第96話(2-50)姫将とあらくれものたち

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 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 木枯の月(一一月)八日午後。

 トビアス・ルクレ侯爵は、同盟締結と宣戦布告を発表後、購入した巡洋艦の慣熟航海を省略して艦隊を編成し、レーベンヒェルム領の港町ボルガを襲って略奪の限りを尽くした。

 ファヴニルによる事前の情報漏えいと、ハサネの放った間諜からの報告、更にはクロードの指示で広い幹線道路を整備していたことが幸いし、ボルガの住民たちは命からがら逃げのびて、イヌヴェ率いる騎馬隊に保護されることができた。

 イヌヴェ隊の偵察によれば、ルクレ領艦隊は、ルーシア国製造の金属装甲を施した巡洋艦を旗艦とする中規模艦隊であったという。

 領都レーフォンの役所会議室で報告を受けた司令官セイは領民の無事を喜び、次に神妙な顔でこう尋ねた。


「ボルガの町を襲ったジュンヨウカンとやら、の数はいくつだ?」


 サムエルたち集まった領軍幹部もまた、人命被害なしという報告に胸をなでおろしていたのだが、トップの発言を聞いて盛大に転んだ。


「セイ嬢ちゃ、司令。巡洋艦に艪はついていませんぜ」

「そんな、まさか、かいで漕ぐというのか?」


 サムエルは大洋をオールで渡ろうとする船影を想像した。……最低でも、マストは欲しかった。


「さ、さすがの司令も海軍は専門外ですかい」


 セイがアリス同様に異世界出身者だという噂は、レーベンヒェルム領軍内ではもはや公然の秘密となっていた。といっても、兵士たちの大半はファンクラブメンバーと化していたので、彼女の神秘性と人気がいや増すだけだった。

 代わりにイヌヴェたち過激派が「オレが、オレたちがプロデューサーだ!」と、アイドルコンサートをやろうと目論んで、「私はあいどる? じゃなくて軍人だ」と怒り心頭になったセイにこっぴどく叱られる一幕があったが、サムエルは見なかったことにした。


「じゃあ、ざっくりとですが、説明しましょう」


 サムエルは、帆柱マストに張ったセイルで風を受ける帆船はんせんと、艪の代わりになる外輪やスクリュープロペラを回す蒸気機関がついた蒸気船がこの世界では主流であると説明した。


「と言っても、帆船のセイルには風を受ける魔法が、外輪やスクリュープロペラには自動で回転する魔法がかけられているのが実情です。魔力供給の為の魔導炉が船の主動力といっていい。本来の蒸気機関は、水蒸気を生みだすための燃料、石炭や石油が高価すぎて今じゃ置物かざりも同然です。辺境伯様は、ヴァリン領の学者先生と代替になるバイオガスでどうのと議論していましたが、正直いつ完成するやらわかりませんな」

「棟梁殿は、本当に先の先まで考えているのだなあ」

「ここまでを踏まえた上で、戦闘用に建造された船を軍艦と呼びます。おおまかに分けて、戦艦、航空母艦、巡洋艦、駆逐艦の四種です。が、戦艦と航空母艦についてはひとまず良いでしょう。今回のマラヤディヴァ内戦には関係ありませんから」


 戦艦も航空母艦も、国を傾けるほどに資金と資源、魔力を消費する。マラヤディヴァ国内にこれらを維持できる領は存在しないだろう。


「む、そうなのか? 航空母艦といったか。西部連邦人民共和国がルーシア国製造の未完成品を購入したと、いつか棟梁殿がヨアヒム殿と話していたのを小耳に挟んだぞ?」

「航空母艦は飛行人形ゴーレムを飛ばす軍艦ですが、共和国がルーシア国に魔導炉と発着艦設備を売ってもらえなかったそうで。どこからかくすねてきたものの、果たして実戦に耐えられるものか。離着艦訓練の念写図も発表されましたが、極めて鈍重な最大速度しか出せない影響で、艦載人形の武器搭載量が地上から離陸時の二割未満とのこと。将来はわかりませんが、現状では目立つ案山子かかしも同然です。そんな虎の子のハリボテを投入するほど、共和国も馬鹿じゃあないでしょうよ」

「フフッ。棟梁殿から聞いたぞ、サムエル。今みたいな発言を、フラグというのだろう?」

「ワッハッハ!」


 セイは整った柳眉を細め、サムエルは自らの広い額をぺちぺちと叩きながら笑った。


「サムエル、巡洋艦はどうだ?」

「遠洋航海能力をもち、魔力艦砲を主装備とする艦というのが大枠の定義です。この世界における事実上の主力艦と言っていい。船全体に魔法陣が張り巡らされ、並の攻撃は魔法障壁によって無力化されます。仮に障壁を考慮せずとも、金属装甲を施した艦ならば耐火耐衝撃能力は尋常なものじゃない。レ式魔銃といえど、対神器弾頭を用いなければかすり傷をつけるのがせいぜいでしょう」


 セイは、今マラヤ半島にいるクロードを想った。対神器弾頭は、契約神器攻略の為に彼女の友が精魂こめて創り上げた逸品だ。彼が不在の今、補給は叶わない。


「いざとなれば惜しんではいられない、か。駆逐艦についてはどうか?」

「戦闘艦に満たない戦闘艇や、うちの主力である武装商船、あるいは海賊船を駆逐するための艦船というのが定義です。巡洋艦より安価で小型、高速で小回りも利く汎用性の高い船を指します。魔力砲はもたず、水系統の攻撃魔法や、機雷や魚雷といった魔法兵器マジックアイテムを撃ちだす艦も多いですね」


 サムエルの解説を、セイは脳内で組み替えて想像する。

 彼女にとって、ルクレ領の巡洋艦は大鎧を着こんで長弓を構えた重騎兵隊、駆逐艦は軽装鎧と馬上槍で武装した軽騎兵隊と映った。


「ふむ。偵察報告によると、ルクレ領の艦隊は、巡洋艦一隻を旗艦として、護衛に木造帆船の駆逐艦一隻、小型戦闘艇一隻、武装商船五隻の八隻だそうだ。最後に確認するが、我らが栄えあるレーベンヒェルム領には――」

「巡洋艦も駆逐艦もありません。商船、海賊船に戦闘用の艤装ぎそうを施した武装商船が四〇隻ほどあります」


 一方のレーベンヒェルム領は、数こそ五倍だが、鎌や竹槍を持っただけの農民といった風情だ。

 クロードから茶飲み話に聞いた伝説の御百姓、代官屋敷をわずか一人二人で攻略したという一揆いっきの達人でも無ければ、騎兵を討ち破るのは不可能だろう。


「サムエル。勝てると思うか?」

「普通にやれば、鴨撃ち、七面鳥撃ちにされて負けるでしょう。商船と軍船じゃ、攻撃力、守備力、機動力、何もかもが違いすぎる。四〇隻とは申し上げましたが、辛うじて砲撃戦に耐えられる強度があるのは、辺境伯様が”飛車丸”、”角行丸”と名付けた二隻だけ。ここはヴァリン領の海軍と協力し、防衛体制を整えるのが良策です」


 セイは、深く息を吸って一同に休憩を命じて、席を外した。懐へ大切に入れていた通信用の水晶球を取り出す。そして……。


「棟梁殿と先ほど相談した。我々は、ルクレ領艦隊との海戦で接舷攻撃アボルタージュを行い、敵旗艦である巡洋艦を奪取する」


 会議再開後、セイは開口一番そう宣言した。


「ち、ちょっと待てセイ嬢ちゃんっ。接舷攻撃だって? 奪った船をどうやって動かすつもりだ? だいたいそんなやったこともない作戦がいきなり成功するわけ無かろうが!」


 先程までの礼儀を投げ捨てて、泡を食ってとびかかろうとしたサムエルを、セイは右手で制止し、穏やかに微笑みながら一人の老冒険者にウィンクした。


「サムエル隊長、心配は無用だ。レア殿に同行してもらうから船の運用に問題はない。そして我がレーベンヒェルム領軍には、経験豊富な冒険者が多数参加しているじゃないか。そうだろう? 冒険者パーティ”林檎酒シードル団”団長ロロン殿。いや、ロロン提督」


 会議では沈黙を守り続けた冒険者ロロンは、白く染まった髪を撫で上げ、鷲のように鋭い瞳に煌々こうこうと戦意をたぎらせ、老いてなおヒグマのように恵まれた体躯をふるわせながら大笑いした。


「ふはははははっ。共和国に漁場を根こそぎ奪われて、生きるために身に付けた海運業かいぞくの技、きゃつらの傀儡である緋色革命軍マラヤ・エカルラートの狗どもに見せつけるのは悪くない。ましてや、美しい姫君に頼まれては。これぞ男の本懐。やってみせましょうぞ!」

「頼むぞ!」


 セイとロロンは、テーブルの上でがっちりと握手を交わした。

 サムエルは、過去にマラヤ海峡を荒らしまわったという大海賊を想い出した。かの大海賊は、マラヤディヴァ国、西部連邦人民共和国、果てはアメリア国の追討を受けて、沈む母船と運命を共にしたと伝えられていたのだが……。


「役所すら機能していなかった魔窟レーベンヒェルム領だ。そういうこともあるのかね……」


 会議の結果、作戦決行は二日後に決まった。総指揮はロロン提督がとり、切り込み部隊はサムエルが率いる。そして、名目上の作戦司令としてセイも”銀将丸”と名付けられた旗艦への乗船を決めた。


「私は水軍について不慣れだ。是非提督に教えを乞いたい」

「ククッ。たぎりますなあ」

「セイ嬢、司令には領都で戦勝報告を待っていてもらいたいのですが……」

「サムエル。友人と部下に火中へ飛びこめと命じて、川の向こう岸で高見を決め込む指揮官をどう思う? 私はイヤだ」

「セイ司令には敵いませんね」


 サムエルは、ロロンは、そして集まったレーベンヒェルム領の将たちは、胸の中で炎を燃やした。

 窓から射す陽光を浴びて、薄墨色の髪を銀色に輝かせた娘。この大切な少女を自分たちの手で守ろう、と。

 そして、彼らの熱意は形となって結実する……。

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