第474話(6-11)地下奇襲作戦
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 花咲の月(四月)一日午後。
マラヤディヴァ国の未来を占う、エングフレート要塞を巡る一大決戦もいよいよ佳境を迎えていた。
大同盟遠征軍部隊を率いるイヌヴェ、サムエル、キジーの三隊長は、要塞に横付けようと沼地に橋をかけ――。
要塞守備隊を指揮する守将イザボーは、防衛の要たる地の利を活かすべく、橋の破壊に集中する――。
両軍が熾烈な激突を繰り広げる中、クロードはレア、ソフィと一〇〇名の斬り込み部隊を率いて、意表をつく秘策を実行する。
争奪戦となった橋を囮に使い――。
ベータの契約神器を使って、地下から奇襲をかけたのだ。
「さすがはクロード、
ベータは、自ら作り上げた泥の地下迷宮にしっかと立ち、鉄塊のごとき肉体を震わせながら屈託なく笑った。
「そうか? この作戦を考えついたのは、シュテンさんを倒した後だけど……」
クロードはおっかなびっくり茶色い泥床へ足を伸ばし、ゴムのようなぶにゅりとした感触に驚いた。
ベータが使う第六位級契約神器ルーンリングには、『一定範囲を迷宮化させて支配下に置く』という力がある。
魔法の可能性は無限大だが、液体さえも自在に操る光景を目の当たりにすると、なかなかに衝撃的だ。
「……ベータだってイケイ谷の時は、僕達を見事に出し抜いたじゃないか。次にやられたらたまったものじゃないって、気が気じゃなかったんだぜ?」
レーベンヒェルム領は、過去にベータが築いた地下迷宮をギリギリまで特定できなかった経験がある。
鼻の効くアリスを北部戦線に同行させ、偵察に秀でた神器を持つアンセルを首都方面軍に割り振ったのも……。
大同盟遠征軍が都市駐留をさけて、いつでも解体可能な野外キャンプを張っていたのも……。
ベータ達ネオジェネシスによる奇襲を警戒したからに他ならない。そして今、脅威は裏返ったのだ。
「そんなベータだからこそ、エングフレート要塞攻略の切り札をお願いしたんだ」
「ふふ。クロードに褒められるとは、何やら照れくさいな」
ベータは太い二の腕をぶるぶると震わせながら、照れたように大きな手で鼻の頭をかいた。
「急ぐとしよう。奇襲においては、筋肉と同じくらい速度も大切なのだと、弟のデルタが言っていた」
クロード達は足早に地下迷宮を進んだ。
泥の床を駆け、土の階段を登り、岩の扉をくぐる。
一行が要塞までの距離を踏破した頃、前方に見慣れない異物を発見した。
茶色い地下迷宮に不似合いな、真っ黒でぶ厚い装甲板が鎮座して、行き止まりになっている。
表面にはびっしりと魔術文字が刻まれていて、いかにも罠と言わんばかりだ。
「……クロード。どうやらイザボーは、地下からの潜入にすら備えていたらしい」
「〝エングフレート要塞の
クロードは片目を閉じて、右腕をすっくと伸ばした。
彼の肩に乗る青髪の侍女レアがこくこくと頷き、赤いおかっぱ髪の女執事ソフィも穏やかに微笑む。
一〇〇名の斬り込み部隊員もニカッと笑い、それぞれ剣や銃といった武器を構えた。
「鋳造――
クロードは虹色の軌跡を描く愛刀を振り抜いて、エングフレート要塞を守る装甲板を両断した。
どうやら爆発の罠が潜んでいたようだが、仕掛けごと叩き切り、彼らは遂に要塞内部への侵入を果たした。
地下倉庫らしい区域はすっからかんで、要塞守備隊の物資が尽きかけていることが実感できる。
(僕達が無敵要塞線を攻略したり、エングホルム領の大半を抑えたり、ハインツの外道が暴れたりしたものなあ……)
恵まれない状況下でなお、大同盟と互角にやり合うイザボーが凄まじいのだろう。
クロードが誘導した通り、兵士たちの大半は砦の最前線に回されていたが、警備システムが準備されていたらしい。
ビービーという耳をつんざくような警報がけたたましく鳴り響く。
「無視しよう。このままイヌヴェ達と挟み討ちにする」
クロード達は地上へと駆け上がり、不意の警報に戸惑うネオジェネシス兵へと挑みかかった。
「な、なんだ、どうしてアラームが鳴っているんだ?」
「装置が誤作動を起こしたのか?」
「外の橋がここまで届いたら要塞が落ちるんだぞ。警報なんていいから石と矢を運んでくれ」
そして、クロードの方針は正しかった。
生と死の狭間、鉄火場にいる兵士たちの意識は、すぐに切り替えられるものではない。
「いけ。鋳造――鎖!」
「辺境伯様に手投げ弾を合わせるんだ」
クロードはネオジェネシス兵の動揺を横目に、無数の鎖を大型投石機に絡み付かせて横転させ、仲間達が爆薬を投げて粉砕する。
「視界をふさぎます。鋳造――バケツ」
「眠りの雲や錯乱の霧だ。ありったけの呪文を放つぞ」
クロードの肩に乗った、小さな青髪の侍女レアが一〇〇〇を超えるバケツを作り出し、沼地から泥水を汲み出してばらまく。
頭上から降り注ぐ異物で守備隊の視線を奪い、更に魔術師達による妨害魔法が混乱を拡大させる。
「みずち、やるよっ!」
「麻痺弾は装填済みです。総員、銃撃はじめ」
赤いおかっぱ髪の女執事ソフィが、レアが注いだ泥水を操る。
彼女は泥水から水蒸気を分離させて、要塞守備隊のマスケット銃へ送り込み、酸化させることで内部を破壊。
彼女を支援する部隊の銃撃が、麻痺の魔弾を叩き込んだ。
「うわああっ。どこから攻撃が来たんだ?」
「寝るな、暴れるな。何がどうなってる?」
「奇襲か、故障か。わけがわからないぞ?」
クロード達の活躍によって、エングフレート要塞内部は
要塞の外ではイヌヴェ、サムエル、キジーらが率いる遠征軍本体が呼応して、急ピッチで橋を組み立ててゆく。
大同盟はいままさに王手をかけようとしていた。しかし。
「全員注目! アタイを見ろ!!」
灰色の軍服の上に革鎧を身につけた守将イザボーが、浮き足だった兵士達の中心へと躍り出るや……。騒乱状態だった要塞は、たちまちのうちに静まりかえった。
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