第437話(5ー75)誰が情報を流したか?

437


 ドゥーエは世界が雪に包まれた後のことを、話したくはなかった。

 善人も悪人も、彼が学んだ剣の師も、愛した幼馴染みも、誰もが等しく死んでいった……。


「吹雪に閉ざされた世界で、まず食物が無くなりやした。衣服や住居が不足したのもすぐです。幼子や老人から倒れて、後はご想像の通りです」

「力のある国は、民が全滅する前に世界を変えようとした。第一位級契約神器――七つの鍵を巡って、戦争が起こったのだね?」


 国主グスタフの問いかけに、ドゥーエは頷いた。

 胸が痛い・・・・。心が罪の重さで悲鳴をあげる。

 だから、肝心な部分、末妹については決して話さなかった。


「オレはガングニールに救われて、並行する過去の世界、〝ここ〟へやってきました。一緒に飛んだのは、一〇〇人くらいだったかな? 世界を移動した者は記憶を失いやす。オレも例に漏れず、途方に暮れていたところを〝赤い導家士どうけし〟に拾われたワケでゲス」


 ――嘘ではない。

 嘘ではないが、ドゥーエは核心となる部分を語らずに終わらせた。

 クロードやハサネは勿論、国主グスタフも見抜いていただろう。彼らの表情には、警戒心がほの見えている。

 やがて、グスタフはドゥーエから視線を逸らして、広間に集った実力者達へと呼びかけた。


「皆のもの。私は、ドゥーエ君の話を聞いて心を決めた。彼をユングヴィ家の縁戚として迎えたいと思う」


 そう、とんでもない爆弾を投下したのだ。


「こ、国主閣下、いったい何を言ってるでゲス。そんなの許されるわけないでしょう?」


 ドゥーエは、驚きのあまりひっくりかえった。

 なにせ、元は世界中を荒らし回った極悪非道の国際テロリスト団体〝赤い導家士どうけし〟の協力者である。


(クロード、ミズキ、言ってやれ!)


 が、クロードは頷いた。嫁と瓜二つの少女もなぜか拒まない。一同は、国主のぶっとんだ提案を受け入れて、反対したのは、国主の懐刀であるオクセンシュルナ議員だけだ。

 

「閣下、彼の供述が真実であるという保証がありません」


 ドゥーエは頑張れ頑張れと、議員を心から応援したのだが――。


「オクセンシュルナ。ブロル・ハリアンと、エカルド・ベックのことを思い出せ。並行世界の技術は、すでにファヴニル側に流出している。我々にはドゥーエ君の力が必要だ」

「……閣下の御心のままに」


 オクセンシュルナ議員もまた、あっさりと反対を取り止めてしまった。

 ハサネやブリギッタが待っていたかのように祝福の口上を述べ、レアを肩に乗せたソフィが臨時のお手伝いを連れていそいそと御馳走を運んでくる。

 ドゥーエは粘って反対したが、多勢に無勢ではいかんともできず、押し切られてしまった。


(やられた! とっくに根回し済みじゃねえか。二階の大会議室じゃなくて広間を使ったのも、うたげを予定していたからか)


 ドゥーエが、真相に気づいた時には遅かった。

 今回の会議は、すでに結論が出ていたのだ。

 グスタフが主張した通り、システム・ヘルヘイムを担うドゥーエの存在は、戦力面だけでも必要不可欠だった。

 ましてや話を聞き出した今、ドゥーエは並行世界といえ、第一位級契約神器ガングニールに育てられた〝神剣の勇者〟の末裔であると判明した。

 そんな重要人物は、縛りあげてでも逃すわけにはいかないだろう。

 ドゥーエには新しい戸籍が与えられ、戦後には首都に邸宅も用意されるという。


「爵位も与えたいのだけれどね、まだ難しいんだ。たとえ十賢家の親族であっても、法律で授与する条件が定められているからね」


 国主グスタフはそう言って詫びたが、ドゥーエは屋敷にも地位にも興味はなかった。


「要りませんよ。オレは、オレがいた世界の技術を悪用するファヴニルと戦えれば、それでいいゲス。まさかと思いやすが、あんにゃろうに降伏するのだけはやめてくださいよ。前の職場は、四奸六賊の招安しょうあんを受けいれて、えらい目にあいましたから」


 ドゥーエは、その後、国主や議員による細かい説明を聞き流した。

 なぜなら、彼は説明書の類は読まない悪癖があったからだ。

 言うまでもなく致命的な過ちであったが、この時、ドゥーエは他の事で頭がいっぱいだった。


(いったい誰がシステム・ヘルヘイムの情報を流出させたんだ?)


 ドゥーエも〝やらかし〟た過去については、どうこう言う資格はない。

 特に〝赤い導家士どうけし〟は、記憶喪失の彼より得た情報からも危機感に苛まれたか、極端に過激な方向へ走り出した。

 ドゥーエとイオーシフは必死で抑えようとしたものの、一度動き出した組織というのは、個人でどうこう出来るものではないのだ。


(無理な人員の徴発や、契約神器の略奪で、惨劇を引き起こした。挙げ句にシステム・レーヴァテインを復活させて、ニーダル・ゲレーゲンハイトなんて怪物を生み出しちまった)

 

 ニーダル・ゲレーゲンハイトの誕生には、聖王国の野心家を煽った四奸六賊しかんろくぞくと、赤い導家士どうけしも関わっている。

 ニーダルは仇を討つ為、逃亡した宿敵を追って西部連邦人民共和国に渡り……。

 シュターレン閥と組んで、四奸六賊と赤い導家士をボコボコにしたのだ。

 玉突き事故の結果、歴史は大幅に変わり、もはや何が何だかわからない。


(一番凄まじいのは、クロードだがな!)


 マラヤディヴァ国の歴史は、現在進行形で未知の時代を開拓中だ。

 彼がいた世界の誰が想像しただろう? ただ一人の凡人が、強大無比な邪竜の野望をくじくだなんて。


(だけど、ネオジェネシスに流れた融合体、システム・ヘルヘイムの件は違う気がする)


 嵐に風が吹けば桶屋が儲かり、蝶の羽ばたきが竜巻につながるような、連続した因果による結果ではない――。

 ピンポイントで明確な介入があるはずなのだ。

 ファヴニルは、ベータやベックを見る限り、〝並行世界で〟四奸六賊が製造した気象兵器の情報を詳細まで把握している。


(オレと一緒に逃げた一〇〇人の中に、技術者でも混じっていたか、あるいは……)


 不意に、吐き気を催すほどの悪寒に苛まれた。

 ドゥーエは、第一位級契約神器ガングニールと共に、システム・ヘルヘイムの対策と解析を進めた人物を知っていた。

 末妹と同様に、敢えて多くは語らなかった、剣の師匠だ。


(馬鹿な。師匠は死んだ。オレが看取った……)


 ドゥーエは、左の義手で背負った刀を強く握りしめた。虫の知らせのような、すわりの悪い焦燥が彼を追い詰めていた。

 そして、時は流れ――。


 復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 芽吹の月(一月)一四日。

 ドゥーエは国主グスタフの名代として、クロードと共に無敵要塞攻略戦に参加、顔無し竜ニーズヘッグと交戦する。

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