』


 あの時、ベータの丸太のごとき腕から伸びた拳、その中指にはめられた指輪が光り、戦場は分断された。

 おそらくは、イケイ谷の地下要塞に似た封鎖空間を作り上げたのだろう。


(一度は見た力だ。今の僕なら斬れる)


 クロードは溢れんばかりの気合いで、悲鳴をあげる肉体を奮い立たせた。

 八丁念仏団子刺はっちょうねんぶつだんござしが、銀の軌跡を描いて閃く。

 森と河原で形づくられた結界、不可思議な歪みの一部を破って、隠された空間に穴をこじ開けた。


「よし。これなら中に入れるか?」

「やるね、クロード。でも警戒をゆるめないで。ネオジェネシスが来るよ」


 クロードとミズキは、背中合わせに夜の森へと踏み入った。

 匂い立つような木と泥の臭い、鬨の声めいた叫びや爆発音が、求める戦場を教えてくれる。

 二人が背を低めて、木々の茂みや藪に紛れて進むと、やや開けた野原に出た。


「あおおおんっ」


 月光が照らす中、銀犬ガルムが全長五mメルカの巨大な体躯へと変化して――。


「「そりゃあああっ、いくぞぉ」」


 長槍と大槍で武装した、屈強なネオジェネシス兵五体と衝突する――。


「バウッ、ワウッ」


 ガルムは詳細不明ながら、第五位級の契約神器であり、自身の肉体を強化する魔法を得意としていた。

 普段はふさふさして柔らかい体毛も、戦場ではしなやかさはそのまま、刃物を通さないほどに硬くなっている。

 重戦車の如き装甲に守られた大型獣が、高速で体当たりをしかければどうなるか?

 ネオジェネシス兵達は槍と盾で防いだものの、風に舞うチリ紙のように跳ね飛ばされた。


「こ、これでもダメかっ」

「じ、重心が甘いのだ。次こそは耐えてみせる」

「姐さん、もう一回お願いします」


 クロードとミズキは沈黙を守ったが、藪の中で互いの顔を見合わせた。

 ガルムとネオジェネシスは、確かに戦闘中だ。しかし、正しくは〝稽古をつけている〟と、言い直すべきではなかろうか?

 二人は低木と草の茂みに身をよせあって、しばらく推移を見守った。

 クロードは、隣り合うミズキの豊かな胸が弾み、温もりが伝わってきたのにドギマギした。


「……クロード。ガルムちゃんって、味方になると心強いねえ」

「魔術塔で戦った時も、アリスと互角以上だったものなあ。ガッちゃんには負けたくないって、対抗意識を燃やしていたよ」


 ガルムの感覚は極めて鋭敏だ。

 クロードは魔術で静音化していたものの、ミズキと会話を交わしたところを感づかれた。

 銀色の大犬は兵士達を尻尾で一掃した後、鼻をすんすん鳴らし、尻尾をふりふり、藪中へ顔を突っ込んできた。


「ワフーン」

「や、やあ。無事で良かった」

「ガルムちゃん、触ってもいいかな?」


 クロードは恥ずかしそうに立ち上がり、ミズキは座ったままガルムに頬ずりをする。

 五体のネオジェネシス兵達は、その光景を見て何かを察したのか、あるいは〝勘違いした〟のか、膝をついて戦闘を中止した。


「……ああっ。無念だ。これが戦場のならいか」

「泣くんじゃない。亡き師匠も本望だったろう」

「辺境伯様。奥でベータ兄上がお待ちです」

「あ、ああ。ありがとう」


 クロードはネオジェネシス兵達の反応に首を傾げつつも、ガルムと兵士達を残し、ミズキと共に先へ進むことにした。

 二人で手を繋ぎ、足早に草の生い茂る獣道を踏み分けると、やがて広々とした河川敷へ出た。


「判断が遅イ。ソんな魔法は通用せんゾ!」


 灰色のカワウソ、テルが、白い川原と黒い水辺を駆け抜けて――。


「攻撃の手を緩めるなっ」

「ネオジェネシスの誇りを見せるのだっ」


 火球や氷柱、足止めのツタといった魔法を撃ち出す、法衣姿のネオジェネシス兵四体と交戦する――。


「攻撃が素直過ぎル。先読みヲしろ。生まれつきノ力に頼ルんじゃないっ」


 テルは四足歩行で走りながら、間断なく降り注ぐ攻撃魔法を、器用に避けてみせた。

 前足で魔術文字を刻み、時には倒木を盾に変え、時には砂利を砲弾のように打ち出して、応戦する。

 テルの正体こそは、かの邪竜ファヴニルの兄貴的存在である、元第三位級契約神器オッテルだ。

 現在は使い魔程度に弱体化したが、変化の魔術の多彩さは今なお健在だ。


「ぐはっ。伝説のオッテルとはこのように強いのか」

「距離を詰めろ。肉体と魔法を使いこなすことこそ、我らが求める強さの道だ」

「その意気やヨシ。ダガ、甘いっ」


 一見愛くるしい小動物のテルは、魔法に集中したネオジェネシス兵の懐に瞬時に飛び込み、左右の前足こぶしを叩き込んだ。

 四体のネオジェネシスは、呻き声すらままならずにバタバタと倒れる。

 ミズキは、テルの圧倒的な戦いぶりに目を見張った。


「……クロード。テルさんが弱いってフカシでしょう? 一度は勝ったって聞いたけど、よくやれたね」

「ルンダールの時は、僕だけの力じゃない。ソフィやショーコちゃんがいたからさ」


 クロードが初遭遇した時、テルは火竜の姿だった。それはもう苦戦して、何度こんがり焼かれ、幾たび噛みつかれたものか。

 テルとの戦いは、思い出すたびに肝が冷えるし……。

 何よりレアが顔色から察して、カワウソ鍋を作ろうと気張るので、なだめるのに難儀するのだ。

 クロードとミズキは隠れずに歩いてきたため、テル達は二人の姿をすぐに発見した。


「クロオド、信じテいタゾ。無事勝利しタか?」

「辺境伯様、なんとおいたわしい姿に……」

「そうですか、決着がついた。師匠ぉおおっ」


 テルは自慢気に胸を張り、悶絶していたネオジェネシス兵は倒れたまま泣き始めた。


「クロオド、メイドと執事、暑苦しいオトコは獣道の先にいるゾ」

「……ベータ兄上が、レア様、ソフィ様と戦っています。お進みください」


 そうしてクロードとミズキは、促されるがままに結界の奥へと進んだ。


「……気になるな。ベータは何を考えているんだ?」


 クロードは、結界の中で見た二つの戦いに首を傾げた。あまりにも穏便すぎる。

 声に出すことであやふやだった疑問が固まって、より明確になった。


「そうじゃない。ブロルさんは、どんな命令をベータに託したんだ?」

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