第542話(7-25)ガルムと毒尸鬼隊の因縁

542


 クロードとレアが創りだした雷炎の柱と、カミルら毒尸鬼コープス隊が背の翼から生み出す魔力を喰らう雪システム・ニーズヘッグは拮抗し、領境の山中を真っ二つに塗り分けた。


「アオーン!」


 銀色の大犬ガルムは、危ういバランスで揺れる天秤を定めるべく、毒尸鬼コープス隊に向かって流星のように突っ込んだ。


「いけない、ガルムちゃんっ」

「いま、そちらへ行きますっ」


 クロードとレアは彼女を救おうと駆け出すも、どうやら杞憂きゆうのようだった。


「ワオオオーン!」


 ガルムは針穴を通すような精密動作で、雷炎と氷雪の相殺が生み出した隙間をかいくぐり、カミルと、〝蜘蛛〟&〝華〟と呼ばれる二人の隊員を蹴飛ばしたのだ。

 三体の人型ニーズヘッグは魔力が暴走し、氷霜をまき散らしながら爆発した。


「ガルム。貴方っ、システム・ニーズヘッグを避けられるの?」 

「があああっ。思った以上に痛いぞコレは」

「そうか、オズバルトめ。ニーダルとの戦いにガルムを連れ出したのか!」


 クロードは、ガルムがカミル達を吹き飛ばす勇姿を見て、なるほどと得心した。

 思い返せば、病院でイーヴォ隊と戦った時も、彼女は呪いの雪を見切っていた。

 おそらくは、同種の力システム・レーヴァテインを持つ、ニーダル・ゲレーゲンハイトとの交戦で慣れているのだろう。


(オズバルトさんやガルムちゃんと戦って、毎回ちゃっかり逃げてる高城部長ニーダルも、たいしたものだけどね……)


 負けたら即死、勝っても共和国屈指の善人を殺しかねない、最悪の罰ゲームだ。

 撤退以外に選択肢はなく、ちゃんとやり遂げているのだから頭が下がる。


(幸か不幸か、僕の相手は部長と違って、情け無用の悪党だ)


 カミル達は、システム・ニーズヘッグを中途で止められたからか、生身の肉体と金属鎧がぐちゃぐちゃに融合した、見るも無惨な異形に成り果てていた。


「正義は、正義はああっ」

「殺す。絶対に殺すわ、クローディアス・レーベンヒェルム」

「オレ達が本気でこの地に毒をまけば、どれだけの被害が出るか、想像できないかよ?」


 カミルは感情のままに色とりどりの毒羽を撒き、〝華〟の名を持つ女は憤怒もあらわに青い毒花と茶色の毒蔦を手繰たぐり、〝蜘蛛〟と呼ばれる男も息を荒げて紫の毒糸を放つ。

 毒尸鬼隊は、再び山岳一帯を毒で染め変えようというのだろう。


「脅しのつもりかっ、三流悪党め。ここで潰す!」


 しかし、クロードは既に攻撃を見切っている。雷を帯びる打刀と火を噴く脇差しで、毒物が広がる前に焼き滅ぼす。


「ワオーン!」


 ガルムは毒の障害物が消えたことで自由になり、山の木々を蹴りつけながら、変幻自在の三次元機動で連続攻撃を繰り出した。


「「うわああああ」」


 ガルムは蹴りでカミルを吹っ飛ばし、爪で〝蜘蛛〟を引き裂き、頭突きで〝華〟を叩きのめす。


「そうか、ガルム、悪徳貴族に洗脳されているのだな」

「バウっ!?」


 カミルは負傷し、部下を倒されてなお、都合のいい妄想を吐いていた。


「ならば、力尽くで正気に戻すっ」


 そして彼は、彼にしか理解不能な理屈で、ガルムへ毒鳥を放つ。


「この外道め。大切なお友達を、やらせはしません!」


 青髪の侍女レアが、緋色の瞳を怒りに燃やし、無数のはたきを投じて鳥の群れを撃墜する。

 彼女もクロードと同様に鋳造魔術の使い手だ。魔力さえあれば弾数に限界はないのだ。


「このサイコ野郎、ガルムちゃんに毒を向けたな!」


 クロードはレアの切り開いた道を走り、舞い散る毒羽を炎で焼きながら、カミルの目鼻が欠けた顔を力一杯に殴りつけた。


毒尸鬼コープス隊が、なぜイーヴォさん達と一緒に病院に投入されなかったのか良くわかったよ。共同作戦どころか、殺し合いになりかねない)


 クロードの推測は正しく、レベッカは同じ理由で起用を断念していた。

 カミルも顔面へのストレート直撃はこたえたのか、地面に片膝をついて手を伸ばした。

 

「ガルムっ、俺がわからないのか。カミル・シャハトだ。戻ってこい、アイツもそれを望んでいる」

「ウーウー、ワン!」


 毒を送られたガルムは、カミルの血に汚れた手を拒絶し、後ろ足で砂をかけた。


「いい加減認めろ。お前は振られたんだ。このストーカー!」

「俺はアイツに振られたんじゃない、自分で身を引いたんだ!」


 クロードはトドメとばかりに二刀を振り下ろし、カミルの肉体と鎧がごちゃ混ぜになった身体を深々と切り裂いた。

 彼が斬撃と共に紡いだ言の刃は、敵の肉体以上に精神へ突き刺さったのかも知れない。


「クローディアス・レーベンヒェルム。ガルムは、〝俺と親友が愛した女〟の契約神器だ。何があっても取り戻す」

「ガルムちゃんを、たわけた外道に巻き込むな。お前達は生かしておけない」


 クロードはレア、ガルムと共に間合いを詰めるも――。


「「毒正機構ポイゾナス はじまりにしておわりの蛇雪ニーズヘッグ ――変転トランスフォーム――!」」


 横合いから、猛烈な風と雪に襲われた。


「伏せて!」


 クロードはとっさにレアとガルムを押し倒し、覆い被さって盾になった。


「バウっ!?」

御主人クロードさま?」


 クロードが身につけた、ソフィの仕立てた革ツナギの表面が凍りつき、裂傷を中心にバリバリと音を立てる。

 並外れた魔法防御力を持つ衣服がなければ、無事ではすまなかっただろう。


「大丈夫だ、ソフィが守ってくれた」


 顔を起こせば、山の四方からキノコやヘビの意匠が混じった怪人が二〇体ほど、吹雪の翼をはためかせながら近づいていた。

 おそらくは山道一帯に伏兵として配置された、他の部隊員だろう。

 いままで全く気配が無かったのは、システム・ニーズヘッグの応用で、呼吸や体温を殺していたからか?


「クローディアス・レーベンヒェルム。その顔、二度と忘れんぞ」

「カミル・シャハト。次に逢うときが、貴様達の最後だ」


 カミルは〝蜘蛛〟と〝華〟、傷ついた部下二人を抱えて逃走した。

 クロードも追撃する余力はなく、レアとガルムを抱きしめたまま、毒と炎で禿げた山道で息をついた。

 幸いなことに山を蝕む毒と炎は相殺されて、消毒と鎮火の必要は無さそうだ。


「あのさ、ガルムちゃん。前の盟約者パートナーって、オズバルトさんとストーカー野郎の三人で、三角関係だったりした?」

「わふー」


 クロードの問いに、ガルムは悲しげに頷いた。

 ひょっとしたら、過去のカミルはもう少しまっとうな人格だったかも知れない。

 

「色々と思うところはありますが、オズバルトさんが、ガルムちゃんを守り続けていた理由がわかりました」


 カミルに狙われているのでは、彼女を部下に託すことも叶わなかっただろう。


「まあ、アリスなら大丈夫さ。それはそれとして、あのストーカーは許さない。必ずこの手で決着をつけてやる」


 クロードは立ち上がり、レアとガルムの手を取った。

 乗ってきた車両は失われたが……、

 目的地である、ヴァリン領の領都ヴォンはもうすぐそこだった。



――――――

あとがき


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