第61話(2-19)悪徳貴族と経済植民地の解放

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 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 恵葉の月(六月)三〇日正午。

 早朝から半日にわたる、守備隊と山賊軍のオーニータウンを巡る攻防戦は決着した。

 セイ率いる守備隊一〇〇人と、トイフェル兄弟率いる山賊軍および内通していた自警団あわせて一二〇〇人の激突は、守備隊の勝利によって幕を閉じた。

 守備隊側、重軽傷あわせて負傷者三〇余人。戦死者○人。

 山賊軍側、捕縛、投降者あわせて七〇〇余人。死傷者四〇〇余人。行方不明者一〇〇人たらず。

 完勝である――。


「代官たちを捕らえよ。彼らには山賊軍と共謀し、クーデターを実行した疑いがある」


 また守備隊が激闘を繰り広げる裏側で、クロードは、怠業中の全代官屋敷に領軍と領警察を突入させて容疑者を拘束した。

 かくして、レーベンヒェルム辺境伯領の統治は、領主クローディアス・レーベンヒェルムによって完全に掌握しょうあくされたのである。

 この情報は、外交折衝担当官ブリギッタによって、マラヤディヴァ国議員、マティアス・オクセンシュルナへと、水晶を使った通信によって迅速に届けられ、議員は膝を打ったという。


「あの小僧っ、本当にやりおった! レヌス、わかっているな」

「はい。根回し済みの海軍と海上警察に連絡し、ただちに防衛線を敷きます」


 果たしてオクセンシュルナ議員や、クロードたちの危惧きぐは的中した。

 巡航中の共和国軍艦が漸進ぜんしんする傍で、国籍不明な謎の武装勢力が不審船に乗って押し寄せて、通商破壊、経済封鎖を行ったのである。

 これに対し、マラヤディヴァ国は国海軍、海上警察を出動させ、艦隊の放水魔法でもって不審船を追い散らした。

 海賊行為の被害を受けた近隣のフィリペ国、ビネカ・トゥンガリカ国なども、不審船の拿捕だほに協力し、不審船団は何処かへと消えていった。

 ここに至り、西部連邦人民共和国は、ようやく経済植民地としてのレーベンヒェルム領を放棄すると決めた。

 次期教主候補と名高い、ウド・シュバーツヴルツェル枢機卿すうききょうは、共和国企業連の指導者ヘルムート・バーダーを汚職容疑で解任、国内に呼び寄せて抹殺、彼が持つ利権のすべてを没収した。

 そして、テロリスト集団、”赤い導家士どうけし”との密約や、トイフェル兄弟の叛乱はんらんなど、レーベンヒェルム領で共和国が行ったすべての悪事を、バーダー個人の暴走ということで決着させたのである。

 数年後、西部連邦人民共和国は、マラヤディヴァ国レーベンヒェルム領に代わる、新しい侵略の橋頭堡きょうとうほとして、フィリペ島、マラヤディヴァ国近海の群島浅瀬を埋め立てて人工島を造成し、大規模な軍事基地をつくりあげる。彼の国は、決して侵略を諦めてはいなかった。


「共和国の侵略に対し、一国一国では太刀打ちできない。彼らの暴挙を阻み、戦争を止めるため、集団的自衛権の行使が必要だ」


 ――集団的自衛権とは、侵略攻撃に対して、安全が脅かされる国々が、協力して共同防衛を行う、あらゆる国に認められた国際法上の権利のことである。

 のちに首相となったマティアス・オクセンシュルナ議員をはじめ、大陸南部諸国家首脳部は、この後ゆるやかな協調をもって、西部連邦人民共和国の侵略に対し対応してゆく。

 とはいえ、戦力差はいかんともしがたく、南部諸国家は、同じように共和国と安全保障上の問題を抱えた、アメリア合衆国、ガートランド聖王国の協力を必要とした。

 しかしながら、世界最大の軍事国家であるアメリア合衆国は足元が定まらず、ルーシア国がユークレイン国を侵略、東部地域を併呑するまで、安全保障の危機に目覚めることはなかった。フィリペ島に艦隊を派遣し、また共和国へに対し「極めて深刻な事態である」と表明するのは遠い未来のことである。

 ガートランド聖王国もまた、南部諸国家同様に、共和国から巡視船への攻撃や照準魔法を浴びせられる、資源を盗掘される、軍事利用可能な施設を近海に建設されるなど数々の侵略行為を受けながらも、『保繕ほぜん党』から出た首相が、強いリーダーシップで集団的自衛権の行使容認を決めて、海上安全保障で諸国との連携強化を図るまで、長い長い時間をかけることになった。

 これは、王国内の政治闘争と無関係ではないだろう。王国の親共和国政党『友愛ゆうあい党』の幹部などは、燃料輸送や資源交易において重大な意味を持つにも関わらず、「マラヤディヴァ海峡は王国の安全保障に無関係である」などと、新聞等で執拗しつように論じる始末だったからだ。

 果たして友愛党の議員が、海上交通路シーレーンの重要性を理解できないほどに政治家としての資質に欠けているのか、有権者である王国民の生活や安全に無関心なのか、共和国から強力な鼻薬を嗅がされているのかは、遠いマラヤディヴァの地からはわからない。

 悪徳貴族クローディアス・レーベンヒェルムは、結果として……、この世界における共和国の南部諸国家侵略の端緒たんしょをくじいた。

 だが、彼が自らの勝ち取った未来を知ることはないだろう。正史において、彼はこの後、三年を経ずして死亡しているからだ。



 そう、未来のことはわからない。人間が変えることが叶うのは、いつだって「今」だけなのだから。

 クロードは、共和国代官の全員拘束の連絡を受けると、ヨアヒムに一軍を預けて南のオーニータウンに向かわせ、自らもまた単独で先行した。

 格闘戦は相変わらず苦手なままだったが、魔法戦闘ならば、もはやファヴニルの力を借りずとも遺跡ダンジョンの中層を探索できるほどに、彼は成長していた。

 クロードがアーカム・トイフェルを鎖で簀巻すまきにして転がすと、山賊たちはようやく戦いをやめられるとばかり、手の中の武器を投げ捨てて崩れ落ちた。


棟梁とうりょう殿」


 馬から降りた薄墨色の髪の少女セイが、髪をたなびかせ、満面の笑みを浮かべて駆けてくる。


「やったぞ、勝ったっ。勝ったんだ。なあ、私は棟梁殿の力になれたか?」


 彼女の目じりには涙が浮かび、声は鼻にかかっていた。

 飛びついてきたセイを、鎧越しに細かな傷を負い、血のにじむ華奢きゃしゃな身体を、クロードは受け止めて抱きよせた。


「セイ、無事で良かった」

「私は死なないよ。クロードの隣で生きていくんだ。あの月の日に、そう決めたんだ」


 セイは、この世界で生きながらえてなお、心のどこかで死に場所を求めていた。

 期待されるのが怖い。信頼に応えられないのが恐い。生きるということが、重くて、苦しい。

 それでも、初めて出会ったとき、迷う彼女に目の前の男は断言してのけたのだ。

 

『貴女は、生きている限り、生き続けるべきだと思う』

『なんのために?』

『幸せになるために』


 ああ、ならば戦い続けよう。

 どれほど誤っても、どれほど敗れても、どれほど苦しい道のりであったとしても、この手で幸せを掴んでみせると、セイはクロードの鼓動を聞きながら、決意した。


「たぁぬぅうう」


 追撃をかけていた他の部隊から、アリスが跳ねるように、抱き合う二人の中に飛び込んだ。

 セイは赤面して一歩離れて、アリスはクロードの腕の中におさまった。


「たぬも、がんばったぬよ」

「ああ、よく皆を守ってくれた」


 クロードは、アリスのひたいを撫でさすった。


「たぁぬ。もっと撫でるたぬ。褒めるたぬ。それがクロードの仕事たぬ♪」

「はいよ、次は首筋か、背中か?」

「たぬたぬ♪」

「アリス殿、いいなあ」


 そうこうしているうちに、北からもヨアヒム率いる援軍が到着していた。

 ヨアヒムたち強化付与魔術士エンチャンターが何人も、ヘトヘトになって馬にしがみついているところを見るに、脚力増加の魔法を重ねがけして、相当無茶な強行軍で追いついてきたらしい。


「辺境伯様、戦闘はもう終わったんですか?」

「セイたちがやってくれた。皆にも紹介しよう、決戦の立役者となったセイとアリスだ。彼女達は僕の大切な……」


 ともだちだ、というクロードの言葉は、セイとアリスがここぞとばかり大音量で叫んだ声で上書きされてしまった。


「愛人だ!」

「愛人たぬ!」


 瞬間、暑い夏の日差しと熱気が吹き飛んで、極寒の凍てつく風が戦場を吹きぬけた。

 イヌヴェが弾丸をレ式魔銃に押し込んで、照準器をクロードにあわせた。


「セイ隊長、アリス副長。退いてください。そいつ殺せません」

「へ、イヌヴェ?」

「た、たぬ? 何をするつもりたぬ?」


 困惑するセイとアリスを余所に、イヌヴェ隊は一糸乱れずに弾丸を装てんし、銃口をクロードに向けた。


「この悪性腫瘍あくせいしゅようのマックロクロスケに、嫉妬之一撃クーデターをくれてやるんです」

「お前ら、そんなどうしようもないクーデター、聞いたことねぇよ。てか不敬罪だろ、正気に戻れ馬鹿狗バカイヌども。ってオレの部隊までっ。やめろ、馬鹿っ」

「お、落ち着いてください、皆さん。戦いは終わったんです。銃に弾丸をこめないでください。ぼ、ボクだって本当は撃ちたいんですから」

「えーっと、おれたち銃が無いので槍でいいですよね」

「いやあ、こんなにも早く訓練を生かせるなんて思わなかったなあ」


 この場には、クロードの味方は誰一人いないようだった。

 アリスは楽しそうにクロードの頭上で踊っているし、セイも腕を抱きしめているが、兵士達の怒りはクールダウンするどころかヒートアップするばかりだ。


「辺境伯様。なんだかオレも、ムカついてきたんで、クーデターに賛成していいっすか?」

「ヨアヒム、お前もかっ!?」


 まあ、クロードには、カエサルの爪先ほどの人気もカリスマもなかったので、残念でもなく当然だろう。


「どうしてこうなったぁああっ!?」


――

―――


 クロードは、租借地を除く辺境伯領を共和国の統治から解放し、マラヤディヴァ国の、そして己が手に奪回した。

 やがて来るファヴニルとの決戦に向けて、大きなアドバンテージを得たといっていいだろう。

 しかしながら、国家の統治者たち、他の十賢家が同じように評価するとは限らない。

 翌日、大輪の月(七月)一日。

 レベッカ・エングホルム侯爵令嬢が、いまだ興奮冷めやらぬレーフォンの暫定役所を訪問する。


「クローディアス・レーベンヒェルム辺境伯様に、国主様からのお招きです。此度の反乱鎮圧を祝って、二週間後に首都クランで戦勝の宴を開きたいとのことです。どうかご出席くださいまし」


 燃えるような緋色の髪をもつ侯爵令嬢による首都への召還命令は、クロードも、役所職員達も覚悟していたことだった。

 次の一言を聞くまでは――。


「その後、エングホルム家で私的な催しを開きますので、そちらも必ず来てくださいませ。わたくしを、もらっていただきたいのです」

「レベッカちゃん、なにを言っているの?」


 彼女は、こんなにも陰惨な顔で嘲う少女だっただろうか。

 幼馴染の変わり果てた姿に、執事見習いのソフィが、領主代行のアンセルが戦慄する中、レベッカはうろのように光のない瞳で微笑んだ。


「言葉の通りですわ。ソフィおねえさま」


 レーベンヒェルム領掌握は始まりに過ぎない。

 一つの勝利は、権謀術数と謀略渦巻く新たな戦いの舞台ステージへとクロードをいざなう。

 時の流れは止まらない。過去から今へ、今から未来へ。くるくると、狂々くるくると時計の針は廻ってゆく。

 どこかで邪竜の笑う声がした――。


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復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 大輪の月(七月)一日のレーベンヒェルム領


農業      B 空中栽培や硝子農園といった植物工場が有効に機能しています。餓死者はいません。

商業      D 領都レーフォンのみ、未曾有みぞうの繁栄を迎えています。

工業      D 軍事技術の民生移転が始まりました。多くの分野がいまだ研究段階です。

治安      B 山賊軍は壊滅、レーベンヒェルム領を掌握しました。

支持率     D 二〇%(人民通報による)。領軍兵を中心に、もげろ、はぜろ、ホモォ、ケモナーと厳しい意見が寄せられています。



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