第141話(2-95)悪徳貴族の朝食裁判

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 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 晩樹の月(一二月)七日午前。

 普段なら和気あいあいとした朝食卓は、さながら家族裁判にも似た肌を刺す空気に満ちていた。

 窓から射しこむ光を正面から浴びたアリスは、金色の髪と黒い尻尾を逆立てて、幼く白い頬を林檎のように赤く染めて膨らませている。

 省エネルギー体型になったアリスの向かい側、逆光で薄墨色の髪が銀に染まり、顔が陰に隠れたセイが重々しく口を開いた。


「レア殿、ソフィ殿。申し開きはあるか?」

「昨夜、領主様はとてもお疲れのご様子でした。ですから少しでも癒やすことが叶えばと添い寝をしました」


 レアは、青い前髪の奥、赤い瞳に太陽の様な熱と輝きを宿してセイとアリスを順に見つめた。


「私は、メイドですから」

「……わかった」

「……納得たぬ」


 彼女の言葉には有無を言わせぬ迫力があって、セイもアリスも思わず唾を飲んで頷かざるを得なかった。

 次に、アリスがなんとなく格好をつけたいんだろうなあ、と言わんばかりに咳払いをしてソフィに尋ねた。


「ソフィちゃんは、なんでたぬ?」

「え、そのう。レアちゃんがクロード様の部屋に入ったまま出てこなくて、覗いてみたら仲良く眠っていたから、羨ましいなって布団に入りました」


 ソフィは、赤く短い前髪の下、額に手を当てて照れるようにセイとアリスへ片目をつむって見せた。


「わたしは、執事だからね」

「よし有罪」

「有罪たぬ」

「なんでぇっ?」


 今度は、間髪いれずに有罪判決がくだった。

 ソフィが手を振り回して抗議するも、問答無用とばかりに一蹴された。


「ソフィ殿は、下心が見えっぱなしだろうが」

「執事って言っても、説得力がないたぬ」

「あわわ」


 クロードは温かい料理に手をつけるでもなく、シンデレラの意地悪な母姉のように細々と言い募るセイとアリスの様子を窺っていた。

 会話が苦手な彼にだってわかる。今、下手に口を開けば火に油を注ぎかねない。慎重に慎重に、話題の転換を図らなければならない。見たところチャンスはもうすぐだった。


「このスープもそうだ。少し塩気が足りないんじゃないか。香辛料ばかりに気をとられるから、全体の秩序と調和が乱れる」

「マンゴーの漬物も、ちゃんと切れてないたぬ」

「あうう。ってあれ?」


 うっかり食事にケチをつけたのが、年貢の納め時だ。

 セイとアリスは、分が悪いと感じたか、あたふたと視線を逸らして慌てて転進を始めた。


「嫁を目指すなら料理くらいは、……あとで覚えればいいな」

「そうたぬ。クロードなら料理ができるたぬ。頑張って覚える時間はあるたぬ」

「セイちゃん、アリスちゃんも一緒に料理を覚えようよ」

「アーアーキコエナイ」

「指を包丁で切るのはもういやたぬー」


 レアの料理が上手すぎるだけで、ソフィの作る食事だって十分に魅力的だ。侍女という職業への誇りがこめられたレアの逸品同様、あるいはそれ以上におふくろの味を連想させる家庭的なソフィの味付けがクロードは好きだった。

 セイとアリスも練習はしているようなのだが、『味加減がこうこうで戦略的には正しいはずだドバシャー』『もう爪で切った方が早いたぬぅアイタッ』『……お二人とも台所を出入禁止にしますよ』といった物音がたまに聞こえてくるあたり、お察しだった。 


「領主様。お食事が進んでいませんが、どこか痛まれるのですか?」


 ふと気がつけば、レアが息がかかる距離まで顔を近づけていた。物憂げな彼女の瞳と襟元からわずかに覗く美しいうなじに、クロードは心臓を鷲づかみにされる。

 

「でしたら、及ばずながら。あーん」

「レ、レア。もう義手があるから」


 クロードが思わず開いてしまった口に、レアが箸でイモの煮つけを差し入れる。二人は至近距離で見つめあって……。


「ああっ! 騒いでいるうちに、また抜け駆けされた」

「これだからレアちゃんはソフィちゃんと違って油断ならないたぬ」

「わたしの扱いって酷くないかなあ?」


 規律に人一倍うるさかったはずのセイが大声をあげ、アリスがぬいぐるみのような獣に変化して地団太を踏み、ソフィがえぐえぐと涙を流し、レアはすまし顔で再び箸でご飯を摘まんでいる。


「みんな、そろそろ食べないと遅刻しちゃうよ。」


 クロードは精いっぱい胸を張って注意をしたが、ギャーギャーという姦しい騒ぎは終わる気配はなかった。

 残念ながら、クロードの家長としての威厳は無いに等しいようだ。


「ど、どうしてこうなった」

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