第440話(5ー78)ビキニ戦士の正体

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 クロード、そしてレアと一体化したソフィは、闇の中から現れた剣士の姿に驚愕きょうがくした。

 白髪が混じった黒髪の、高齢ながらもみっしりと鍛えあげられた筋肉質な武人。

 彼は物干し竿ほどもある長い刀を持つだけに留まらず、女性物のブラジャーとショーツに似た金属製の鎧、ビキニアーマーを身につけていたからだ。


「「へ、変態だあっ!?」」


 老剣士の格好は、ほとんど下着姿に等しかった。

 ビキニアーマーは、地球史において北米の大衆向け雑誌から生まれたとされる、セクシャルな衣装であるが……。

 すね毛の生えたガチムチマッチョなオッサンが着ても、似合っているとは言い難かった。

 

「まあ変態だなんて、失礼しちゃうわ」


 老剣士はクロード達をたしなめたが、戦場にもドレスコードはあるだろう。

 彼はしゃなりしゃなりとステップを踏み、ドゥーエと正面から向き合った。


「今は、ドゥーエと名乗っているのよね? お師様と感動の再会よっ。さあ飛び込んできなさい。抱きしめてあ、げ、る☆」


 ドゥーエは、ドレッドロックスヘアを力なく垂らして、黒い瞳で師を名乗る不審者を見つめながら、強張った唇を動かした。


「……カリヤ・シュテン。アンタが生きているはずがない」

「え。カリヤで、シュテン?」


 クロードは、ドゥーエの呟いた姓と名に聞き覚えがあった。

 

刈谷カリヤ近衛コノエ。演劇部の一員で、男装を好んだ先輩と同じ苗字だ……)


 思い出したのは、異性の服を身にまとうという、共通点があったからか。あるいは、平安時代の、大江山に名高い鬼の首領と同じ名前の音だったからか。

 部活の休憩中。男装先輩が語った怪談の中に、同姓同名の人物が登場していた。


「オレは、師匠の最期を看取って、亡骸なきがらを土に埋めたんだ」

「ええ、確かに一度は死んじゃったわ。でも、ね。アタシ達の世界で、貴方が戦っていた〝四奸六賊しかんろくぞくに、甦らせられたの。第一位級契約神器イドゥンのリンゴって言うんだけど、知っているわよね?」


 第一位級契約神器イドゥンのリンゴ。

 ドゥーエがいた並行世界では〝四奸六賊しかんろくぞく〟が保有したらしいが……。

 クロード達がいるこの世界では、ネオジェネシスの創造者ブロル・ハリアンが契約している。


「ワタシ、ちょっと前までは動く死体だったのよ。でも、ブロルさんのお世話になって、今はこの通りネオジェネシスって新しい肉体を得たわ」

「オレ達がいた世界の情報を、システム・ヘルヘイムを売り渡して、かよ!」


 ドゥーエが叫ぶと同時に、彼の黒い瞳が青く輝いた。ドレッドロックスヘアが宙を舞い、酔っ払ったように重力感のない歩法から、滑るように接近して斬りかかる。

 カリヤ・シュテンが握るのは、刀身だけでも二mはある長すぎる刀だ。懐にさえ入ってしまえば、使い物になるまい。

 ドゥーエは袈裟けさ斬りを主軸に、大円、小円を組み合わせ、螺旋を描くように連続して斬りつける。


「……馬鹿弟子が。まるで成長していない」


 カリヤ・シュテンの声域が、かすれ気味のアルトから、落ち着いたバリトンに変わる。

 ドゥーエの剣は、強く速く重かった。

 しかし、忘れてはいけない。ネオジェネシスは――人間以上の力――鬼の如き怪力を誇るのだ。

 老剣士は刀の長さをものともせず、ドゥーエの息もつかせぬラッシュを、しのぎを使って危なげなく受け流した。


「目を離した隙に老けたかと思いきや、興醒きょうざめよ」


 シュテンの破廉恥な装束から長い脚が伸びて、ドゥーエの胸板に突き刺さる。

 一撃、二撃、三撃、四撃。ハイキックを皮切りに、肘打ち、膝蹴り、掌底を叩き込み、躍動感あふれる回し蹴りで締めた。


「けはっ、がっ」


 ドゥーエはたまらず吹き飛んだ。

 シュテンは、物干し竿のように長い刀を振るい、容赦なく追撃する。


「ドゥーエさんは、やらせないっ」


 クロードはドゥーエを守るため、打刀と脇差の二刀を手に飛び込んだ。

 しかし、刀を弾こうとした瞬間――、あたかも燕が宙を舞うように、切っ先が正反対の方向と転換した。


鮮血兜鎧ブラッドアーマー展開!」


 クロードは体内に宿した、ショーコ謹製の鎧を身にまとう。血のように赤い粘液が彼の身体を覆うと同時に、シュテンが振るう刃が胴に直撃する。


(九死に一生を拾ったかっ)


 老剣士は、衝撃を散らされたことに驚きつつも、更なる一撃を加えようとして……。


御主人クロードさま、ご無事ですかっ」

「こんのぉっ」


 レアとソフィがはたきと水弾を叩き込んだため、攻撃の手が止まった。


「ふうん。もやし男さん、刃が通らないなんて変わった体ね。赤と青髪の子の魔法も楽しいわ」


 シュテンは、肉食獣のように獰猛どうもうな笑みを見せると、更に剣を加速させた。


「一緒に戦おう、三人なら負けない!」

「「はい!」」

 

 クロードとレア、ソフィは、息を合わせてシュテンに挑んだ。


「貴方の長い刀、封じます」


 レアが一〇〇を超えるはたきを放って牽制(けんせい)、刀の動きを妨げる為に空間を埋めて――。


「早いから、足をもらうね」


 ソフィが魔杖みずちから伸びた水を操って、雪原を歩行困難な泥地に変え――。


「雷切っ、火車切っ。ありったけだ」


 天も地も制した後、クロードはトドメとばけりに雷と炎を浴びせかけた。


「いい連携じゃなぁい。どーんと来なさい。何人でも受け止めてあげる☆」


 しかし、シュテンには通じない。

 理屈は不明だが、はたきはもちろん、水も雷も炎も何もかも、キレイさっぱり刀で消し去られてしまう。


(おかげで太刀筋が見えてきた。基本はドゥーエさんと同じ、袈裟けさ斬りを中心とした円弧の動きだ。燕みたいに変則的な動きをするのは、ここぞという時だけ)


 その〝ここぞ〟が厄介なのだが、クロードは不思議なことに見覚えがあった。

 

(ベータの拳に通じるな。アイツの攻撃の組み立ては、きっとシュテンさんが教えたものだ)


 そして、もうひとり。

 クロードは朧げながらも、刀が生み出す美しい軌跡を覚えていた。


「ここ、だあっ」


 クロードは物干し竿が跳ねる瞬間を見切って、二刀を叩きつけた。

 残念ながら折ることは叶わなかったが、刃のダンスがようやく止まる。

 ビキニアーマーの老剣士は、頬へ左手を当てて体をくねらせた。


「おかしいわね。貴方、まるでワタシの剣を知っているみたい。でも、ウチでは二刀流なんて教えていないし、そもそも馬鹿弟子以外に伝えた記憶はないのだけれど」

「……僕が学んだ剣は、佐々鞍ささくら流と言います」


 ほぼ我流だが、ササクラ翁の弟子であるソフィやテルから指導を受けているから、間違いではないだろう。


「ですが……。貴方の子孫に、手ほどきを受けたことがあります。刈谷カリヤ朱点シュテン。江戸時代末期に刈谷家を滅ぼしかけた赤鬼とは、貴方のことですね?」


 クロードの問いに、老剣士はケラケラと笑い始めた。


「アハ、アハハ。そう、そうなの。まさか生き残りがいたとはね!」

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