第461話(5-99)クロードとムラマサ

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 クロードは妖刀ムラマサの鯉口こいくちを切ったが、冷え冷えとした美しい刀身を抜くのではなく、重々しい鉄鞘へと戻しながら呼びかけた。


「妖刀に宿りし――御霊みたまよ。どうか力を貸して欲しい。ムラマサにむ姉弟達、僕の体を使ってくれ」


 彼の願いに応えるように、黒褐色の髪と翡翠色の瞳を持つ幽霊姉弟の長女が、ゆらりと姿を見せる。


「心得ましたわ。クロードさん、一緒に戦いましょう」

「ああ、一緒にやろう。鋳造――!」


 クロードと幽霊少女の姿が重なり、一つになる。

 彼と彼女は、ムラマサを鞘に戻して腰に鎖で縛り付けると、大工道具に似た野太い戦鎚バトルハンマーを創り出した。


「クロード。なぜムラマサを抜かない? いや、抜けないんでゲスか? だったら、オレが師匠を始末しやす」


 ドゥーエは、自らが葬った長女の姿を視認できないらしい。

 ドレッドロックスヘアの次男坊は、クロードが妖刀を抜くのに失敗したと見て、すぐさま次の作戦に切り替えた。

 生身の右手と鋼細工の左手で、真っ二つにへし折れた雷切と火車切を握り、雷火の如くシュテンへ斬りかかる。


「こンの馬鹿弟子がああっ」


 迎え撃つ初老の筋肉男。シュテンは怒髪天どはつてんくとばかりに激怒していた。

 白髪の混じった蓬髪ほうはつはびりびりと逆立ち、ダイダイ色のビキニアーマーが強調する筋肉からは、熱気のあまり白い湯気が立ち昇っている。


「よりにもよって、今のムラマサを恩人に渡すヤツがあるか。バカチンがぁっ、叩っ斬ってやる!」


 ドゥーエが振るう折れた二刀と、シュテンが操る〝物干し竿〟が、空気すら歪ませるほどに激しく衝突する。

 二人の技量は、ほぼ互角。ゆえに、今回ばかりは、武器と激情の差が勝敗を分けた。

 シュテンの燕返しが雷切と火車切を寸断し、続けて放たれた回し蹴りがドゥーエの顔面に直撃、河原へと吹き飛ばす。

 

「辺境伯サマ。ムラマサを抜いちゃ駄目。使えば取り返しがつかなくなるワっ」


 シュテンは叫びながら振り返ろうとするも、その直前――。

 クロードは戦鎚を振りかぶり、異界剣鬼が背負った滅びの翼、満開の桜めいた吹雪の付け根を殴りつけた。


「ウソッ。蛇竜朱点ニーズヘッグに直撃したですって?」


 シュテンが驚くのも当然だろう。

 普通の武器では、翼の雪に触れた時点で消し飛んでしまう。だからこそ、クロードは一度はムラマサを抜こうと試みたのだ。


「シュテンさん。僕は貴方を顔なし竜ニーズヘッグから解放する。ファヴニルが創り出したソイツは、あまりに危険過ぎる」

 

 クロードが両手で握った戦鎚は、蛇雪ニーズヘッグに耐えきれず、たった一度の接触でボロボロと崩れてしまった。


(構わない。攻撃の瞬間まで保てれば充分だ)


 クロードは、シュテンが繰り出す膝蹴りと足払いを辛くも避けて距離をとり……。


「鋳造――はたき」


 物干し竿と滅びの雪を防ぐため、数百本ものはたきを空中に作成、牽制を兼ねたデコイとして投げつけた。


「重ねて鋳造――手斧、投槍、手裏剣」


 クロードにまた別の姉弟が重なり、彼の瞳が別人のように印象を変える。

 クロードと憑依した幽霊は、目眩めくらましのはたきに隠して、本命となる投擲とうてき武器を次々と放った。

 彼らが投じた凶器は、シュテンが繰り出す燕返しの狭間をかいくぐり、吹雪の翼へ吸い込まれてゆく。

 剣鬼の細い胸当てと際どいV字の股間ガードがしぼりだす、鉄塊じみた筋肉が大きく揺れて、桜のような翼も鈍く軋みを上げた。


「辺境伯サマ、まぐれじゃないわね。土壇場で武器に耐性をつけるなんて、やるじゃないっ」

「ああっ、やはり鋳造魔術は有効だっ」


 クロードは、シュテンと刃を交えながら……。

 過去に交戦した英雄。鋳造魔術の先達。オズバルト・ダールマンの戦闘術を思い浮かべていた。

 あの偉大な戦士は、鋳造魔術で様々な武器を作り、ノーモーションで切り替えながら、最適な攻撃を津波のように繰り出してきた。


(オズバルトさんは、部長ニーダルを打倒する為に強くなったそうだ。あの人との交戦がヒントを与えてくれた)


 最古の魔剣。大元たるレーヴァテインを仮想敵とした戦術ならば、改造されたヘルヘイムや、模倣されたニーズヘッグにも通用するのではないか?


「連続鋳造――両手剣、素槍、細剣」


 クロードは丸太のような大剣でシュテンの物干し竿と斬り結び、僅かな隙へねじ込むように変化させた槍で翼を突き、飛来する燕返しをレイピアで受け流した。


「辺境伯サマ。貴方、いったい何をやっているの? 一撃ごとに別人みたく挙動が変わるなんておかしいわ」


 シュテンは鬼と恐れられるだけあって、人並外れた洞察力を発揮していた。

 クロードの背中に、おしくらまんじゅうのように張り付いている、一八人の幽霊姉弟にも勘づいているのかも知れない。


「シュテンさん、僕はもうムラマサを抜かないよ。システム・ヘルヘイムも使わない。でも、力を貸してもらっている」


 クロードの技量ではシュテンに通じず、鋳造する武器の耐久力はニーズヘッグ相手に不足していた。

 だが一人だけでは及ばないなら、共に戦う仲間に補ってもらえばいいのだ。

 姉弟達は、ヘルヘイムの代表者だけあって、魔剣の事情を裏の裏まで知り抜いている。


「僕がムラマサを抜こうとした時、〝四奸六賊しかんろくぞく〟の怨霊が、身体を奪おうと襲ってきた。だったらさ、他の幽霊に憑依させることも出来るんじゃないかって考えた」


 いわゆる〝見るなの禁忌タブー〟には、いくつかの類似したモチーフが存在する。

 正体を知ってはならない妻。開けてはいけない箱。抜くことを禁じられた妖刀。


「だって〝妖刀を抜いたら、幽霊に取り憑かれる〟なんて、昔からよくある怪談話だろう?」


 クロードが手品のタネを明かすと、シュテンは火吹き男ひょっとこのように顔をしかめて爆笑した。


「まさか妖刀ムラマサの性質を逆手に取るなんて、ネ。アナタの男ぶりにうっとりしちゃうワ」


 シュテンは頬を染めて笑ったあと、不意に真顔に戻った。物干し竿が更に加速し、燕返しの速度と精度が跳ね上がる。


「何処の英霊が力を貸しているかは知れないが、それでも腕は互角だろう。ならばネオジェネシスとして、人間を超越した融合体オニとして、おれが必ず勝利を掴もう」

「いいえ、勝つのは――僕達だ!」


 クロードは腰に縛り付けていた鎖を解き、ムラマサを本来の主人に向かって投じた。

 ドゥーエは起き上がって河原から走り寄り、妖刀を抜き放った。玉散るような氷の刃が、黄金の空を映し出す。


「師匠、もうすぐ日暮れだ。そろそろ決着をつけようぜ!」

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