第五部/第八章 救う者と巣食う者

第439話(5ー77)闇を裂く銀光と、ビキニアーマー

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 復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 芽吹の月(一月)一四日。

 黄金色の太陽が地平線に沈み、薄紫色をした夜の帳が空を覆う中――。

 クロード。そして、レアと一体化したソフィの三人は、顔なし竜ニーズヘッグ二機と交戦、雷切らいきり火車切かしゃぎり、魔杖みずちのコンビネーションで見事撃破に成功した。

 ほぼ同時刻。ドレッドロックスヘアが目立つ隻眼隻腕の剣客ドゥーエもまた、を大上段に振りかぶったムラマサで顔なし竜ニーズヘッグの頭部を一刀両断する。

 彼の場合、クロードやソフィと異なり、大蛇の無限再生能力を浄化で止めることは出来ないが……。

 ムラマサに宿る幽霊の助力か、それとも背負った死のシステム・ヘルヘイム故か、全長二〇mに及ぶ小山のような巨体は雪氷となってドゥと崩れ落ちた。

 雪原となった荒野に、雷鳴のような歓声が響き渡った。


「辺境伯様、見事な二刀捌きです! レア様、ソフィ様、お美しい!」

「親戚の方、凄いです。さすがは国主様の切り札!」

「ああ、勿体ない。ハブ酒にしたかった」


 中には素っ頓狂とんきょうな反応も混じっていたものの、大同盟ばかりかネオジェネシスの兵士達までもが、両手をあげて歓喜にむせいでいる。

 クロード達は、イザボーら残敵の掃討をサムエル隊に任せて、ドゥーエを労おうと笑みを浮かべて駆けつけた。


「ドゥーエさん、よくやってくれた!」

「最初の蹴り技、格好良かったよっ」

「見事な技でした」


 ドゥーエが蛇竜を制した連続攻撃は、三人が見惚れるほどに鮮烈だった。

 しかし、彼の顔に勝利の喜びはなかった。


辺境伯クロード様、レア様、ソフィ様、ちょうど良かったでゲス。すぐにオレの背中へ移動してください」


 ドレッドロックスヘアの剣客には、警戒と恐怖の感情がありありと浮かんでいた。


「どうしたの、ドゥーエさん。エコー隊は退却したし、イザボー隊も総崩れだ。戦いはもう終わりだよ」

「いいえ、辺境伯様。まだ終わっちゃいないでゲス」


 ドゥーエは、凍るように輝くムラマサを構えたまま、何かの気配を探っている。


「……辺境伯様はたいしたお方だ。どんな強敵を相手にも臆することなく、準備万端を重ねて、幾度も勝利を重ねてきたでゲス。オレには出来なかったことだ」

「ドゥーエさん?」


 勇者の末裔たる男は、並行世界でも此方の世界でも、愛する者と仲間を守ることができなかった。

 ドゥーエがクロードにかけた言葉は、心からの称賛であり、嫉妬でもあったのだろう。


「オレには、大隊長でも重いんでゲスよ。一兵卒として、敵の不意をつくのが精一杯。それでも、オレはアンタを守りたい。アンタの為にこの刀を振るうと決めた」


 クロードには、ドゥーエが何を警戒しているのかわからなかった。

 ネオジェネシス軍は総崩れとなり、顔なし竜も全滅させた。

 誰が見ても、戦の勝敗は明らかだろう。


(だから、奇襲を仕掛けるなら今、とか?)


 クロードは、夜風の気配が変わるのを感じた。

 鎧の下で肌が泡立ち、心臓が脈打つ。

 彼の肉体が、生命の危機を訴えている。


「レア、ソフィっ!」

「「御主人クロードくん」」


 クロードが半ば青に染まった赤髪の少女を抱きしめるのと、侍女と一体化した女執事が彼に抱きついたのは、ほぼ同時だった。

 クロードは一〇〇を超えるはたきを展開、ソフィは水を操って間を繋ぎ、レアが防御結界を構築する。

 三人がかりで組み上げた鉄壁の布陣だ。

 それでも悪寒はおさまらない。


(なんだ、この気配。さっき倒したニーズヘッグより恐ろしい。どうなっている?)


 クロードは、レアとソフィを抱きしめたまま、雷切と火車切を構えた。

 彼の肩に回された手が熱い。重なった柔らかな胸から心音を感じる。血の流れと温もりが伝わってくる。

 その熱を、彼と彼女達の生命を断つべく、死神の鎌を連想させる冷たい銀光が、夜闇を裂いて飛んできた。


「……!?」


 ドゥーエは夜闇に紛れて見えないものの、気配を辿って敵に応戦、ムラマサで攻撃を弾き飛ばした。

 にも関わらず、流れる水とはたきで作られた防御結界の半分が、一瞬で断ち切られた。


「嘘だろっ。どんな軌跡だよっ?」


 クロードは驚愕した。

 銃の一斉掃射や、魔法による爆撃ならば、納得できただろう。

 結界を断ち切ったのは、全長二mはあるだろう、とてつもなく長い刀身の片刃剣だ。

 直角、水平、円、ジグザグ……。

 燕がエサを求めて、無茶苦茶な角度で方向転換するように、三六〇度、縦横無尽に刃が閃いてゆく。


「信じられない。こんなに長い刀、非常識です」

「おかしいよ。剣とか、刀って、そんな風に動かないっ」


 レアとソフィが疑問を口にするのは、もっともだ。

 何事にもバランスというものがある。適切に握り、適切に力を入れて、適切に斬る。

 その為に、武器や武術は磨かれてきた。

 見えないどこかから飛んでくる刃は、あまにり異様だ。

 

「辺境伯様、お二方、落ち着いてください。本来なら、見せた相手は――必ず殺す――大道芸でゲス。初見殺しで決めるか、意識を誘導して仕留める。こうも雑な太刀筋なら、怖くもなんとも無い」


 クロードは、「そういうのは、大道芸じやなくて必殺技と言わないか?」とか、「ドゥーエは、使い手と面識があるのか?」とか、無性にツッコミを入れたかったが、それどころではなかった。

 太刀筋が読めない。目で追うことすら危うい。先に作り上げた防御結界は、あっという間に削られて、消えるまであと数秒だ。


「面ごと粉砕します。合わせてください」

「わかった。雷切らいきり火車切かしゃぎり!」

「レアちゃん、みずち、力を貸してっ」


 ドゥーエのムラマサが呼び出す吹雪に導かれ、クロードが雷と炎の嵐を巻き起こし、レアとソフィが瀑布のような水を叩きつける。

 怒涛(どとう)の三連撃だ。たとえ相手が顔なし竜ニーズヘッグであっても、無傷ではいられないだろう。しかし……。


「ンフフ、素敵☆ 」


 歓喜がにじむ野太い声は、敵が健在であると示していた。

 闇が晴れて、謎だった剣士の姿が露わになる。


「あ、あ、あ……」


 クロードは、顎が落ちるほど口を大きく開けた。

 ダイダイ色の細いブラジャーのような金属製胸当てに、股間を守る際どいV字のガード。

 すなわち、水着鎧ビキニアーマー

 白髪まじりの黒髪にすね毛がボーボー生えた、年配のおっさんが、そんな露出たっぷりの鎧を着て、不格好にしなをつくっていた。


「「へ、変態だあー!?」」

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