第418話(5-56)再戦! 姫将軍 対 万人敵

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 オットー・アルテアンがたもとをわかった友ブロルを思い、物憂げに煙管キセルくゆらせていると……。

 アリス・ヤツフサが、精悍な黒虎姿から健康的な少女の姿に戻って、爆風で折れた木や砕けた石の上を跳ねるように飛んできた。


「オットーのおっちゃん、やったぬ! たぬ達の大勝利たぬ。チャーリーちゃん達を追いかけるたぬ?」

「いいや、いいよ。罠があったら困るし、ぼくたちの任務は、ネオジェネシスの北軍を引き付けておくことだ」

「たぬ? そうだったぬ?」


 アリスは驚きゆえか、艶やかな黒髪からのぞく黄金色の耳をピンと立てて、猫目を丸々と広げる。

 同時に、彼女のお腹がクウと可愛らしく鳴った。朝からずっと戦い続けた故だろう。


「た、たぬう。はずかしいたぬ……」

「陣地に戻ったら食事にしようか。その前に、確かここに……」


 オットーは懐から芋を干したお菓子を取り出して、顔を伏せるアリスの手に握らせた。


「直接聞いたわけじゃないけどね。セイ司令の戦略は〝ネオジェネシス主力を、ブロルの元から引き剥がすこと〟で間違いない。そうすれば……」


 アリスは干し芋にかじりついた後、愉快そうに大きく口を開けた。


「クロードが直接、ブロルさんの家へお話に行けるたぬ?」

「うん、正解だよ。アリスちゃん」


 アリスは褒められたのが嬉しかったか、ニコニコしながら聞いていたが、ふと尻尾を警戒するかのようにピーンと立てた。


「でも、セイちゃんが大ピンチたぬ。あっちの戦場は、新人さんと怪我人ばかりたぬ」

「……その代わり、アンセル出納長に、ヨアヒム参謀長、他にも面倒臭い大人がいるからね。案外、どうにかなるんじゃない?」


 オットー・アルテアンは、煙管を携帯袋に仕舞い込みながら、緋色革命軍マラヤ・エカルラート時代に敵対したレジスタンスの長、ヴィルマル・ユーホルト伯爵の顔を思い浮かべた。

 マルグリットやラーシュのような若手貴族は、彼の頑固さを苦手としていたが、ユーツ領の屋台骨を担い続けた大人物には違いない。

 かの老貴族が幕下に加わったのなら、セイ司令にとって、ユーツ領はもはや庭のようなものだろう。


「ブロル、お前が邪竜に魂を売ってなお戦い続けたように、クローディアス辺境伯もまた〝悪徳貴族〟の汚名を被ってまで、多くの人を救い続けたんだ。ぼくは、彼らの力を信じるよ」


――

――――


 復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 芽吹の月(一月)。

 アリス・ヤツフサと、オットー・アルテアン率いる大同盟の精鋭部隊がネオジェネシス北軍を相手に優勢を維持していた頃――。

 新米兵士と負傷兵が集まったマラヤ半島南部の戦線は、ゴルト・トイフェルの猛攻を受けて敗退を重ねていた。

 最初に最前線となったグェンロック方伯領は、ネオジェネシスの電撃的な侵攻によって、月の半ばには全都市が陥落する。

 次に標的となったユーツ領も、防衛線の要として再建中だった炭鉱町エグネやヘルバル砦に籠もった防衛部隊が、鎧袖一触がいしゅういっしょくとばかりに打ち破られた……。


「総員撤退。荷物は捨てて構わない。脇目もふらずに逃げ延びろっ」


 総司令官セイは隣領の首都クランから僅かな手勢を率いて駆けつけ、自ら殿軍しんがり部隊の陣頭に立ってライフル銃を撃ちながら、敗走する味方を支援した。


「死んだらお仕舞いだ。走れ、走れぇえっ」

「負け戦なら慣れたものっスよ。訓練通りに、スタコラサッサ!」


 出納長アンセルと参謀長ヨアヒムが、尻に帆をかけて逃げ出す兵士達を誘導し、大同盟軍は辛うじて規律を維持していた。

 しかし、易々と逃亡を見逃すネオジェネシスではない。敵大将を討ち取るチャンスとばかりに、果敢に追撃をかけてくる。


「逃がすな。戦を終わらせるぞ」

「創造主様の為に。我らが父の為に」


 セイと共に最後尾を担う部隊も、厚い鎧を着込んだ武者が一人倒れ、二人倒れと、次第に追い詰められてゆく。

 しかし、戦場となった山には次第に霧が立ちこめて、遂には龍が吠えるように大粒の雨が降り出した。


「マラヤディヴァ国は雨季じゃったな。天候を味方につけるか、姫将軍ひしょうぐん!?」

「もう一度愛する者と会う。その為なら手段は選ばないよ、万人敵ばんにんてき


 やがて雨が上がった頃には、大同盟軍の姿は何処にもなく――。

 鎧武者……緋色革命軍の装備たる〝理性の鎧パワードスーツ〟を着せられたゴーレムが、山裾や川辺に哀れな正体をさらすばかりだった。


「くくっ。おいどもの戦術を、技術を逆手にとるか」


 ゴルトは、異形の鎧と土くれ人形を用いた戦法を、よく知っていた。

 彼がアンドルー・チョーカーを倒した際に用いた補助戦力だ。今度はセイが盾に使い、囮として用いたらしい。


「それでこそ、それでこそ我が宿敵よ!」


 ゴルト・トイフェルは、濡れた辛子色の髪を逆立て、牛の如き大柄な肉体を歓喜に震わせた。


「さあ武を競おう。戦を楽しもう。生と死の狭間こそ、我らが〝戦士の楽園ヴァルハラ〟よ」


 一方、セイはヴィルマル・ユーホルト伯爵が用意した山道を、本物の手勢を連れて逃れていた。

 彼女の面差しに喜びはなく、ただただ愛情と決意だけがあった。


「ゴルト・トイフェル。お前は絶対に逃がさない。このユーツ領すべてがお前を閉じ込める〝死の鳥かごヘルヘイム〟だ」

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