第六部/第二章 決戦! エングフレート要塞

第472話(6-9)クロード、反撃開始

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 復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 花咲の月(四月)一日。

 クロードは、丸太の壁や見張り台が軒を連ねて、エングフレート要塞をぐるりととり囲む、大同盟の軍事キャンプへと帰還した。


「皆よく持ち堪えてくれた。反撃といこうか!」

「辺境伯様。お帰りをお待ちしていました!」


 クロードは、新たに仲間となったベータと共に、イヌヴェ、サムエル、キジーの三隊長が率いる三〇〇〇の兵と、エコーら一万余のネオジェネシス兵の前に立ち、彼らを鼓舞した。


「皆に伝えたいことがある。マラヤ半島で悪事の限りを尽くし、ネオジェネシスを裏切った外道ハインツ・リンデンベルクと、奴が組織した〝新秩序革命委員会メソッド〟は討ち果たした」


 おおーっと喝采が上がり、割れるような拍手が響き渡る。

 ハインツ・リンデンベルクは、裏切りを重ねて複数の勢力を渡り歩いた、マラヤディヴァ国腐敗の元凶とも言える悪漢だった。

 大同盟にとっても、ネオエジェネシスにとっても、もはや不倶戴天ふぐたいてんの敵となっていたのだ。


「そして安心して欲しい。エングフレート要塞の主将カリヤ・シュテンは捕縛したが、生きている。ここにいるベータが証人だ」


 クロードは、先の戦いでシュテンの影響力を痛感していた。

 下手に死亡したと誤解されては、新しく仲間に加わったエコー達、友軍のネオエジェネシス兵が離反しかねない。

 彼はそのリスクを除くため、ベータへ協力を要請したのだ。


「ベータだ。クロードは、我が師父シュテンを倒し、顔なし竜ニーズヘッグの呪縛から解放してくれた。同胞と戦うことを怖れる兄弟もいるかも知れない。けれど、こう考えてはくれないか? 我らは大同盟と共に、邪竜ファヴニルの魔手から親父殿を救いに行くのだと!」


 ベータが拳を天へと突き上げた瞬間、エコーら友軍のネオジェネシスは、万雷の拍手喝采をあげた。

 クロードとベータは強く握手を交わし、軍事キャンプは燃えるような熱気に包まれた。


「僕たちも、〝エングフレート要塞の鬼子母神きしぼじん〟イザボーが擁する軍勢も、互いに兵力は一万ほどだ」


 クロードは、熱をたぎらせる兵士達に向かって呼びかける。


「しかし、彼我の戦力が同じなら、人間とネオジェネシス、二つの力を束ねた僕達が必ず勝つ。〝殺されず、そして殺すことなく〟要塞を落として、領都エンガを取り戻そう!」


 クロードの演説によって、大同盟の士気は太陽のように煌々こうこうと燃え上がっていた。

 もしも彼以外の誰かが、〝殺されず、そして殺すことなく〟要塞を落とそう、などとのたまえば――まるで現実味のないお題目と鼻で笑っただろう。

 大同盟の兵士達も、ネオジェネシスの友軍も、これまで不可能を可能に塗り替え続けたクロードだからこそ信じた。

 

「さあ陣太鼓を鳴らせ。今日が、エングフレート要塞のフィナーレだ」


 クロードが大言壮語と共に、示した第一手とは――!


「ベータ、エコー、陣地の解体を始めてくれ」


 ――まさかの自軍キャンプの破却だった。


「うおおおっ、これが我が筋肉の真価だあああっ、マッスルアイアン!」

「みんな、兄上に続くぞおおおっ」


 ベータやエコー達、ネオジェネシスの友軍が防壁をひっぺがし、見張り台を打ち崩してては、丸太や資材をまとめてイカダにする。


「毎度のことながら、辺境伯様の作戦ははちゃめちゃだよ。キジー隊、出るぞ!」


 キジーが指揮する飛行自転車の編隊が、ベータ達の作り上げたイカダを吊り下げて、エングフレート要塞を取り巻く泥地帯に投下する。


「辺境伯様がハードルをガン上げしたように見えるだろうが、いつも通りにやればいい。サムエル隊、焦らず仕事をこなすぞ」


 サムエルが差配する銃歩兵隊は、飛行自転車で輸送されてきたイカダや資材を使って、泥地にエングフレート要塞へと向かう足場を組み上げる。

 要塞側も危機を把握したか、青銅巨兵ゴーレムを先行させて盾にしながら、泥沼をすべる魔法のスキー歩兵が突撃してきた。


「辺境伯様は相変わらずだ。事情を知らぬ者には、ネオジェネシスに過大な譲歩をしたとでも叩かれるのでしょうが……。イヌヴェ隊、迎撃します!」


 イヌヴェは泥をすべる小型船カヌーに乗った部下を率いて、ゴーレムの頭部と、スキー歩兵の足板を狙い撃った。

 竜騎兵ドラグーン部隊の強みは、不安定な体勢でなお、射撃を敢行できる練度にある。大同盟きっての精鋭部隊にとっては、馬だけが乗り物ではないのだ。

 イヌヴェ隊は、巨大青銅人形の急所である頭部を蜂の巣に変え、白兵部隊のスキー板を次々に粉砕して撃退に成功した。


「……あ、あれ? 兵士達より付き合いの長いはずの隊長の方が、コメント厳しくない?」


 クロードは自軍の優勢とは対照的に、三隊長の反応を見て、ショックのあまり両手で顔を覆った。


「クロードくん、ちいさなことは気にしない。きっと照れてるだけだよ」


 赤いおかっぱ髪の女執事ソフィは、あやすようにもやし青年の背中を叩いた。


「付き合いが長いからこそ、御主人クロードさまのことをご存知なのでしょう」


 青髪の侍女レアも、情けを通じた恋人の肩上に乗ったまま頷く。

 イヌヴェ、サムエル、キジーとも、厳しい口上とは裏腹に仕事ぶりは的確だった。

 敢えて言うならば、三隊長は『自分達の頭領が何の考えもなく理想論をぶち上げるはずがない』と確信していたのだろう。


「くそ、大同盟め。クローディアスが戻った途端に動きが良くなった。連中は橋を作る気だ。要塞に取り付かせるんじゃないよ。撃てぇ!」


 イザボーが指揮する射撃部隊が、マスケット銃を乱射し、契約神器の使い手や魔術師部隊が、炎矢や氷柱、岩の砲弾といった魔法を連打する。

 しかし、クロードは慌てることなく腕を振って、防衛を命じた。


「……僕達はエングホルム領の半分を抑えた。イヌヴェ達も一ヶ月の包囲を続けてくれた。そんな弱々しい攻撃なんて効くものか」


 エングフレート要塞は、厳重な包囲を敷かれ、さらには周辺地形を泥化させたことで、食糧や武器の調達が困難になっていた。

 一方の大同盟遠征部隊は、商業都市ティノーを始めとする周辺集落から協力を得て、領外からも艦隊が補給を支えている。

 一ヶ月間積み重なった差は、この土壇場でくっきりと優劣を分けたのだ。

 ベータは、大同盟の奮闘ぶりに興味深々で、太い指で羽ペンを走らせながら手帳に書き込んでいた。


「クロード、この軍は素晴らしいぞ。貴方は繊細すぎるのではないか? 心に悩みを抱えた時は、筋肉を鍛えるといい。ストレスなんて吹き飛ぶぞっ」

「あ、うん。善処するよ」


 クロードは肉のつきにくい我が身を嘆きながらも、戦場を油断なく観察した。

 敵も味方も、沼地を切り裂いて伸びる一条の橋に、誰もが目を奪われていた。


「あともう少し。もう少し引きつけよう。本命はこれからだ!」

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