第469話(6-6)次なる戦場へ

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 クロードはレア、ソフィと共に転倒し、イチャイチャ団子状態で戯れていた。

 ベータはそんな三人を生暖かく見守っていたが、やがて赤く腫れた目元を拭った。


「クローディアス。親父殿からは、師父が過去に決着をつける手助けをするよう、そしてもしも貴方達が勝利した暁には、大同盟に降伏するよう頼まれていた」

「ベータ、ありがとう。エコー達と一緒に力を貸して欲しい」


 クロードは若干、名残なごりが惜しかったものの、レアを肩に乗せ、ソフィの手を引いて立ち上がった。

 どうやらブロル・ハリアンも、盟友たるシュテンが過去を乗り越えるように配慮していたらしい。

 ベータが戦いに積極的でなかった理由も、これで明らかになった。


(……本当に?)


 クロードは眉間にしわを寄せた。

 一見筋が通っているように見えるが、結果からすると、ブロルは此方を支援しているかのようだ。

 それは邪竜の傀儡であり、ネオジェネシスを束ねる立場と矛盾している。


(ブロルさんも話し合いを望んでいるのなら、和平や停戦に応じてくれればいい。好戦的なゴルトさんや、外道のハインツがいたから動けなかったのか? 組織が一枚岩でないのは、どこも一緒だろうけど)


 クロードは三白眼に力を込めて、ベータの顔をうかがったが、筋肉青年の横顔は悲しみの一色に染まり、感情を読み取るのは困難だった。


「……クローディアス。カリヤ・シュテンは、誤解を招きやすい方だった。それでもベータ達にとっては、師とも父とも呼べる存在だったんだ」

「豪快だけど、面倒見がよさそうだね」


 あのドゥーエを育て上げたのだから、師匠としての手腕と寛容さは折り紙付きだろう。


「だから、ほんの少しの時間でいい。我らが師父の冥福を祈らせてくれないか?」

「……?」


 クロードは、ベータが膝をついて合掌するのを見ておおいに戸惑った。


(あ、ああっ。そういうことかっ)


 ネオジェネシス兵が流した涙の理由に、ようやく思い至った。

 ベータ達は、シュテンが命を落としたものと誤解しているようだ。


「ベータ。シュテンさんなら、素っ裸で寝てるよ」

「え? ええええええ!?」


 筋肉青年は驚愕のあまり雄叫びをあげて、青髪の侍女と赤髪の女執事は揃って首を傾げた。


「ソフィ、裸ってどういうことでしょう?」

「……うーん、変わった健康法かな?」


 かくして空間を隔てる結界を解かれ、クロード達とネオジェネシス一〇名は、共にベナクレー丘に帰還した。

 ドゥーエとシュテンは、師弟仲良く並んで丸太を枕に高いびきをかいていた。

 レアは小さな体で医療用の毛布を運んで彼らにかぶせ、ソフィは救急箱を手に怪我人の間を走り回っている。


「クローディアス、いや、クロード。心より感謝し、敬服する。他には何も言えない」


 そして、ベータ達、ネオジェネシスはソフィの治療を受けながら、白髪を振り乱し白い瞳から涙を流して、歓喜にむせいでいた。


「師父は、貴方達と戦う時は二度と戻らぬものと思えと、以前から言い含めておりました」

「かの邪竜ファヴニルも、何やら罠を仕掛けていた様子。てっきり今生の別離とばかり……」


 クロードは、男泣きに泣くネオジェネシス一〇名に囲まれながら、冷や汗が止まらなかった。


(間一髪じゃないか。融合した端末だけを斬らずに、普通に倒していたら顔なし竜ニーズヘッグが暴れていたのか)


 シュテンの強さは、鍛え抜かれた肉体と、変幻自在の技、研ぎ澄まされた精神性にこそある。

 彼が暴走竜に変化したとしても、強みを失った怪物ならば、負ける道理はないだろう。

 だがその時、クロード達は果たして殺さずに解決できただろうか?


「僕だけじゃ無理だった。ドゥーエさんと一緒だったし、ムラマサも手伝ってくれたから、シュテンさんを助けられたのさ。うまく行って良かったよ」


 クロードは安堵の息を吐いたが、ベータ達はそんな彼を囲んで胴上げを始めた。


「万歳! 貴方は命の恩人だ!」

「まさに辺境伯様こそ、マラヤディヴァ国を救われる御方!」

「我々も少しでも辺境伯様に近づけるよう、筋肉を鍛えます!」

「ちょ、ま、ええっ」


 わっしょいわっしょいという胴上げは――。


「クロードくんも、ベータさん達も、ケガしてるでしょう。まずは手当をする!」

「「ごめんなさーい」」


 ソフィが両手いっぱいの外科用治癒薬ポーションを頭から浴びせて、一喝したことで終わった。


「ソフィ様。姉貴と面差しは全く違うのに、どこか似ている気がする」

「アルファ様も、家族の調停にキリキリしていますからね」

『そう、お姉ちゃんは大変なんです!』


 ドゥーエの手元で、ちゃっかりムラマサまでが自己主張していた。どこの家も、姉は大変らしかった。

 ともあれ、レアとソフィの献身的な看護の甲斐あって、クロード達は一息つくことが出来た。

 ドゥーエとシュテンは眠ったままだが、彼ら二人(とムラマサ)は、起きると大変そうなので放置している。

 

御主人クロードさま。一度、拠点に戻られますか?」


 小さなレアに耳元で尋ねられ、クロードはくすぐったそうに顔を赤らめたものの、すぐに真顔へ戻った。


「いや、ハインツを倒して〝新秩序革命委員会メソッド〟を壊滅させた今が、千載一遇せんざいいちぐうのチャンスだ」


 クロード達大同盟にとっても、ブロルらネオジェネシスにとっても、ハインツというブレーキの壊れた悪党は、最大の懸念材料けねんざいりょうだった。

 討伐に成功した以上、今後は総力戦となる。ならば先手を打つことこそ、今後の趨勢すうせいを決める一手となるに違いない。

 クロードは、脳裏に複数の戦場と彼我ひがの戦力を描きながら、矢継ぎ早に指示を飛ばした。


「テルとガルムちゃんは、ドゥーエさんとシュテンさん、ネオジェネシスの皆を連れて、商業都市ティノーに向かってくれ」

「おうヨ。ハインツから救出しタ避難民も、一緒に連れて行こう」

「バウっ」


 灰色のカワウソと銀色の犬が、任せろと尻尾を振る。

 

「助かる。そして、レアとソフィ、ミズキさん、ベータは僕についてきて欲しい。エングフレート要塞を落とし、領都エンガへの道をこじ開ける」

「はい。御主人クロードさまと一緒です」

「頑張っちゃうよ」

「父の命れ。いいや、この前ベータの誇りと魂にかけて、貴方と共に試練に挑もう」


 クロードは、頼れる仲間たちの笑顔に力が湧いてくる気がした。

 そして、ブロル・ハリアンの、悲壮な蒼い光を宿した、灰色の瞳を思い出して胸が痛んだ。


(ブロルさんが何を考えていたとしても、僕の目指す未来は変わらない。ファヴニルをぶん殴って、皆に自由な明日を取り戻す!)

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