第586話(7-79)悪徳貴族、姫将軍と合流す

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 大同盟の総司令官〝姫将軍ひしょうぐん〟セイが率いる騎馬隊と自転車部隊は、マラヤ半島の西部ユングヴィ領を出発し、中央に位置するグェンロック領へ向かって東進した。

 彼女は進軍の途中、邪竜ファヴニルの息がかかった徘徊怪物ワンダリングモンスターの襲撃を受けたものの……。


「怪物如き、恐るるに足らず。退けい!」


 セイは葡萄色の瞳に炎を宿し、薄墨色の髪を風になびかせながら、颯爽さっそうと先陣を切った。

 紺色の軍羽織に身をつつみ、白馬にまたがった姫将軍は、毛むくじゃらの人喰い鬼トロールが振るう棍棒をくぐり抜けて回避――。

 三m近い巨体の無防備になった脇下から太刀を振るって、横一文字にずんばらりと斬り裂いた。


「「セイ司令に続け!」」


 麗しい司令官の活躍に、部下達の士気が最高潮に盛り上がったのは言うまでもない。

 彼女に従う騎馬隊は一糸乱れぬサーベル突撃で、赤肌の小妖鬼ゴブリンを蹴散らし――。

 自転車隊もカービン銃の弾幕を張って、緑色がかった毛並みの犬頭鬼コボルトを射殺する。


「見事な手並みだ。心強いぞ! これなら、ソフィ殿を取り返す日も遠くないやも知れん」


 セイの発言は楽観的であったが、確かな戦果に裏付けられている。

 大同盟は決戦開始直後こそ、〝禍津まがつの塔〟攻略や〝顔なし竜ニーズヘッグ〟討伐に苦戦して、幾度かの敗北を喫したものの……。

 わずか一日で切り返し、三日のうちに一〇あった敵拠点のうち九つを攻略する大戦果をあげていた。

 とはいえ。


「セイ司令、この戦いは本当に順調なのでしょうか?」


 突出した総大将を守るため、武装自転車で豚鬼オークの群れを相手取る、秘書役のロビン少年が沈んだ顔で疑問を口にした。


「辺境伯様は、二年以上にわたって、緋色革命軍やネオジェネシスと戦い続けたじゃないですか。最後の戦いが、僅か数日で決着するなんておかしいです」


 ロビンはペダルを踏んで加速し、自転車を覆う球状魔法盾で豚顔のモンスターを跳ね飛ばし、馬上銃カービンを撃ち込んで仕留めてゆく。

 一見、冷静に対処しながらも、彼は汗で濡れた茶色い髪の下、褐色の瞳に不安をゆらめかせていた。


「セイ司令。御無礼を承知で申し上げます。一年前、〝万人敵ばんにんてき〟ゴルト・トイフェルに各個撃破された時のように、現在の優勢は邪竜が仕掛けた陰謀や罠ではありませんか……?」


 セイはロビンのいさめに頷いて、馬に体重を預けて葡萄色の瞳を閉じた。

 最後の怪物を打ち倒し、馬が鳴らす蹄と自転車の車輪を伴奏に、兵士達の戦勝を祝う勝ちどきが響き渡る。

 しかし歓声は、些細なきっかけで、破滅を誘う崩落音になり得るだろう。

 ロビン少年が恐れる通り、大同盟は戦線が伸び切ったところを、セイの好敵手ゴルトに打ちのめされた経験があるのだから。


「ロビン君、三年前とは事情が違うよ」

「それは、チョーカー隊長があの〝万人敵ばんにんてき〟ゴルトを勝手に死地から救出して、よくわからない内に協力を得たからですか? もしかしたら再び裏切る可能性だって……」

「確かに世の中は、何が起こるかわからない。けれど、私が棟梁殿と巡り会えたように、君の兄上リヌス殿が生存していたように、そう捨てたものではない」


 セイは不安がるロビン少年に戦場を指さし、決定的な差異を示して見せた。

 彼女と共に街道を進む部隊は、突然のモンスター襲撃にも鮮やかな連携を披露し、一人も欠けることなく敵軍勢を打ち破っていた。


「ロビン君、その目で見たまえ。三年前のマラヤディヴァ国は、一〇の領に分断されていたが、今はひとつだ」

「そう言えば、宰相のオクセンシュルナ様から聞いたことがあります。辺境伯様が〝緋色革命軍マラヤ・エカルラート〟討伐を御前会議で提案された際、他の十賢家の方々に却下されてしまった、と」


 クロードは、ファヴニルの陰謀に対抗しようと早期から危険性を訴えたものの――。

 邪竜に心を奪われた貴族や、領内問題を抱えた領主達の反対にあって、悲劇を食い止めることが出来なかった。


「棟梁殿は、そんな苦い経験があるからこそ、国主グスタフ・ユングヴィ大公を奉じてマラヤディヴァ国を再統一したのさ」


 セイは、恋人の苦難を思った。

 クロードは幾度となく窮地きゅうちに陥って、敗北したことも、生命を落としかけたこともある。

 それでも彼は諦めず、マラヤディヴァ国をファヴニルの魔手から解き放たんと戦い続けたのだ。


「棟梁殿が進めた改革で、今では国中に存在する全ての戦力が、ひとつの意思決定で動くことができる。比べて、邪竜の部下達はどうだ?」

「た、確かに。斥候せっこうとして各地を飛行自転車で回りましたが、どの塔の戦力もバラバラで協調は見られませんでした」


 ファヴニルが黄泉より蘇らせた実力者達は、ダヴィッド・リードホルムを筆頭に顔なし竜ニーズヘッグという人知を超えた力と、怪物や死者で構成された大軍勢を与えられたが……。

 生前の因縁から衝突したり、我欲のために利用しようとしたり、互いの足を引っ張るばかりだった。


「戦力が一〇対一〇では互角。決着まで時間がかかるのは当然だ。されど一〇対一を繰り返すだけなら、そうそう時間はかからない」


 それに、と、セイは恥ずかしそうに補足した。


「偉そうなことを言ったが、棟梁殿が国中の鉄道を整備して、軍隊の高速輸送が可能になったことが大きいのかも知れない。加えて指揮官だけを転移させる――という、かつてゴルト殿が使った必勝作戦を、今回は私達も使用している」

「え?」


 ロビンは、セイが片目を閉じて指差した方向を見た。

 彼らの部隊がモンスターを退けて向かう先には、グェンロック領の守備についていたマルグリット隊が駐留する簡易砦がある。

 砦に横付けされた見張り台の上では、三白眼の細身青年クロードと、ロビンと同じ髪と瞳の色をした青年リヌスが手を振っていた。


「棟梁殿の茶目っ気だ。ロビン、先に行くといい」

「ありが、ありがとうございます!」


 ロビンは喜びに顔をくしゃくしゃにして、生き別れの兄弟の元へ走った。


「兄さん、お帰りなさい!」

「ただいま。今帰ったよ、ロビン」

 

 そうして生き別れの兄弟が、涙の再会を果たす傍で――。


「セイ、待たせたね。最後の戦いになっちゃった」

「じきに夫婦となるのだ、伴侶を支えるのも悪くない。私だって棟梁殿がいてくれるだけで、どこまでも強くなれるのだから」


 クロードとセイは抱きしめ合い、淡いキスをかわして一つの馬に乗った。


―――――――――――

あとがき

お読みいただきありがとうございました。

応援や励ましのコメントなど、お気軽にいただけると幸いです(⌒▽⌒)

GW中、今日から三日間連続投稿予定です。お楽しみに。

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