第274話(4-3)ユーツ領解放作戦

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 時を遡ること一ヶ月前、豊穣祭が終わった直後、クロードたち大同盟の幹部は円卓を囲み、緋色革命軍マラヤ・エカルラートに対する反攻作戦を立案すべく苦悩していた。

 総司令官であるセイは、堅牢な地形を利用したエングホルム領の敵要塞群に対して慎重な姿勢を崩さなかった。

 ロロン提督率いる海軍も、緋色革命軍の艦隊と一進一退の攻防を繰り返しており、喪失したヴァリン領、ナンド領艦隊が再編されるまでは、積極的な攻撃に出られそうになかった。

 停滞ていたいした雰囲気が漂う会議室で、ソーン領軍の隊長格であるアンドルー・チョーカーは、椅子を蹴って起立するや吼えたけった。


「お言葉ですが姫将軍閣下は甘い。この茶菓子よりも甘すぎる! 必要以上に敵を恐れ、過剰に評価するなど笑止千万。ここは小生にお任せあれ。同盟領全軍の指揮権を頂ければ、未曾有みぞうの大軍を率いて上陸し、敵本拠地まで一心不乱の攻勢、否、大、大々攻勢を見せてご覧にさしあげよう」


 猛暑もかくあれとばかりに熱弁を振るうチョーカーだったが、クロードは氷山の如く冷ややかな表情で対応した。


「ミーナさん、ちょっとそこのうるさい人に饅頭を食べさせてあげて」

「わかりましたわ。ほら、そんなに唾を飛ばさないの。迷惑でしょう?」

「もご、もがもが」


 もこもことした髪が特徴的な羊族サテュロスの少女ミーナに、鉄道開設記念と銘打たれた饅頭を口に押し込まれ、チョーカーは神経質そうな細い目を白黒させてゴホゴホと咳き込んだ。


「な、なにをする。コト……、クローディアス・レーベンヒェルム!?」

「チョーカー、話を聞いていなかったのか? 我が軍と敵軍は互角で、制海権を争ってる真っ最中だ。そんなところに大人数の兵員輸送なんてやってみろ。察知されて確実に沈められるよ。向こうは万全の状態でビズヒルの沖合で待ち構えるのに対して、こっちの艦隊は輸送艦を守りながらの戦いになるんだからな」

「ふっ。そんなことは、ええと、気合でなんとか。根性で、こう、なるだろう」

「なんともならない。没」


 クロードに断言されて、チョーカーはハンカチを噛みながらシクシクと悔し涙を流して着席した。


「あ、引き下がった。チョーカー隊長って、辺境伯様には弱いよね」

「ほら、あのひと、辺境伯様とヨアヒム参謀長には一度も勝ってないから」


 アンドルー・チョーカーは、元は緋色革命軍に所属していた指揮官である。

 自信過剰かつ独善的で、どうしようもない色惚けという欠点を抱えた男であるが、故あってソーン領軍に味方した後は、特殊部隊を率いて重要拠点を制圧、貴人を奪還するなど大きな戦果を挙げていた。

 傍若無人ぼうじゃくぶじんにわが道を行くチョーカーであったが、緋色革命軍時代にこっぴどく敗れたクロードとヨアヒムには、それなりの敬意を払っているらしい。


「たぬったぬう♪ ここは、たぬにおまかせたぬ。クロード、たぬはエステルちゃんやミーナちゃんと一緒に、とっても凄い作戦を考えたぬ。名づけて『キュートでメルヘンぬいぐるみ大作戦』たぬ!」


 次に挙手したのは、日に焼けた健康的な肌をもつ少女アリスだった。

 彼女は、ミーナと共にレジュメを配って、堂々と作戦案を述べた。


「まず、要塞の前に陣地をつくってわざと負けるたぬ。そ、こ、で。かわゆいかわゆい大きなヌイグルミを置いて逃げるたぬ」

「中にはアリスさんと、このミーナが隠れています。戦利品として内部に持ち帰ったところを、ミーナが酒の霧を使って酔っぱらわせ、アリスさんが大暴れすれば、どんなに頑丈な砦でも必ず落とせるはずです」


 おおーっと、円卓がどよめいた。

 チョーカーの案が酷すぎたのもあり、一周回って説得力を発揮したのだ。

 クロードは深く息を飲んだ。彼は、迷った末に銀髪の総司令官に委ねることにした。


「セイ。君は、どう思う?」

「む。棟梁殿、私も可愛いものは大好きだ。だからきっと記念に念写真を撮って……」


 セイは、自信満々に豊かな胸をはるアリスとミーナに残酷な一言を突きつけた。


「そして、危険を避けるためにその場で焼くだろう」

「たぬー!?」

「ひ、火焙りはイヤーっ」


 アリスとミーナは悲鳴をあげた。


「二人とも、ありがとう。でも、危険すぎるから今回はやめておこう」


 クロードは二人をねぎらうも、作戦承認を退けた。

 トロイの木馬に代表される欺瞞ぎまん作戦は、地球史においても紀元前の昔から第二次大戦以降の近代に至るまで、幾度となく用いられた常套手段じょうとうしゅだんである。

 しかしながら、トロイア戦争の伝承においても、ギリシャ側の参謀『策略巧みなオデュッセウス』は、トロイア側の『兜きらめくヘクトール』を筆頭とする智勇に長けた将軍たちを討ちとった後に、トドメとしてこの作戦を用いている。

 ゴルト・トイフェルにヨハンネス・カルネウスと、緋色革命軍を支える陸海の二枚看板は健在だ。試すにはリスクが高すぎた。


「皆さん、お困りのようっすね。ここはレーベンヒェルム領軍参謀長であるオレの出番。驚天動地きょうてんどうちの一大作戦、聞いてください」

「あ、ヨアヒムのは却下で」

「ちょおおおっ」


 クロードが間髪いれずに阻止すると、ヨアヒムは青錆色のフレームがついた伊達眼鏡を、鼻からづり落としながら抗議した。


「り、リーダー。一言も聞かずって、いくらなんでもそれは無いっしょ」

「だってヨアヒムの作戦って、この会議の前に開発提案があった、ロケット推進式自走爆雷のことだろう。あの糸巻きオバケは設計図の段階でボツだ。どうして均衡装置ジャイロスコープをのせなかった? あれじゃあ、前方にだってろくに進まないじゃないか」

「その、アンセルが、財務部が圧力を掛けてきたんです。不要な部分を削ろうって、職員たちは必死でアイデアを絞ったんすよ」

「でも、そこは削っちゃ駄目なところだろ!」


 クロードは断固として反対した。

 異世界にまで来て、パンジャンドラムの悪夢を再現してどうしようというのか。

 特に紳士でもなく、紅茶党でもない彼には賛成する理由が無かった。


「わかりましたよ。改善案にはジャイロスコープとドリルもつけます。って、話がズレました。違うんすよ。ローズマリー侯爵令嬢がちょっと前に蕎麦湯を差し入れしてくれた時に、ピーンときたんです!」


 これはいけないと、円卓はどよめいた。

 ドリルをつけようなんて言ってる時点でわかっていない。これだから、蕎麦湯をキメてるやつは困る。

 そんな風にボヤく会議参加者たちを前に、ヨアヒムは眼鏡を拭いて掛けなおし、真ん中を人差し指でクイと持ち上げて宣言した。


「エングフレート城塞と砦群は無視しましょう。ユングヴィ領との領境界線ギリギリの山中を北上して、ユーツ領に入るんです」


 ヨアヒムが主張した作戦は、まさかの要塞無視という奇手だった。

 ローズマリー・ユーツ侯爵令嬢の秘書官が、円卓の出席者達に新しい作戦資料を配り始める。


「目指すのは高山都市アクリア。ここには、災害用の備蓄物資を集めた倉庫があります。そして、緋色革命軍に反抗した旧ユーツ領の軍人たちが幽閉された捕虜収容所にも近い。エングホルム領、ユーツ領の土地勘がある人員を案内人に、最小限の装備と精鋭を集めた特殊部隊で攻め落とし、収容所を解放します」


 ヨアヒムは、青と赤に染め分けられたヴォルノー島とマラヤ半島の地図を示した。


「オレたちと緋色革命軍は、海を挟んで二色に分かれている。でも、ユーツ家の遺臣団と合流して領を奪回すれば、敵勢力圏のど真ん中に穴が空くんです」


 ユーツ領は、十賢家の中でも小領だ。領地は狭く、北をグェンロック領、南をエングホルム領、西をユングヴィ領に挟まれて、山がちな地形に押し込められている。

 しかしながら、逆に言えば、ユーツ領を抑えるだけで三領の移動と流通を大きく制限することが出来るのだ。その上――。


「ユーツ領を解放すれば、緋色革命軍が東側に戦力を集めることでしょう。そうやって陸軍を引き付けた上で、海軍がユングヴィ領を奇襲して南半分を奪い取れば……緋色革命軍を南北に分断した上で、補給路を断てます」


 展開次第では、敵勢力圏を真っ二つに出来るオマケつきだ。


「なんという大博打だ」

「参謀長はああ仰っているが、勝算はあるのだろうか……」


 驚天動地とはよく言ったもの。

 ヨアヒムの奇想天外な計画に、会議参加者も戸惑っているようだった。

 クロードも彼らと変わらず、姿勢を正して生唾を飲み込んだ。

 ひりつくような沈黙を破るように、ルクレ領のコンラード・リングバリ主席監察官が挙手した。


「ヨアヒム参謀長、質問がある。資料によると、現在の緋色革命軍は、ダヴィッド・リードホルムを護衛する『親衛隊』と、ゴルト・トイフェルが指揮する『一般軍』に分かれていると書かれている。沿岸部は一般軍の勢力圏で、内陸部は親衛隊の影響下にある、とも」

「はい。ダヴィッド・リードホルムは、失脚していたゴルト・トイフェルの復帰を認めるにあたって条件をつけたようっす。軍の半分を自分の指揮下に置くように、と。まったくリーダーに比べて肝の細いことっす」


 ヨアヒムは、袂を分かった幼馴染を気軽にそう評した。

 だが、緋色革命軍内での人気や影響力を鑑みれば、ダヴィッドがゴルトのクーデターを怖れるのも無理はなかった。軍中の喝采を浴びるセイに、軍の全権を与えているクロードのような領主こそ例外中の例外だろう。


「ゴルト・トイフェルは敵ながら恐ろしい将軍だ。かつて三領同盟を結んだ手腕といい、グェンロック方伯領軍を破った猛将ぶりといい、奴の手腕に疑いはない。一般軍と比較するならば、親衛隊の方が与しやすいだろう。しかし、首魁たるダヴィッドには第三位級契約神器オッテルの力があるという。もしもダヴィッドが出陣してくれば、ヨアヒム参謀長はどうするつもりか?」


 ヨアヒムが質問に応じる前に、クロードは挙手した。


「そこは僕に腹案がある」

「「却下!!」」


 クロードが発言した途端、円卓の参加者は一斉に立ち上がり、却下と大声をあげながら、手に紐や縄を手に席へと押し寄せた。

 クロードは、抵抗もむなしく簀巻きにされてしまう。


「なにこの反応? いじめか!」

「いえ、リーダーのことですから、……腹案とは、この僕自身が部隊を率いる鉄砲玉となることだ。なんて言いかねませんし。あ、言ったらソファ姐とレアさん、アリスちゃんとセイ司令と一緒に、このまま寝室に閉じ込めますからね」


 日本には、古くは鎌倉時代から、行跡が悪い君主を、家老らの合議決定によって強制的に監禁するという武家社会の慣行があった。これを、主君押込しゅくんおしこめという。


「なにそれこわい。って戦争と政務はどうするの?」

「一ヶ月くらいなら大丈夫っすよ。その頃にはだいたいの問題が解決するでしょう」

「しないよ。むしろ問題が増えるよ!」


 何かの間違いが起こってからでは遅いのだ。

 クロードは、芋虫のような状態で動くに動けず、助けを求めて屋敷の家族の様子をそっと伺った。

 ソフィは、まあまあとなだめているものの妙に上機嫌だ。

 レアは頬を赤らめながらちょっと豪華な夕食の手配をして、アリスは目を輝かせて踊り、セイに至っては引き継ぎスケジュールを手帳に書き始めていた。


(こ、これが四面楚歌しめんそかか!)


 語源となった覇王項羽もはなはだ不本意だろうが、クロードはピンチだった。頼れる味方すらも敵に回って、あらゆる意味で危機だった。


「聞いてくれっ。このマラヤディヴァ戦争を終わらせるのに、必ずしも陣取りゲームをする必要はない。オッテルの盟約者だと偽っているダヴィッドを討てば、緋色革命軍との戦いは終わるんだ」


 念の為に言うと、ファヴニルとの戦いが終わるわけではない。

 しかし、緋色革命軍を無力化すれば、彼らの暴政に苦しめられている民衆たちは救われるだろう。


「契魔研究所の調査で、レベッカ・エングホルムの手の内もだいたいわかった。むしろダヴィッドを引き寄せるために僕を連れて行け」

「わかりました。ちゃんと説得できたらですよ。仮にリーダーが参加しても、言い出しっぺのオレがついて行って、ちゃんと見張りますからね」


 クロードの発言には若干のはったりが含まれている。

 しかし、こうでもしなければ寝室に押し込められてしまうだろう。

 この扱いでなお、風評が悪徳貴族であるのだから、無念だった。


「それでヨアヒム。特殊部隊を指揮するのは誰だ? 小人数といえ、無補給で敵勢力圏を突破し、浸透しんとうを図るのだ。棟梁殿には奥に陣取ってもらうとして、やはり相応の指揮官が必要だろう」


 セイが一見して冷静を保ちながらも、「私よね。私にしましょう。ほら私ってば常勝の姫将軍だし」と言わんばかりに目配せしたり身振り手振りで訴えたりしたが、ヨアヒムが指差したのは別の人物だった。


「ぴったりの指揮官がいます。チョーカー隊長、大攻勢を期待するっす」


 無謀と言って差し支えのない作戦だった。

 ひいき目でも勝ち目の薄い博打だった。

 指揮官を引き受けることはいっそ罰ゲームかもしれない。

 しかし、指名されたアンドルー・チョーカーは満面の笑みを浮かべた。


「ふふふ。ハハハ。わかっているではないか、参謀長。そう、この小生ならば、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に成し遂げて見せるわ!」


 第一の戦略目標は、高山都市アクリアの奪回。

 第二の戦略目標は、収容所に囚われたユーツ領兵士との合流。

 戦術目標は、ダヴィッド・リードホルムへの挑発。


 これより一か月後。

 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 涼風の月(九月)一五日。

 ユーツ領解放作戦が始まった。

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