第473話(6-10)秘策あり!

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 クロードが指揮する大同盟遠征部隊は、まさかの自軍キャンプを解体。取り出した丸太のような建材、資材を用いて、エングフレート要塞へを取り巻く沼地へ橋をかけ始めた。


「大同盟のやつら、長引く戦闘でおかしくなったのかい?」


 要塞の守将イザボーが、物見台から遠視鏡オペラグラスで確認し、戦場の様相に仰天したのは言うまでも無い。

 進軍路の確保や整備も軍隊の仕事だろうが、あまりに非常識な作戦ではないか?


「……そうかい。あっちも補給切れで尻に火がついたかい。わざわざ自軍の防衛設備をバラしたのは、長期戦を捨てたから。つまり、この局面さえ乗り切ればアタイ達の勝ちだよ!」


 イザボーは乏しい銃弾をかき集め、魔術師部隊や契約神器の使い手を励まし、要塞の戦力を結集して矢雨を降らせた。


「よし、釣れた」


 クロードは、エングフレート要塞の迎撃が激しさを増すのを見て、我が策なれりとばかりに三白眼を細めた。


「エングフレート要塞は、一ヶ月の包囲で疲れ果て、勝機を欲しがっている。だから、目の前にニンジンをぶらさげることに意味がある」


 イザボーの予想とは裏腹に――。

 包囲する側の大同盟は潤沢な物資に支えられて、包囲される側のエングフレート要塞よりも遥かに余裕があった。


(とはいえ、こっちも時間がないのは本当だ)


 オットーやアリス達は経験の浅いデルタを北部戦線で釘付けにしていたが、〝姫将軍ひしょうぐん〟セイが〝万人敵ばんにんてき〟ゴルトの猛攻を阻む首都クランの防衛は危機的状況にあった。


「この要塞を陥落させれば、領都エンガに進める。そうなれば、ブロルさんのいる領都ユテスも目と鼻の先だ。無益な争いは、話し合いで終わらせる」


 クロードの目的は、ネオジェネシスの創造者、ブロル・ハリアンとの直接交渉だ。

 仮に和平が成立しなかったとしても、クロード達大同盟がエングホルム領を奪回すれば、ネオジェネシスは戦争続行に必要な地盤を完全に失う。

 そうなれば北方戦線からも首都戦線からも、兵を退かざるを得なくなるだろう。

 エングフレート要塞をめぐる攻防戦は、事実上、天下分け目の決戦となっていた。


御主人クロードさまの道は、私が切り拓きます」


 クロードの肩に乗った青髪の侍女レアが、宙に浮くはたきを操って、キジー達が操る飛行自転車隊を誘導する。

 彼女は飛行自転車のバリアを重ね、防御や強化に秀でた契約神器でサポートすることで……。

 要塞側が大型投石機で放つ岩弾や、魔術師隊が放つ巨大火球の砲撃を、見事に無力化してみせた。


「わたしも頑張るよ。みんな、クロードくんと一緒に生きて帰ろうね」


 赤いおかっぱ髪の侍女ソフィが舞う。

 大同盟の兵士達は、彼女の舞いに見惚れて、天女の如き美しさに心を奪われた。

 ソフィの舞いが沼地に爽やかな風を呼び込んで……。

 サムエルら兵士達の肩や腰にもりもりと力がみなぎり、橋を超人的な速度で組み上げてゆく。

 レアとソフィ、クロードと共にあった二人の協力で、橋はみるみるうちに伸びていった。


「ちいいっ、空がダメなら陸を狙え。橋の建造を止めろ!」


 イザボーら要塞守備隊は、マスケットの銃弾や、赤い熱線、紫の雷光を束ねて撃ち放ち、何としても進行を止めようとする。


竜騎ドラグーン隊の意地を見せる。友軍を守るのだ」


 イヌヴェ率いるカヌー部隊が果敢に応戦し、更にはドリル付きパンジャンドラムならぬ、ワニュウドウが盾となって防ぐ。

 大同盟遠征部隊は、レーベンヒェルム領軍を中核とする精鋭部隊だ。血気に逸る危うさはあれど、乗り越えてきた修羅場の数はズバ抜けている。

 クロードという統率者が戻ったことで、彼らは実力を十全に発揮し、エングフレート要塞の攻撃をはねのけた。

 戦場の中心は、いまや誰から見ても沼地の橋にあると言って良かった。


「そうだ、この瞬間を待っていた。斥候部隊が集めてくれた情報と、ベータの切り札を生かすぞ。作戦の本領はこれからだ!」

「辺境伯様、ベータ兄上、レア様、ソフィ様、ご武運をっ」


 後詰めを担当するエコーが、敬礼して見送る。

 クロードが率いるおよそ一〇〇名の奇襲部隊は、両軍の視線が集中する橋を尻目に霞のごとく姿を消した。否――。


「術式――〝展迷てんめい〟――起動!」


 ――ネオジェネシスの長男ベータは、かつてイケイ谷の工場やベナクレー丘でそうしたように、契約神器の力で泥地の地下に迷宮をつくりあげた。

 クロード達一行は、その地下迷宮の中へと潜り込んだのだ。

 

「セイから聞いたことだけど、奇襲の是非は『隠すこと』よりむしろ『相手の注意を誘導すること』にあるらしい。手品と似ているよね」


 クロードは、敵味方ともに崖っぷち、背水の陣にあると印象づけるため、あえて自軍キャンプを破却した。

 その資材を使って大がかりな橋を作り、敵味方の視線を集めるシンボルとした。


 クロードが胸で温めていた秘策とは――『地上の橋を巡って争う間に、地下迷宮という名の隠し通路を使って、エングフレート要塞内部に直接のりこむ』――ことだった。


 イザボーも冷静であれば見抜いたかも知れないが、互いのチップを全賭けした攻防戦の最中に囮と気づくのは困難だろう。


「さすがはクロード、神算鬼謀しんさんきぼうとはこのことか!」


 ベータは、泥で作られた地下迷宮を先導しながら、太い二の腕でめきめきと力瘤ちからこぶを作って、感嘆の息を吐いた。


「これならば、〝殺されず、そして殺すことなく〟要塞を落とすことも叶うだろう。いつか我が筋肉で貴方の深謀遠慮しんぼうえんりょに並びたいものだ」

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