第438話(5-76)もうひとりの竜を狩る者

438


 復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 芽吹の月(一月)一四日。

 クロードはネオジェネシスを打倒すべく、大同盟艦隊を率いてエングホルム領に上陸。長大な塹壕ざんごう網と無数の砦が並び立つ無敵要塞線へと挑んだ。

 ソフィが開発した糸巻きオバケパンジャンドラムならぬ、秘密兵器ワニュウドウの活躍もあり、大同盟はネオジェネシスを相手に優位に戦闘を進める。

 しかし、裏切り者の元国立大学学長ハインツ・リンデンベルクが、平行世界の技術を応用した顔なし竜ニーズヘッグ三機を投入。

 自軍であるはずのネオジェネシスごと大同盟をなぎ払うという暴挙に出たことで、戦場は大混乱に陥っていた。


辺境伯クローディアス様が顔なし竜ニーズヘッグ二機を撃破。しかし、もう一機が止まりません!」


 混迷の戦場を観測する偵察部隊が悲鳴をあげる。

 全長二〇mの巨大な蛇竜が動くたび、塹壕は潰れ、ネオジェネシスの兵士達が下敷きになって散ってゆく。

 大同盟はハインツ学長の外道行為に混乱しつつも、迎撃に全力を尽くしていた。

 ワニュウドウを盾に使い、飛行自転車隊による上空からの爆撃と、ライフル銃による一斉射撃を重ねたのだ。


「着弾を確認。ダメです! 顔なし竜ニーズヘッグは、背部より吹雪を展開。攻撃がまるで通じませんっ」


 相手は巨体だ。

 適当に撃っても当たるはずなのに、蛇の背中から噴射する雪と風の翼が、爆弾を氷漬けにし弾丸をすりつぶし、あらゆる攻撃を消滅させてしまう。

 邪竜ファヴニルが、平行世界の技術たるシステム・ヘルヘイムを翻案し、作り上げた最悪の兵器だった。


「ロジオン、いえドゥーエ大隊長。出陣をお願いします」


 鉄砲騎馬ドラグーン隊隊長のイヌヴェは部下に後退を命じつつ、名目上の上司であるドゥーエに迎撃をうながした。


「まったく、どうしてこうなった!」

「そりゃあ、ドゥーエさんがホイホイ作戦書に署名しちゃったからでしょう」


 ドゥーエがドレッドロックスヘアを振り乱して嘆くと、イヌヴェが澄ました顔でツッコミを入れた。

 彼らはレーベンヒェルム領領都防衛戦の頃、〝赤い導家士どうけし〟で共に戦った経験があり、互いに見知った仲だった。


「確かにシステム・ヘルヘイムが必要な場面では、他の兵員がつゆ払いにつとめた後、対処すると書いているな。誰だ、こんな大雑把な作戦書を作った奴は!?」

「ミズキさんです」


 ドゥーエは、予期せぬ名前にぐうの音も出なかった。


「アハハ。酔っ払ってもいないのに、重要書類へ適当にサインしちゃう癖があるって、本当だったんですね」


 同じく元赤い導家士である、キジーも話にのっかった。

 彼は先ほどまで、飛行自転車隊を率いて爆撃を繰り返していたのだが……

 まるで歯が立たなかったことから、陣地まで後退してきたのだ。


「キジーよ、左様な事をいったい誰が言ったんだ?」

「ミズキさんですよ」


 ドゥーエはひとつだけ残った右目を右手で抑え、左の機械仕掛けの義手をみしみしと鳴らした。

 薄桃色がかった金髪のグラマラスな少女が、あっかんべーと挑発するのが目に見えるようだ。

 並行世界では彼の嫁となった幼馴染だが、この世界では敵対状態なので、まるで容赦がない。


「わかった。戦っている方がまだマシだ」


 ドゥーエは哀愁あいしゅうすら感じさせるすすけた背中で、大同盟へと近づいてくる巨大蛇に向けて走り出した。

 事情を知らない一般兵達が「国主の親戚に何かあってはいけない」と付き添おうとしたが、イヌヴェとキジーは両手を広げて止める。


「大丈夫です。あの人が負けるはずがない」

「戦士としてなら、ある意味最強だよ、きっと」


 かくして大同盟の兵士達が見守る中、ドゥーエは鎖で厳重に縛りあげた竹刀袋を掴んだ。


「GAAAAっ!」


 目鼻と耳がなくのっぺら坊じみた顔無し竜ニーズヘッグは、裂けた口を大きく開いて吠えている。

 吹雪の翼がはためくたびに、塹壕は崩れて雪に埋もれ、平地へと変化してゆく。

 運悪く巻き込まれたネオジェネシス兵達は、悲痛な叫びをあげながら、氷片となって朽ちていった。


(さすがに見過ごせんよな)


 ドゥーエはため息を吐いた。

 システム・ニーズヘッグは、元は彼がいた世界で、仇たる四奸六賊しかんろくぞくによって開発されたシステム・ヘルヘイムの技術が応用されている。

 彼が元いた世界の何者かが、ネオジェネシスに助力しているのだ。


「起きろ、ムラマサ」


 ドゥーエの手の中で、厳重に刀を封じた鎖が、紫電を帯びながら自ら解けてゆく。

 まるで意思を持つように自ら鞘が外れ、凍るように冷たい刀身から、吹雪が舞い上がった。

 ムラマサよりいずる吹雪ヘルヘイムと、顔なし竜が生み出す吹雪ニーズヘッグは相殺しながら、闇の中へと消えてゆく。

 気がつけば、太陽はもう地平線に沈んで、戦場は薄闇に包まれていた。


「GAAAAAAAっ!」


 顔なし竜は、吹雪だけでは倒せないと悟ったか、灰色の鱗を連続して飛ばして来た。


「そんな攻撃が当たるかよっ」


 ドゥーエは左義手から鋼糸の束を射出して、鱗を操りぶつけ合わせて引き倒す。


「GYA! GAAAAAAA!」


 ニーズヘッグは全身から一〇〇を超える触腕を槍のように伸ばしてきたが、ドゥーエはこれも鋼糸で切り刻んだ。


「臆病よな。同じシステム・ニーズヘッグの使い手でも、お前はベックの阿呆ほどにゃ強くないか」

「GAAAAAAA!」


 巨大な怪物はらちがあかぬとみたか、それとも挑発に乗ったのか、雪原を突っ切ってドゥーエに襲いかかってきた。

 ドゥーエもまた酔っ払ったかのように覚束ない千鳥足で、稲妻のようにジグザグと方向を変えながら接近した。

 巨大蛇は、鴨がネギを背負って来たとばかりに、真っ赤なあぎとを大きく開ける。


「……斬ってくると考えただろう? それがお前の油断だよ」


 ドゥーエはニーズヘッグに笑いかけ、大地を踏んで跳ねた。己を喰らわんと迫る蛇の顎を、宙返りしながら蹴り上げる。

 ドゥーエはいわゆるサマーソルトキックを炸裂させながら、光輝く魔術文字を刻み込み、顔なし竜の口部を凍結させた。


「……!?」


 ドゥーエはバク転を成功させた後、ニーズヘッグの首元を蹴って頭上へと着地する。


「さあ、付き合ってもらおうか!」


 ドゥーエは左義手に仕込んだ刃で、眉間にある灰色の鱗を粉砕、再生すら間に合わない速度で切り刻んだ。


「……!?」


 悲鳴はない。

 多くの命を飲み込んだ、竜の顎はすでに機能していない。


「あばよ」


 最後にドゥーエは、大上段からの切り落としで、怪物蛇の頭部を真っ二つに断ち割った。

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